第八章
第八章
その日は朝から雨が降っていた。
今日は休日。早めの朝食を終えた後、天夏は父親と出かける用事があるらしく、すぐにマンションを出た。鳳龍院家は、意外と家族仲が良好のようだ。
出かける間際までしきりにルーンの心配をしていた天夏だったが、詳しく説明することもできない外道は、半ば強引に天夏を送り出した。
そして、マンションに残された外道とルーン。ライリンが来てからというもの、ルーンは目に見えて元気がない。そんなルーンを少しでも元気付けるため、外道は近くのコンビニでベビーカステラを買い、マンションへと戻ってきた。
「ただいまー、ルーン、お菓子買ってきたぞー」
少しでも早くルーンの喜ぶ顔を見たかった外道は、帰ってくるなりルーンの部屋をノックした。しかし、返答はない。いつもは元気がないといっても返事くらいはするのだが。
嫌な予感を覚えた外道が、ルーンの部屋へと入り込む。
しかし、中はもぬけの殻だった。
すぐさま、リビング、トイレ、バスルームなど、マンション中を隈なく探す外道。
それでもルーンは見つからない。
「まさか……、あの馬鹿」
そう呻くと、外道は鍵もかけずにマンションを飛び出した。
激しく地面を打つ豪雨の中、外道は傘も差さずに外へ飛び出した。
そして、手当たり次第にルーンの行きそうな場所に向かう。雨が靴の中にまで浸入し、ジメジメとした不快感が襲ってくるが、今はそれどころではない。
一時間探し回っても、ルーンは見つからなかった。時間の経過と共に苛立ちが募る。外道の脳裏に、もう放っておけという囁きが何度も響いた。
しかし、そんな囁きを、外道は頭を振ってかき消す。自分でも意外だった。いつから自分は、こんなにも他人に執着するようになったのか。少し前までの自分なら絶対ここまではしない。
それからまた一時間が経った。苛立ちよりも焦りの方が強くなってくる。もしかしたら、ルーンはもうシルヴァリオンに帰ってしまったのでないか。そんな思いがムクムクと湧き上がってくる。そんな思いに耐え切れず、外道は叫んだ。
「ルーン、どこだ! 返事しろ! ご主人様の命令だぞ!」
半ばヤケクソ気味にそう叫ぶ。その時……チリリン。
鈴の音が聞こえたような気がした。
聞き覚えのある鈴の音。自分がマンションに帰ると聞くようになった、あの鈴の音。
もしかしたら空耳かもしれない。こんな大雨の中、鈴の音など聞こえるはずがないのだから。
しかし、そんな理屈は、今の外道にはどうでもよかった。
気が付くと、外道は鈴の音が聞こえた方へ全速力で走っていた。
やってきたのは、ルーンが特攻ピンクからベビーカステラをもらっていた神社だった。
辺りを見渡すと、少し奥に入ったところにルーンがポツリと立っている。
その体はすでに雨でグッショリと濡れており、着ている真っ白いワンピースも体にピタリと張り付いている。
「ルーン!」
外道は慌ててルーンに近づいた。
「ソトミチ?」
声に反応したルーンが振り返る。その目から流れているのが、涙なのか雨なのか外道には分からなかった。
「お前、こんなところで何してんだよ!」
「シルヴァリオンに帰る」
そう言って、ルーンは右手に持っていたクリスタルを握りしめる。ライリンが帰る時に持っていたクリスタルと同じ物だ。
「何で……」
「ライリンは新KKRのドン。とっても強い。……私と一緒にいたら、ソトミチ、きっと殺される」
「だから、一人でシルヴァリオンに帰るのか。ライリンに殺されるために」
「…………」
無言で佇むルーンに、外道はため息一つ。
「はあ、そんなこと、まだ分かんねえだろ」
「分かる。ライリンは、シルヴァリオンじゃ『殲滅王女』って呼ばれて恐れられてる」
「だから、一緒にいたら俺も殺されるって?」
「そう」
「だから帰るのか?」
「ん」
「ダメだ」
「ダメでも帰る」
「絶対ダメだ」
「絶対ダメでも帰る」
「行くなって言ってるだろ!」
「だって、ソトミチ死んじゃうもん!」
行くなと叫ぶ外道に、さらに大きく叫び返すルーン。
ルーンのこんな大声を初めて聞いた外道は、驚きのあまり目を見開いた。
「ソトミチ、私の初めてのご主人様。私、ご主人様に死んでほしくない」
ルーンの顔は、すでに雨と涙でグシャグシャになっている。
小刻みに震えながら、ずっと顔を伏せているルーン。
そんなルーンを、外道はいきなり抱きしめた。
「それでも、行くな。俺の傍にいろ」
「…………」
「ライリンは俺が何とかする」
「ダメ。ソトミチ、ライリンのこと知らない。そんなに上手くはいかない」
「そうだな。俺も、そしてお前も世の中がそんなに上手くはいかないことを知ってる。アニメや漫画の世界じゃないんだ。根性や奇跡で何でも上手くいくご都合主義なんて存在しない。アニメじゃエロで世界が救えたりもするが、これは現実。あいにく俺には、実は伝説の勇者の息子だったなんて設定も、異能が使えるなんて設定もない。ただの人間だ。でもな、ルーン。俺はライリンのことを詳しくは知らないが、お前だって俺のことを良く知らないだろ」
