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50.集合


第一会議室で緊急会議が始まってから、どれほどの時間が経っただろうか。

 図書館に向かったフォンスとカフカは、しっかりと資料を集められているのだろうか。

 クルトは医務室で何をしているのだろうか。

 ぼんやりと、第二十師団の三人の顔が浮かぶ。

 いつも冷静な騎士団の上層部がこんなに焦りを見せているのだから、本当に国を揺るがす事態なのだろう。

 ……だが、ベルンハルトはどこか信じられなかった。

 生まれてからずっと、この美しいエチルエーテルで過ごしてきた。

 害魔獣が入り込むことは愚か、結界がほんの少しでも揺らぐことはなかったはずだ。

 そして、飛び交っている単語は、二百年前に絶えたであろう()()()についての話。

 これは、本当に現実なのだろうか。


 コンコン。

 会議室のドアが勢いよくノックされる。

 ――だが、名乗りをあげるそぶりも見せず、ドアが開いた。


「誰だ?」


 ジョンが立ち上がる。


「緊急の共有事項ですので、名乗る前に思わず開けてしまいました。」


 ――扉を開けたのは、ヘイルだった。

 その言葉は淡々としており、声は凍りついているかのように冷静だった。

 もしかして、とベルンハルトは淡い期待を胸に抱く。


「よ、ベルンハルト」


 見慣れた声に、ベルンハルトは思わず顔を上げた。

 扉の向こうに立っていたのは、フォンスだった。

 無意識のうちに、彼の姿を探していたのだろう。

 その顔を見た瞬間、胸の奥に張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。

 そして、フォンスの後ろから、おずおずとカフカが会議室へ入ってくる。

 彼女は不安そうにあたりを見回していたが、ベルンハルトの姿を見つけた途端、みるみる表情を柔らかくした。

 ひらひらと控えめに手を振る。

 けれど、すぐにこの場でどう振る舞えばいいのかわからなくなったのか、カフカはそっとフォンスの背中に隠れた。

 

「……あら、何あの子、可愛い顔してるじゃない……。

 肌艶もすごく綺麗だし、もしかしてお化粧してるのかしら?

 確か第二十師団の子だったわよね……。」


 イクナトーンがチラリとベルンハルトを見る。


「はい、彼女は第二十師団の隊員です。

 ……なんですかその目は?」


「あら〜、もしかしてベルンハルトちゃんの彼女ちゃんだったりする?」


「違います。」


 ベルンハルトは冷静に、そして即座に切り捨てるようにイクナトーンに言い放った。

 その勢いに、エレーシャは吹き出しそうになってしまった。

 それと同時に、ヘイルの顔を見て、エレーシャもベルンハルトと同じように少し安堵していた。


「エレーシャ、君、なんだか嬉しそうだね。」


 ヘイルがエレーシャを見ずにそう呟いた。


「は?そんなわけないんだけど。

 ……てか、こんな重要な会議で挨拶もせずに乱入するなんて信じらんない。

 早くちゃんと名乗りなよ。」


「それもそうだね。」


 ヘイルが、ジョンの方を向き直った。

 普段は他人にほとんど興味を示さない彼だが、自分の属する組織のトップくらいは把握しているらしい。

 

「君は、第十九師団の……。」


「ヘイルです。

 あまりこのような場に来るものではないので、無礼を働いていたら申し訳ございません。」


 ヘイルは、ジョンに向かってぶっきらぼうに言った。

 すでにその態度が無礼なのでは?とベルンハルトは思ったが、何も言わなかった。


「こちらの会議では、今どれほど害魔獣についての解析が進んでいますか?」


ヘイルは淡々と話を進めていた。


 突然現れた彼に、上層部の面々は皆困惑している。

 特撰部隊、第十九師団。

 アーノルド・ハイドレンジアを除けば、残る二人が表舞台へ姿を見せることはほとんどない。

 エレーシャは医務室や結界維持の際に顔を出すこともあるが、ヘイルを知る者は城内にもほぼ存在しなかった。

 だからこそ、会議の中心で平然と話を進めるその男へ、訝しげな視線が数多く向けられていたのだ。

 

「……今、禁忌魔術についての話が上がったところだ。」


 ジョンが低い声でそう言った。


「なるほど。

 もうそこまで辿り着いているのなら話は早いですね。

 ……フォンス、本を貸してくれるかい。」


「了解っす!」


 フォンスが、抱えていた本をヘイルへ手渡した。

 長いあいだ薄暗い書庫に眠っていたその本は、窓から差し込む月光を受け、青白く妖しい輝きを放っていた。

 

