『担任で姉』
この日、前半と後半の二つに分け甲斐一輝は職員室へとやってきていた。当然、昨日約束を破り、途中下校した件での呼び出しだ。
本来これはあってはならないことだ。もちろん倫理的な意味もあるのだが、俺からしてみれば、今後に及ぼす影響の方が理由としては大きい。これからも小学校のイベント事で、途中、校内から外出する機会は幾度と起こる。それができなくなることは死活問題だった。
だから、罰があるのなら素直に受け入れ、二度と同じ行為を行わないことを約束し、現状の条件を生かさなければいけないつもりだった。
ところが、その問題は前半に解決されていた。というのも、俺の予想を超え昨日の変質者の問題は大事になっていたのだ。
授業の数時間を潰し、まさか警察の事情徴収を受ける羽目になるとは思っても見なかった。
これもかれも二人の友人のおかげだ。
約束の時間になっても連絡の一つもしなかった俺を心配した担任に、変質者の話をでっち上げ、連絡がきたと嘘を吐いてくれていたのだ。その代償が警察にも学校側にも大きな嘘を吐かなければいけなくなったというわけだ。
「では、その方は知り合いだったと?」
あながち嘘にもなっていないのだが……。
「厳密に言えば知り合いになったと言った方が正しいですね。弟というより小学校に近づけないように俺の方へ引っ張ったというか」
「なんて危険な事をしたんですか!?」
説明が終わった途端、机を叩き職員室中に響き渡る声で怒鳴りながら担任である鈴原桃花は立ち上がった。
「先生……、声が大きいというか目立ちます」
一斉に視線が集まるのが気まずい俺が冷静に言うと、それが余計に担任に火をつけてしまった。
「そんなことはどうでもいいんです! いいですか、その場合は大声をだして近くの大人に助けを求める! 大体小学校が近いなら逃げ込めばよかったんです! それをどうして……」
言っていることは正しいし、言ってくれる大人がいるというだけでありがたいのだが、俺の年齢でそれをやるというのは、なかなか勇気がいる。それも変質者が変質者ではなく呉羽だったからこそ言える事なのかもしれない。
言い終わるや席に着き何もなかったことに安堵した様子で、俺を睨み付けた。それは感謝しかない。
「本当にすいませんでした」
だから、俺は色々な意味を込め謝る事しかできなかった。
「本当に何もなくてよかったです」
「はい」
今にしてみれば本当にその通りだ。ただ代償として新しい気味の悪い世界も知ることになってしまい、その危機が聖也に降りかかっている可能性も垣間見えてしまっている。
「だいたい、奈津はそれを知る事すらできず、昨夜はくだらない電話をしてくる始末だし」
余談だが、目の前の小さい担任と、聖也の担任である奈津先生は姉妹だったりする。俺の担任はすでに結婚しているため苗字が変わっている。さらにどうでもいい話だが、担任の旦那は元生徒らしいと伝情報で聞いたことがある。
「一輝君も迷惑だったら言っていいからね」
あー、まずいと心の中で思う。見た目の割にしっかりした人だけあって身内の愚痴が始まると止まらないんだ。
「いつもお世話になってます」
一応事実とフォローのつもりで言ったのだが、
「そうやって甘やかすから、あの子はね、って聞いてる?」
「え、あ、はい」
ただでさえ今日の授業はほとんど受けていない上に、教師陣営の中には少なからずよく思っていない人だっているから目立つ行動は控えたいと思っているのに、これだと嫌でも目立ってしまう。それに加えて現担任と前担任の行動も俺の所為で評価が実力よりも低く見られがちだ。この姿はどう頑張っても良い評価にはつながらない。
「だいたい電話の内容が全部……、ってこれを一輝君の前でいうことじゃないか」
「あの、先生話が脱線していってます」
俺も担任もお互いの話をほとんど聞いておらず、とりあえずキリのいいところで中断させてしまう。
「あ、あはは、そ、そうだよね。これはなかったことにしておいて、ね」
なにやら話してはいけない事まで話したようで、慌てふためいている様子だが、俺も周りの視線にばかり意識をやっていたので内容はほとんど頭に残っていない。
「おほん、では今後は何か危険なことに巻き込まれそうになった場合、すぐに連絡入れるように」
「はい、すいませんでした」
ようやく終わりを迎えたようで、俺は最後に頭を下げる。
その姿勢が丁度鈴原先生の口元の高さになった時だった。
「本当に気を付けてね。実は今回の一件で一輝君の待遇に関して少し会議が開かれたから」
その瞬間、俺が放課後呼び出された本当の理由を知る。その程度なら携帯を使って連絡入れてもいい事のように思えるが、鈴原先生は過去の前科がある分、生徒に業務以外で連絡を入れるのを危険視されている。つまり堂々と誰かの前でしか生徒の会うことができない。
それをわざわざ教える為に俺を呼び出してくれたのだ。
そして、それに俺は答えなければいけない。これだけは絶対に裏切ってはいけないことだ。
「ありがとうございます」
俺は小声で答えると、何人かの教師の視線を感じながら職員室の出口まで向かう。最後にもう一度、頭を下げてから扉を閉めた。