「えっ?」
「ライリンは確かにシルヴァリオンじゃ凄く強いかもしれない。けど、こっちの世界でも凄く強いとは限らないぞ」
「でも……」
「じゃあ、こうしよう。もし俺が戦ってライリンにやられそうになったら、お前が身代わりになってくれ」
「身代わり?」
「私の命をあげるから、俺の命を助けろとかなんとかさ」
「…………」
「それなら文句ないだろ?」
「…………」
「だから、俺がライリンにやられるまでは俺の傍にいろ」
「……ん」
降りしきる雨の中、外道の言葉を聞いたルーンは、小さく、本当に小さく頷いた。
「集合―!」
一騒動が終わり、マンションに戻ってシャワーを浴びた外道は、口笛を吹きながらその場にいる者達を呼び寄せた。もっとも、今この部屋にいるのはルーン一人なのだが。
呼ばれたルーンは、座布団片手にとことこ歩いて、外道の前に座り込む。
ルーンが傍に来たのを確認して、外道は口を開いた。
「それではこれより作戦会議を始める」
ドンドンパフパフ。ルーンが太鼓と笛を使って、場を盛り上げる。
「どうやら向こうは、本気でルーンを殺しに来るようです」
ドンドンパフパフ。
「なので、こちらも結構本気で対抗する準備が必要だと思います」
ドンドンパフパフ。
「でないと、逝きます♪」
ドンドンパフパフ。
「というわけで、まずはこちらの戦力を確認せねばなりません」
ドンドンパフパフ。
「さて、それではルーンさんにお聞きします」
ドンドンパフパ……
そこでルーンは笛を吹くのをやめる。
「何?」
「あなた、幻獣にお友達とかいます?」
「いる」
「ちなみにその方達って、今呼べます?」
「ん、呼べる」
ルーンが短く頷いた。それを見た外道は内心でガッツポーズする。
もし、そのお友達の幻獣達が使えるようなら、戦局はかなり有利になる。
「じゃあ、ちょっと呼んでみてくれ」
「ん、分かった」
ルーンは静かに目を閉じて、前に手をかざす。
しばらくすると、ルーンの眼前に小さな魔法陣(?)のようなものが浮かび上がった。
「あれっ、さっき持ってた水晶みたいなの使わないのか?」
「テレポートクリスタルは、私がこっちの世界とシルヴァリオンを行き来するのに使うやつ。私がこっちの世界にいる時は、魔法で直接呼べる」
「ふーん、よく分からんが便利だな」
その言葉を無視して、ルーンが魔法の詠唱に入る。そして……ボフン!
煙と共に、一匹の鳥が現れた。白い体に赤い鶏冠。体長三〇センチ程度のその姿はどう見ても……。
「ル、ルーンさん、そちらは……」
外道は、困惑しつつもルーンに尋ねた。
「この子、コケトリスのコケちゃん」
「ほう、コカトリスか」
コカトリスのことなら、外道も知っている。雄鳥の産んだ卵を、蛇やヒキガエルが温めることで産まれる伝説上の生き物で、見たり触ったりした者を石に変える能力を有している。こんな鶏のぬいぐるみもどきみたいな愛らしい姿をしているとは思わなかったが、もしこのコカトリスが本当にそんな能力を持っているのなら……
一人でこの鶏をどう戦いに使おうか考えている外道に、ルーンは首を振った。
「コカトリス違う。コケトリス」
「コケトリス? コカトリスとは違うのか?」
「全然違う。コケちゃんはコカトリスみたいに怖くない」
「じゃあ何ができるんだ?」
「毎日新鮮な卵を産んでくれる」
「そりゃ、ただの鶏だろうが!」
思わず大声でツッコム外道。ルーンはあわあわしながら続ける。
「あ、あと、毎朝決まった時間に起こしてくれ……」
「次!」
外道の言葉に、ルーンはションボリして次の召喚を開始した。
またもボフンという煙と共に、中からこれまた先ほどの鶏と同じくらいの大きさの牛? が現れた。ただし二足歩行らしく、後ろ足の二本だけで立っている。よくぬいぐるみなどで見る、デフォルメされた二頭身の牛と言った方が分かりやすいかもしれない。
これも、どう考えても戦力にはなりそうもないが……
「で、こちらは……」
「ミモタウロスのミモタロー」
「ほう」
外道もミノタウロスのことは知っている。凄まじい腕力を持つ、頭が雄牛、体は人間という怪物で、人の肉を喰らうというこれまた伝説上の生物だ。言い伝えではとてつもなく大きな体とあったのだが……まあ、人? は見かけによらないと言うし、もしかしたら変身して戦うのかもしれない。
「ふむ、ミノタウロスか。白兵戦で使えそうだな」
ふむふむと一人頷く外道、しかし、またもルーンが首を振った。
「ダメ。ミモタローは病弱なの」
「はい?」
病弱なミノタウロス? そんな話聞いたことがない。
「でも、ミノタウロスだろ? 病弱ってことは……」
「ミノタウロス違う。ミモタウロス」