「先ほどまで、エレーシャたちが遭遇した害魔獣についての分析を進めていました。」


 ヘイルが宙を手で薙ぎ払う。

 その瞬間、みるみるうちに本を一つ置けるほどの氷の台が現れた。


「なんだ、あの隊員……。」


「特撰に、あんな凄い魔術の使い手がいるのか?」


 緊迫した空気は一変。

 類稀なる魔術師の登場に、会議室はまた騒がしくなる。


「それで、僕たちも同じ結論に至りました。

 通常の魔術式では絶対に辿り着けない生命への冒涜。

 どのような原理かはわかりませんが、禁忌魔術を模したエーテルが、この害魔獣を作り出した、と。」


「……深層書庫の本か。」


 ジョンが、ヘイルを真っ直ぐ見つめながら言った。


「ご存知でしたか。」


「ああ。

 もう随分と中に入っていない。

 ……だが、仮に大魔女の禁忌魔術に近い魔術式が発動していたとして……。

 誰が再現したというんだ。

 もう残滓狩りは随分と前に終わっている。」


「……それはわかりません。

 大魔女は灰になったはずです。

 本人たちが復活しているとも思えない。」


「その本にはなんと書いてあるんだ。

 持ってきたからには、根拠があるのだろう。」


 ヘイルが本へ手をかざした瞬間、パラパラ、と頁が勝手に捲られていく。

 やがて、ぴたり、とその動きが止まった。

 開かれた頁の上には、黒塗りされた褪せた紙切れが、氷の台の上で静かに姿を晒していた。

 

「これは、草の大魔女である、イシスの禁忌魔術――再生の権能の頁になります。」


「黙示文字でこう書かれています。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。」


ベルンハルトとエレーシャが顔を見合わせる。


「ね、ねぇ。

 ……それって、もしかしなくても、ボクたちの戦った害魔獣の話じゃ。」


「やっぱり、君も思い当たる節があるんだね。」


 ヘイルの口角が、ほんの少しだけ上がった。

 そこに浮かんでいたのは喜びというより、研究者として仮説が証明されたことへの反応に近かった。

 

「ヘイル、だったか。」


 クレスがゆっくりと口を開いた。


「はい。」


「わしも、禁忌魔術の類であると踏んでいる……。

 だが、仮に大魔女が関わっていたとして、どうするつもりじゃ。

 あれは絶対に現代の魔術じゃ太刀打ちできない代物じゃ。」


「黒い粘液を採取し、解析する。」


 ヘイルは、なんの躊躇いもなく言い放った。


「害魔獣の纏うエーテルの魔術式がわかれば、恐らく結界の対策に使えるでしょう。」


「どっちにしろ、今あの害魔獣がエチルエーテルの結界を貫く力を持っているなら、対策しなければ、今度は死人が出るような事態になるかもしれません。」


 フォンスは感心したようにヘイルを見ていた。


 (……この人、私利私欲のために図書館で研究してるわけじゃないんだな。

 てっきり、面白半分で害魔獣の話に突っ込んでるんだと思ってたぜ……。)


 余計なことを考えていると悟られないよう、フォンスはそっとベルンハルトへ視線を向けた。

 会議室の外からは、慌ただしい足音や怒号混じりの声が絶え間なく響いてくる。

 すでに深夜だというのに、騎士団全体が未だ動き続けているらしい。

 

「関係があるかはわかりませんが、魔術網の麻痺、そして第十九師団隊長――アーノルドの腕の傷。

 何もわからない以上、身近にある問題を潰していくしか方法はないと、僕は考えます。」


 ヘイルの力強い言葉に、上層部の騒がしさがぴたりと止んだ。

 カリカリと、言葉を記録するアルルのペンの音だけがこの場に鳴り響いていた。


「特撰部隊隊長、アーノルド・ハイドレンジアが戦闘不能な以上、一刻も早く調査に赴くべきでしょう。

 このまま彼が傷を負ったままだと、第十九師団は――――。」


「――誰が戦闘不能だって?」

ついに50話到達いたしました〜!!

いつも読んでいただける読者様のおかげです、本当にありがとうございます!

水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!

よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!

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