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第125話  野良勇者の出撃

 ドンッ!!  

 分厚いオーク材の扉を、俺——ルーカス・ヴァレリオは叩きつけるように開いた。  普段なら絶対にやらない。目立ちたくない、平穏無事がモットーの俺が。なのに息が荒い。肩が怒っている。


「……何の真似だ、ヴァレリオ」


 部屋の奥。書類の山に埋もれた執務机の向こうで、セカイジュ騎士団総団長アウストレア・ラインハルトが顔を上げる。  

 その瞳——嵐の前の海みたいに、静かで、重い。  

 雷の上位精霊と契約してる彼特有の、肌がチリチリするような威圧感がある。だが今の俺には、そんな空気を読む余裕なんてなかった。


「総団長。俺を西へ行かせてください」


 挨拶もなし。敬語もギリギリ。アウストレアは眉一つ動かさず、手元の羊皮紙に視線を戻した。


「却下だ。貴様には王都待機の命令が出ているはずだが」

「待機? ふざけないでください! オスカーが……副団長が、援軍なしであんな場所に送られたんですよ!?」


 俺は机に詰め寄る。


「あいつの部隊は囮だ。ただの時間稼ぎ。……わかってるな?」


「…………」


「あいつは今、崖っぷちに立ってる。心が折れる寸前なんだ。今すぐ行かないと——取り返しがつかないことになる!」


 アウストレアの手が、止まる。  彼はゆっくりと顔を上げ、俺を射抜くように見た。


「王命だ」


 短く。冷たい一言。


「これはガルドリア王国の決定だ。我々セカイジュ騎士団は超国家機関だが、この地の防衛に関してはガルドリアの軍事支援なしには成り立たん。今回の決定に部外者が口を挟む余地はない」

「だから見殺しにするんですか!」

「大を生かすために小を切り捨てる。それがいくさだ。……貴様も正規騎士になったのなら、組織の理屈くらい飲み込め」


 正論だ。吐き気がするほど、完璧な。  

 でも、だからこそ許せない。


『――おい、じじい!』


 頭の中で、炎の精霊ヴァルが怒鳴り声を上げた。もちろん俺の魔力(霊素)の中に潜んでいるから、アウストレアには聞こえないし見えない。でも俺の体温が一気に上がるのがわかる。


『テメェ、それでもオスカーの上司かよ! あいつがどれだけ真面目に、馬鹿みたいに歯食いしばって盾やってきたか知ってんだろ!?』

『……風が告げております』


 フィオの静かな声も脳裏に響く。


『西の空気がよどみ始めています。これはただの敗戦ではありません。彼のかたの魂そのものが変質しようとしている。……急がねば、手遅れになります』

『旦那、聞こえるか?』


 雷のアルクもだ。


『あいつの火、今にも消えちまいそうだ。けどよ……消える直前に、とんでもねぇ色に変わろうとしてやがる。放っとくとヤベェぞ。マジで』


 精霊たちの訴え。

 俺の拳に爪が食い込んで、痛い。アウストレアには精霊の声は聞こえていないはずだ。でも、俺から漏れ出す尋常じゃない霊素の揺らぎを感じ取ったのか——彼の目がわずかに細められた。


「……貴様、何を焦っている」

「焦りますよ」


 俺は言った。  

 脳裏に浮かぶのは、あの完璧すぎる笑顔。誰にも弱音を吐けず、一人で全部背負い込んで、笑いながら壊れていったあいつの顔だ。


「あの人は今、たった一人です。誰も味方がいない場所で、世界中を敵に回したみたいな顔をしてる」

「…………」

「俺は英雄じゃありません。世界を救うとか、そういうデカいことは分からない。でも……仲間が一人で泣いてる時に、命令だからって知らん顔して寝られるほど——器用じゃないんです」


 スローライフ? 平穏?  知るか、そんなもん。  

 あいつが死んだら、俺の寝覚めは一生最悪だ。そんなの俺の望む「快適な生活」じゃない。


 アウストレアは長い沈黙の後、ふぅ、と重い息を吐いた。  

 その顔から指揮官としての仮面がわずかに剥がれ落ちる。


「……私は、第七区から一人で生還した」


 唐突な昔話。


「仲間を見捨て、泥をすすり、私だけが生き残った。……その時の光景を今でも毎晩夢に見る」 「総団長……」 「組織とは時に非情だ。私が正規軍を動かせばそれは国家間の問題になる。……だが」


 アウストレアは立ち上がり、窓の外——西の空を見上げた。その背中はどこかオスカーと重なって見えた。彼もまた、板挟みの中で苦しんでいる一人なのだ。


「正規の部隊は動かせん。だが……『遊撃任務』ならば話は別だ」

「え?」


 アウストレアは机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し、乱暴に印を押して俺に投げ渡した。


「正規騎士ルーカス・ヴァレリオ。貴様に長期の西方特別調査任務を命じる」

「調査……?」

「内容は『西方における霊素異常の発生源特定』だ。戦線の維持ではない。あくまで調査だ。……故に、ガルドリア軍の指揮系統には入らん」


 事実上の自由行動許可。  

 しかも「特別調査」という名目なら、たとえ戦場に乱入しようが、副団長を殴って連れ帰ろうが——「調査の過程で必要だった」と後でどうとでも言い訳ができる。


「それとな」


 俺が羊皮紙を握りしめた時、総団長が付け加えた。


「一人で行くな。連れて行け」

「は?」

「貴様の同期だ。……あの騒がしい二人をな」


 カインとノルン。  アウストレアの言葉に俺は目を見開いた。


「あの二人はまだ候補生です。こんな危険な任務に……」

「貴様は正規騎士だろう? 部下の一人や二人、率いてみせろ」


 アウストレアはニヤリと笑った。


「オスカーの部隊には特攻役アタッカー魔導支援サポーターが決定的に足りておらん。……それに、あいつらも寮で『行かせろ』と泣き喚いていてうるさいのだ。連れて行って少しは黙らせてこい」


 憎まれ口のような命令。でも、その言葉の裏にある意味を俺は痛いほど理解した。  

 オスカーを救うには俺(力)だけじゃ足りない。あいつの心を繋ぎ止める「日常なかま」が必要なんだと——この人は言っているんだ。


「行け、野良ノラ勇者」


 雷のような低い声が背中を叩いた。


「組織の枠に収まりきらん貴様の力……使い所は今だろう」


 俺は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます、クソ真面目な総団長閣下!」

「減らず口を叩くな。とっとと失せろ」


 俺は部屋を飛び出した。  

 足元でフェデが「わふっ!」と嬉しそうに吠える。


 待ってろよ、オスカー。

 お前が世界を敵に回すってなら、俺たち同期バカどもが——お前をぶん殴ってでも連れ戻す。

 西の空に、紫電が一瞬走った気がした。



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