「…………、何か特技は?」
「料理がとっても上手」
「次!」
外道は若干目眩を覚えていた。どうしてこうも残念な幻獣ばかり続くのか。幻獣と言えば、ゲームの中では大津波を起こしたり、口からゴオオとカッコいい光線っぽいのを吐いたりできるはずなのに。
ルーンはまたもションボリしながら、次の召喚を開始した。
外道が三度目の正直とばかりに、期待を込めて注目する。
そして……ボフン! 煙の中から、一匹の蛇(やはり見た目はぬいぐるみもどき)が現れた。
「で、こちらは?」
「パシリスクのパックン」
「おお!」
外道は今度こそ感嘆の声を上げた。バジリスク、蛇の王であり、見ただけで相手を死に至らしめる力を持つという、やはり伝説上の生物である。
もし、これが本物のバジリスクなら、戦局は間違いなくこちらが有利に……
しかし、これまでの流れ(+見た目)からして、そう言った展開は期待できない。
「で、特技は?」
「お使いしてくれる」
「やっぱりね」と外道は内心で思った。やはりそう上手くは……
「でも、怒ったら毒を吐く」
「おお!」
外道は内心で「キター!」と思った。外道のテンションが一気に跳ね上がる。そう、自分はこういう展開を望んでいたのだ。
「で、どんな毒を吐くんだ? やはり致死性なのか?」
その言葉に、ルーンは三度首を振った。
「毒舌」
「は?」
「パックン、怒ると口が悪くなる」
マックスだった外道のテンションが一気にゼロになる。
「……お引き取り願いなさい」
外道は大きくため息を吐いてソファーに座り込んだ。
駄目だ。どうやら自分の想像している幻獣とルーンの召喚する幻獣には、とてつもなく深い溝があるらしい。そして、どうやらこれ以上召喚してもらっても、自分の期待に答えてくれそうな幻獣は現れそうもなかった。
「ん、待てよ!」
そこで、外道はふと気づく。そう言えば、ルーンも自分を幻獣だと言っていた。とすれば、もしかしたら特殊な能力を持っているかもしれない。
「ルーン、ルーン」
外道は急いで、鶏、牛、蛇と戯れているルーンに呼びかけた。
「ルーン、お前には何か特殊な能力はないのか?」
外道が一縷の望みを持ってルーンに尋ねる。
その言葉に、ルーンはしばらく考え込んだ後……
「ある」
と、答えた。
「マジで!」
ルーンの言葉に、外道のテンションが再び跳ね上がる。
「で、何ができるんだ?」
言われたルーンが、右手の人差し指をクルクルと回し、パッと開く。するとそこに、長さ五〇センチくらいの槌が現れた。
ルーンは、それをドヤ顔で外道の前に掲げてみせる。
「それは?」
「ポコポコハンマー。通称ポコハン」
そう言って、ルーンは外道の頭をポコハンで叩いた。
ポコ。叩いた拍子に、ポコハンから小気味いい音が鳴る。どうやらプラスチックのような素材でできているようだ。痛みは全くない。
「…………。で、叩かれるとどうなるんだ?」
ルーンはいつもと変わらぬ表情で答えた。
「何にも。ツッコミを入れるのに役立つだけ」
「はあーーー」
外道は盛大にため息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。
「はあーーー。どうしてこうも役に立たん奴ばかりなんだ。これじゃ……」
「そんなことない」
呆れて呟く外道に、ルーンは、彼女にしては強い口調できっぱりと言い放った。
「みんなトモダチ。トモダチは役立たずなんかじゃない」
ルーンが三匹の頭を優しく撫でる。
三匹は嬉しそうにルーンに擦り寄っていた。
そんなルーンを見ていると、外道はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「とは言ってもなあ。はあ、やれやれ。結局戦えるのは俺だけか……。んっ、待てよ」
外道が何かを閃いたように口を開いた。
「今、チラッと思ったんだが……」
「…………」
「ルーン、お前って、幻獣じゃなくて召喚士じゃないのか?」
「ショーカンシ? 何それ?」
「お前がさっきやったみたいに、幻獣(という名のぬいぐるみもどき)を呼び出す奴のことだよ。だってお前、見た目は人間だし、特殊な力といったら、そのヘンテコなハンマーでポコポコやるだけだろ。ってことは、お前は人間で、クラス(職業)召喚士ってことじゃないのか?」
ルーンはフルフルと首を振った。
「違う。私は幻獣」
どうやらそこは譲れないらしい。珍しくルーンは頑なだった。
「うーん、でも尻尾も耳も生えてないしなあ」
「耳ならある」
ルーンは自分の耳(もちろん普通の人間に生えている普通の耳)を指で摘んで示した。
「そりゃ普通の耳だろ。俺が言ってるのは、何というか……こう、幻獣っぽい耳というか……。ほら、ネコミミとかウサミミとかそういう獣っぽい耳のことだよ」
「むう、そんなの無くても私は幻獣」
外道の言葉に、ルーンがムスッとした表情を浮かべる。
「ふーむ、どう見ても人間にしか見えないんだがなあ」
「確かめてみる?」
「へっ?」
そう言って、ルーンは一枚しか着ていない外道のワイシャツを突然脱ぎ始めた。その下は、無論全裸である。
ダバダバダバ
初めて会った時に見ているはずのルーンの裸体。その裸体と再び対面した外道は、滝のような鼻血を流した。
しかし、それでも全く目を逸らさないのはさすがといったところか。
(「ちょ、ちょっと外道君。鼻血がエライことになってるよ!」
「フッ、内道。美少女の裸を見て鼻血が出るのは自然なことなのだ」
「でも、ちょっとヤバイ量だよ。軽く出血多量で逝けるくらいの量だよ!」
「安心しろ、内道。展開的にここで死ぬというオチはない」
「ああ、それは思ってても言っちゃダメなんじゃないかな、外道君」)
と、毎度の如く内心で内道と喋り続ける外道。
ルーンは、一糸纏わぬ姿のまま外道に近づき……
「触ってみる」
と言って、外道の手を取り、自分の胸に押し付けた。
ムニュ。弾力と質感を絶妙なバランズで配合した、おっぱいという名のその果実。
「ぶほお!」
直にその至高の果実に触れた外道は、ついに限界を迎えた。
大海で潮を噴き上げる鯨の如く、外道が盛大に鼻血を噴き上げる。
軽く殺人現場となった室内で、ルーンがドヤと言わんばかりの顔で口を開いた。
「分かった? 私、ちゃんと幻獣」
「わ、わかりました」
正直、「胸を触らせただけで幻獣だと証明したわけではないのでは?」とか、「おっぱい、最高です」など、言いたいことは多々あったが、別に人間だろうと幻獣だろうと可愛ければどっちでもいいやと思う外道だった。
美少女の胸を触っての失血死という、ある意味、男として本望的な死に方をしそうになった外道。彼が奇跡的(?)に意識を取り戻したのはそれから三〇分後のことだった。
体を起こした外道は、隣にちょこんと座っているルーンを見ながら口を開く。
「やれやれ、ちょっと脱線しちまったが、結局は俺一人で戦うしかないか」
ため息混じりに呟く外道に、ルーンがポツリと言った。
「誓約を破棄するか?」
「えっ?」
「私をライリンに渡せば、ソトミチは助かる。誓約を破棄するか?」
その目は捨てられた子犬のように見えた。
ダンボールに入れて置き去りにされ、親を求めて鳴き続ける子犬のように見えた。
「んなわけねーだろ」
外道はフッと笑って、ルーンの頭を撫でる。
しかし、ルーンの表情はまだ晴れない。
「でも……」
「心配すんな。俺は、自分の命ほしさに美少女を敵に渡すような真似は死んでもしない主義だ。いいから、俺に任せ……って、着信だ。ちょっと待ってろ」
そう言い残し、外道は部屋を出て行った。
玄関のドアを閉めたことを確認して、外道はスマホを操作した。
「もしもし?」
『おっ! やっと出た。ハロハロー。あなたのアイドル音奈ちゃんだよー☆』
「……どうした? 妙にテンションが高いな」
『フフッ。珍しく大勝ちしちゃってさー。ご褒美に新しい靴も買っちゃった♪』
「そうかい。そいつは良かったな。で、わざわざ自慢話をするためにかけてきたのか?」
『ブー。何か今日のげどうっち、ノリ悪くない? せっかく音奈ちゃんが、この前の約束通り、デートしてあげようと思ったのにさ』
「おおっ、ちゃんと覚えてたのか。てっきりまた踏み倒すと思ってた」
『ひっどーい。こう見えても音奈ちゃんは結構義理堅い女なんよ』
「ほう。ということは、その前の未払い分である『おっぱい揉み放題』の約束と、『超濃厚ディープキス(もちろん舌入れ付き)』の約束も守ってもらえるわけだな?」
『…………。ははは~』
「笑って誤魔化すな」
『いや、それはまた追々ということで。どうかな? 今日は暇だよ、音奈ちゃん』
「あー、今日は無理だな。すまん」
『えー、せっかくこの音奈ちゃんが誘ってあげてるのにー。こんなチャンス、滅多にないんだからね☆』
「そりゃ分かってるさ。だが、どうしても外せない用事があってな。ほんと、ワルイ」
『ム~。しょうがない。じゃあ明日でもいいよ』
「いいや、真に申し訳ないが、しばらくは忙しいんだ」
『ブー、何それ? そんなに大事な用件なの?』
「ああ」
『音奈ちゃんとのデートよりも?』
「そうだ」
きっぱりとした外道の返答に、音奈はしばらくの間無言だった。
『そっか、意外だな。げどうっちが女の誘いを断るなんて』
「はは。俺も驚いてるよ。少し前までの俺なら、喜んで尻尾振りながら行ってたのにな」
『…………。やれやれ、しょーがない。じゃあデートの件は、また日を改めてってことにしといてあげるよ』
「おおっ、そいつは助かるな」
『クスッ。じゃあ頑張って、男の子♡』
音奈との会話を終えた外道が玄関のドアを開けた瞬間、目の前にルーンが立っていることに気づく。どうやら、ずっとドアの前で待っていたらしい。
ルーンは今にも泣き出しそうな表情で顔を伏せている。その顔を見た瞬間、外道は全てを理解した。
「お前を置いて逃げたと思ったか?」
ルーンは少し間を置いてからコクリと頷き……
「……うん。思った」
と申し訳なさそうに呟いた、
その言葉に、外道は怒るわけでもなく、ルーンの頭にそっと手を置いて言った。
「そうか」
ルーンの瞳から、堪えきれなくなったように涙がポロポロと零れ落ちる。
「ごめん、なさい」
「いいさ。無理もない。でもルーン、これだけは覚えとけ。俺は絶対、お前をライリンには渡さない。分かったな!」
「……ん、分かった」
ルーンは涙を拭きながらも笑顔で頷く。
「よし」
外道は、ようやく笑顔を見せたルーンをそのまま抱き上げ、リビングのソファに座らせた。
「さて、これからそのライリンてお姫様と一戦交えるわけだが、とりあえずライリンについて知っていることを全て話してくれ」
とにもかくにも、まずは情報収集。情報の有無こそが勝敗を大きく分けることを、外道はよく知っていた。
「えっと……お姫様」
「それは聞いた。他には?」
「えっと……とっても強い」
「らしいな。具体的には?」
「えっと……ライリンの国の兵隊全部より強い」
「えっ、マジで?」
「ん」
思わず素で聞き返した外道に、ルーンがあっさりと頷く。
「ライリンは、火・水・土・風・雷・光・闇の七系統の魔法を自由自在に扱える、シルヴァリオン最高の魔法士」
外道の頬から、汗が一筋流れ落ちる。
「七つ?」
「ん」
「一つだけとかじゃなくて?」
「ん」
「マジックポイントとかある?」
「何それ?」
はあーーー。外道は大きくため息を吐いた。
普通、ゲームやアニメに出てくるキャラにも、火や水といったものを自在に使いこなす者は確かに存在するが、せいぜい火だけとか、水だけとか、一種類限定である。七つも同時に使いこなされた日には、チート確実。大ブーイングだ。
「それだけじゃない」
「まだあんの?」
「ライリンは『傀儡遊戯』って技で人形を操る」
「人形?」
「アイアンメイデンズっていう鉄でできた人形。ライリンはそれをいっぱい操って戦う」
「い、いっぱいって。ちなみに具体的な数なんかは……」
「五〇〇体って前に聞いた」
はあーーー。外道は再度大きくため息を吐いた。七系統の魔法だけでなく、鉄の人形まで操れるとは。普通はどれか一つである。それを全て一人で使いこなすとは。これはもう完全にムリゲーの空気であった。
「あ、あの、やっぱりせいや……」
悩む外道を見て不安になったのだろう。再び誓約を破棄するかと言いかけたルーンを、外道がルーンの口に手を当てることで制した。
「ルーン、何度も言わせるな。俺にお前を見捨てるという選択肢はない。だからもう、その言葉は使うな」
「でも……」
「お前は自分のご主人様を信じられないのか?」
「えう、そんなことないけど、ソトミチが怪我するのヤダ」
外道は笑った。
「はは、優しいなルーンは。でも、大丈夫さ。俺は怪我なんかしないよ」
「ほんと?」
「ああ、怪我する前に終わらせるからな」
「でも、どうやって? ライリンとっても強いのに」
「向こうがチートじみて強いなら、こっちもチートな手段で挑むだけさ。まあ、見てろって。この世界には、魔法なんかよりずっと怖い武器があるのさ」
そう言って、外道は不敵に唇の端を吊り上げた。
▲▲▲
ライリン=アスカは、『殲滅王女』という二つ名とは裏腹に聡明な少女だった。身長一五八センチ、体重ホニャララ。艶やかで長い黒髪をツーサイドアップにし、今は丈の短い着物のような服を身に纏っている。
その裾から覗くスラリとした見事な脚線美は、普通なら道行く男達の目を悉く釘付けにするほど見事なものだったが、今現在、道行く者達の視線は、ライリンの脚ではなく、顔に着けられている天狗の面に注がれていた。
先ほども言った通り、ライリン=アスカは聡明な少女である。若干一六歳にして、戦場においては知性と胆力、そして圧倒的な力を備えた女傑としてシルヴァリオン各国にその名を轟かせていた。
聡明故に、ライリンはどんな相手にも全力を尽くす。手を抜くなどということは一切しない。それが命取りになることを重々承知しているからだ。
故にライリンは、己の勝利を確固たるものにするため、戦場となるであろう地球(厳密に言えば日本)を調査することにした。
ルーンを殺すに至って、間違いなくあのソトミチとかいう男が邪魔に入るだろう。
よもや自分が負けるとは思わないが、それでも念には念を入れておくことにしたのだ。
そして今、ライリンはここにいる。
立ち並ぶビル。そこかしこに存在する家電量販店。そして、たまに見かけるメイドさん。何より、どこに行っても目に入る萌え、萌え、萌え。
そう、オタクの聖地、秋葉原であった。
この世界の戦力調査のため、秋葉原を歩くライリン。周りの人々は、皆、遠巻きにライリンを見つめている。そこから漏れ聞こえる「おい、何だありゃ?」とか「あれ、何のコスプレだ?」とか「何故、天狗?」などという言葉が聞こえる度に、ライリンは内心で歯噛みしていた。
(どいつもこいつもジロジロ見よって。不愉快極まりない。それもこれもみーんなルーンのせいじゃ。おのれルーン。今に見ておれよ)
などと、一人で怨嗟の念を送るライリン。
「すいません。ちょっといいですか?」
そんなライリンを現実に呼び戻したのは、一人の男の声だった。
ライリンが現実に帰還すると、そこには眼鏡をかけて汗を拭きながら、荒い息遣いをしている小太りの男が立っていた。
背中にはリュック、首からはデジカメを提げ、来ているTシャツには「メイド万歳」と大きく書かれている。
ライリンは、一瞬だけ面の下で顔をしかめた。
「何用じゃ?」
「写真一枚いいですか?」
「シャシン? シャシンとはなんじゃ?」
「えっ? 写真を知らない? えっと……あなたの姿を記録に残してもいいですか?」
どうやらこの男も、自分を奇異の目で見ているようだ。
ライリンは一瞬、この無礼者を魔法で黒焦げにしてやろうかと思ったが、お忍びで戦力調査に来て目立つのはまずいと思い、結局こう答えるしかなかった。
「よかろう。好きにせい」
男は嬉しそうにデジタルカメラを構える。
「待て。何じゃそれは?」
「何って、ただのデジカメですけど?」
「デジカメ? 聞いたことないの? それは兵器か?」
「へいき? ええ、まあ平気ですけど……」
「無礼者!」
ライリンはそう叫ぶと、瞬時に唱えた風の魔法で小太り男を吹き飛ばした。
(まったく、この世界の人間は油断できん。こちらを油断させて、虚をつこうとは。なんと下種な連中じゃ)
心の中でプリプリと不満を並べていたライリンが訪れたのは、薄い厚さの同人誌が所狭しと並ぶ店『スイカブックス』であった。
ライリンは、そこに並ぶ多くの同人誌の一冊、その見本を手に取ってみる。
(ふむ、これがこの世界で流行っておる書物か。参考までに少し読んでみるとしよう)
早速、見本のページを捲るライリン。
そして、そのページを捲った瞬間、ライリンの顔が熱でボフンと燃え上がった。
(な、何じゃ、これは! 何故この女子は、このうねうねした触手を持つ生物に体をまさぐられて悦んでおるのじゃ! これがこの世界の女子の趣味なのか? というか、この世界にはこんな生物がおるのか。こんな不気味な生物、シルヴァリオンにはおらんぞ。せいぜい、ゲルくらいのもんじゃ。ううむ、やはり異世界特有の生物ということか。日本恐るべし)
などと、顔を真っ赤にしながら繁々とページを捲るライリン。一冊だけでは参考にならぬと別の本も捲ってみる。
「ぎゃっ!」
そして、別の本を捲った瞬間、今度は悲鳴を上げた。
(な、何じゃこれは? どうしてこんな……どう見ても幼女にしか見えぬ女子が、こんなオークみたいな大男にピーされておるのじゃ。サ、サイズ的に大丈夫なのか? この女子の体では、この大男のピーは受け止めきれぬのでは……)
そんなことを思いながら、食い入るようにページを捲るライリン。
そんな彼女は、丈の短い着物に天狗面の自分が、店員を含めた店内にいる全ての者達の好奇の視線に晒されていることに全く気づいていなかった。
それから半刻、ライリンはやはり秋葉原を歩いていた。まだあの本の描写が脳裏に焼き付いている。
(し、信じられん。この世界では、あんな本が人目を憚らず堂々と売られておるのか。なんと性に寛容な世界か)
まだ熱の残るほっぺに手を当てて、頭の中を整理するライリン。
(いかんいかん。こんなに熱くなっておっては冷静な判断ができん。しっかりしなければ)
気合を入れ直したライリンの視界に、チラリと剣らしき物が映る。ライリンはすぐさまそれに反応し、『アニメンバー』と書かれた店の中に入った。
そこには様々なアニメのフィギュアやグッズの他に、箱の中に乱雑に入れられた模擬刀や木刀などが置いてあった。どうやら、ライリンの目に映ったのはこれのようだ。
(ふむ。ここがこの世界の武器屋か。しかし、何故人形と共に売られておるのじゃ。まさか、この人形も武器なのか?)
ライリンは、箱に入れられたフィギュアの一つを手に取ってみる。
(確かによくできておるが……、これが動いたところで戦闘の役に立つとはとても思えん)
そして、フィギュアを元に戻し、今度は模擬刀を手に取った。
(これがこの世界の剣か。ずいぶんと軽いの。こっちの木でできた方は訓練用か? よし、切れ味の方も確かめてみよう)
ライリンは慣れた手つきで模擬刀を鞘から抜いた。
(ほう、この世界の剣は片刃のようじゃな。中々に美しい。しかし、どこか妙な……これは!)
そこでようやくライリンは、模擬刀が偽物だと気が付いた。
(に、偽物ではないか! 道理で軽いわけじゃ。んっ、待てよ。もしや、この世界ではこれを武器に戦っておるのか? そういえば、この世界で見かけた人間共はどう見ても訓練を積んでおるような体つきはしておらんかったしな。だとすれば……、ククク、こんな世界の男など怖くもなんともない)
思わずニヤけるライリン。しかし、すぐに真顔に戻って首を振った。
(はっ、いかんいかん。まだ結論を出すのは早計じゃ。もしかしたら、この店には偽物しか置いておらんのかもしれん)
ライリンは五分ほど考え込んだ末に、店員に話かけた。
「お主、ちょっとすまぬが」
「はい? 何でしょう?」
話しかけられた店員は、やはり天狗の面に驚きの表情を見せたものの、すぐに営業スマイルを浮かべた。
「何かお探しですか?」
「うむ。この世界では、皆、このような偽物の剣を使うのか?」
「はい? まあそうですね、とりあえず皆さん、(お土産用には)こちらを使われますが」
「何! 本物は使わんのか?」
「いやー、さすがに本物はほとんど出回っておりませんし、あったとしても高いですから」
「では、この世界では、剣の他にどんな武器を使うのじゃ?」
「武器? 武器ですか……、そうだな~、まあとりあえず、隣のビルの三階がサバゲーショップですけど」
「さばげーしょっぷ? 何じゃそれは?」
「この世界の武器(の偽物)が置いてあるお店です」
「ほう、そうか。分かった、ご苦労」
そう言って、ライリンは持っていた模擬刀を放り捨てて店を後にした。
ということで、サバゲーショップへとやってきたライリン。
中に入ってみると、まず目に入ったのはものすごい数のエアガン、ガスガン、モデルガン。メットやスコープ、ゴーグルなども大量に並んでいる。
(ふむ、これがこの世界の武器か。随分と種類が豊富じゃが、多すぎてどれがよく普及しておるのか分からんのう)
一〇分ほどショーケースを眺めていたライリンが、レジで欠伸をしていた店員に話しかける。
「ちょっとすまぬが……」
いきなり、丈の短い着物を着た天狗に声をかけられた店員は、その姿を見て僅かに仰け反ったが、そこはアキバで働く店員、すぐに何かのコスプレだとでも思ったのか、引きつりながらも笑顔を浮かべた。
「はい、何でしょう?」
「この中で一番売れている武器はどれじゃ?」
「一番売れている物ですか? そうですねえ、今ですと、こちらのアサルトライフルなんかが、サバゲーマニアの方によく売れておりますが」
「さばげーまにあ? 何じゃそれは?」
「えーと、戦争が好きな人達のことです」
そう説明しながら店員が示したのは、ショーケースのど真ん中に置かれている『一番人気』と書かれたフルオートの電動アサルトライフル。アクション映画などでよく見かける類の物だ。
「ほう、これか? ちょっと持ってみてもよいか?」
「どうぞどうぞ」
店員は営業スマイルを浮かべて、ショーケースからアサルトライフルを取り出した。
「ふむふむ」
ジャキンとアサルトライフルを構えるライリン。剣ならば本物と偽物の区別がつくのだが、初めて持ったアサルトライフルには、中々評価を下すことができなかった。
「うーむ、よう分からんのう」
「よろしければ撃ってみますか?」
「何! 撃ってよいのか!」
「ええ、奥に試射スペースがありますので、そちらでお試しください」
「う、うむ。では、お言葉に甘えるとしよう」
少しばかり胸を高鳴らせ、ライリンは店員に案内されて奥へと進む。その心情は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のそれであった。
「では、こちらをお使いください」
そう言って、店員に渡されたのは、直径五ミリほどの小さい弾。それが一〇個ほど。俗に言うBB弾である。
「これが弾か? 随分と小さいのう」
「はあ、まあBB弾ですからね」
ライリンは少し不満そうな声を漏らしながらも、店員に教えてもらい、BB弾をアサルトライフルに込める。
「で、次はどうするのじゃ?」
「後は撃つだけです」
「ふむ」
ライリンは一つ頷くと、的に向かってアサルトライフルを構え、トリガーを引いた。
フルオートの電動アサルトライフルは、そのまま一〇発のBB弾を発射し、放たれた弾はぺシぺシぺシという音と共に的に命中する。
「当たったぞ!」
「ええ、当たりましたね」
「これだけか!」
「ええ、これだけです」
「…………」
「…………」
ライリンはガックリと肩を落として、持っていたアサルトライフルを店員に返し、無言のまま店を後にした。
駅前に置いてあるベンチに座りながら、ライリンはこの世界のことを考察する。
(まず、この世界の人間達は、ほとんどの者が戦闘訓練を積んでおらず、個々の戦闘技術は低い。奇声を上げたり、妙なことを口走る奴もおるがそれは論外。遠くから、パシャパシャと小型の機械で目くらましのような技を使う者もおったが、危険はなし。次にこの世界で流行っておる書物について。……性に関することを描いた物が多く、ややアブノーマルか、もしくは激しい行為を描いた物も多い。……わらわの参考にはならぬ模様。次にこの世界の剣について。偽物が多く普及しており、警戒レベルには程遠い。次にこの世界の武器について。興味深い構造をしているが、殺傷能力は低い。というか皆無。つまり、こちらも警戒するに値しないっと)
そこでライリンは一つ息を吐く。
(以上のことから、わらわの勝利する確率は極めて高く、勝利はほぼ確実。障害は何もなし。クックック、待っておれルーン。積年の恨み、今度こそ晴らしてやるぞ)
天狗面の下でニヤリと笑みを浮かべ、ライリンはシルヴァリオンへと帰っていった。
▲▲▲
ライリンがやってきて以降、中々眠りにつかないルーンをようやく寝かしつけた外道は、リビングへと戻ってきていた。
ふと気が付くと、テーブルに置かれたままのコールクリスタルが淡く光を放っている。
外道がクリスタルを手に持つと、そこから聞き覚えのある高圧的な子供っぽい声が響いた。
『ルーンか?』
「いいや、違う。ルーンの飼い主だ」
『ほう、ソトミチか。ルーンはどうした? ひょっとして逃げ出したか?』
「いいや、そうしようとしたんだが俺が止めた。今は部屋で眠ってる」
『ほう。そのまま逃がしておればお主は助かったものを。酔狂な男じゃ』
「はは、よく言われる。まあ、それは置いといて。来んのかい? ルーンを殺しに」
『うむ、準備が整ったからの。実はもうこちらに来ておる。お主の住んでおる建物の近くに馬鹿でかい空き地があったじゃろ? あそこじゃ』
(馬鹿でかい空き地? ああ、新号グループが建てようとしている、超高層マンションの建設予定地ことか)
「なるほど。わざわざ一報くれるなんて親切なこった」
『なに、ルーンが恐怖に怯える様が見たくての』
「はは、悪趣味だな。ところでライリンさん、物は相談なんだが……」
『何じゃ?』
「ルーンを殺る前に、俺ともう一戦どうだい?」
『ほう、またギャンブルか? しかし、あんなママゴトで勝とうが負けようが、わらわの意思は変わらぬぞ』
「いやいや違うよ、ライリンさん。今度はあんな遊びじゃない。アンタの得意なバトルの方さ」
『ホホホ、お主、本当に面白いのう。わらわのことを、ルーンから聞いておらぬのか?』
「もちろん聞いてるさ。だから提案してるんだ。アンタなら断らないだろうってな。さすがに、何もしないで可愛いペットを差し出すわけにはいかないだろ?」
『ふむ、座興としては面白い。お主の死体をルーンに見せるのもまた一興じゃ』
「決まりだな。勝負は一時間後。ちょうどいいから、場所はそこの空き地でどうだ?」
『よかろう。言っておくが、ルーンを連れて逃げても無駄じゃぞ』
「もちろん、分かってるさ」
その言葉を最後に、コールクリスタルから光が消えた。外道は、静かに自室に戻って着替えを始める。
着替えを終えて部屋を出ると、そこにはミモタローを抱えたルーンが立っていた。
「ソトミチ、行くの?」
「ああ」
「ちゃんと帰ってくる?」
「もちろん」
そう言って、外道は目を真っ赤にしたルーンの頭を軽く撫でた。
「言っただろ、やられそうになったらお前を身代わりにするって。だから、今は大人しくここで待っててくれ。いいな?」
「……ん。分かった」
真剣な表情の外道に、ルーンが不承不承といった感じで頷く。
ルーンが頷いたのを確認して、外道は静かにマンションを出て行った。
マンションを出た外道は、スマホを操作して、ある人物へと電話した。幸いなことに、目的の人物はすぐに電話に応じた。
『もしもーし、こちら天夏ちゃんで~す』
スマホ越しに機嫌の良さそうな声が響く。
「俺だ。頼みがある」
『兄ちゃん? どないしたん? 珍しいね。あ、わかった♡ ウチの声が聞きたくなったんやろー。やっとウチの魅力に気づいて……』
「マジな話だ。今どこにいる?」
『へっ? 今は稽古中やけど……』
「じゃあ、すぐに戻って、ルーンのお守りを頼む」
『はっ? いや、それはええけど。何で急に?』
「あー、最近ルーンが勝手に出歩くことがあってな。まだこっちの世界に慣れてないし、心配なんだ。俺はこれから用事があるから、念のためお守りしててくれ」
『分かった。それが頼み?』
「違う。ここからが本題だ。以前、お前の母親のプライベート倉庫を見せてくれたよな?」
『う、うん』
「そこにあるものをちょっと借りたい」
『えっ、あ、あかんて。あれはママの大切なコレクションで……』
「天夏、頼む」
真剣な外道の言葉に、スマホから渋々といった感じの声が流れた。
『……分かった。でも、ちゃんと返しといてよ』
「もちろんだ。あともう一つ頼みがあるんだが」
「まだあんの!」
「ああ、実は……」
その頼みを聞いた瞬間、スマホ越しに天夏が叫んだ。
『何言っとんの! そんなの無理に決まってるやん!』
「天夏、頼むよ。お前にしか頼めないんだ」
その言葉に、スマホから少し何かに浸っているような声が響いた。
『……ウチにしか頼めへんの?』
もう一押しだ。そう確信した外道が今度は甘い声で囁く。
「そうだ、お前にしか頼めない。こんなこと、俺が最も信用してるお前にしか頼めないんだ」
『わ、分かった。ウチに任しとき。きっと何とかしたるから』
外道の顔に、してやったりの笑みが浮かぶ。
「よし、頼むぞ。時間がないからな。できるだけ急いでくれ」
『分かった。でも、一体何する気? 戦争でもすんの?』
「まあ、そんなとこだ」
外道が唇の端を吊り上げて答えた。
『ふーん。兄ちゃんを怒らせるなんて、どこのアホたれ?』
「別に大した相手じゃない。人様のペットにちょっかい出そうとしている、身の程知らずのお姫様にちょっとお灸を据えてやるのさ」




