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「そっか。よかったじゃん」
友也との話し合いがどうなったのか、それを説明するのにひたすら頭を下げるしかなかったあたしに、山口はこの期に及んでまでそんなセリフを投げかけてきた。しかも口調が、めちゃくちゃ軽い。どんな顔してそんなセリフを吐いたのかと思って頭を上げたら、案の定、山口は涼しい表情であたしを見ていた。
「……ねぇ、山口ってホントにあたしのこと好きだった?」
「さてね」
含み笑いの山口に、もしかしたらあたしはハメられたのかもしれない。友也で十分タチが悪いと思ってたけど、上には上がいるってことか。
「まあ俺はいいとしても、進藤が何て言うかじゃないか」
笑みを収めた山口の言葉に、あたしも神妙にならざるを得なかった。そう、すべてはあさみ次第なのだ。そのあさみは今、あたしと山口がいる屋上とは別の場所で、友也と二人だけで話をしている。
「……だよね。そう簡単に許してもらえるとは思ってないけどさ」
「川瀬がうまくやってくれるといいな」
「うん……でも、それは友也とあさみの話だから」
「川瀬が言いそうな科白だな。関係ないって」
苦笑いを浮かべながら話していた山口が、そこでふと真顔に戻った。山口の視線があたしを通り越していたから、あたしも振り返って山口が見ているものを目に映す。それまで放課後の屋上にはあたしと山口しかいなかったんだけど、いつの間にかあさみの姿がそこに加わっていた。
「じゃあな」
二人でちゃんと話し合えと言って、山口は屋上から姿を消した。あさみと二人きりになると途端に、気まずい空気が流れる。友也とあさみがどんな話をしたのか分からないけど、今はひたすら頭を下げるしかなかった。
「……頭、上げなよ」
しばらく沈黙が続いたあと、あさみはそっけない調子で口火を切った。まだ怒っているのか、それとも呆れているのか。それは、顔を見なければ分からない。正直に言えばあさみの顔を見るのが怖かったけど、それでもあたしは頭を上げた。おそるおそる顔を上げたあたしの目を、あさみは射るように見据えてくる。あさみに言葉を続ける気配がなかったのは、あたしが口を開くのを待っているからなのだろう。
「……あさみの言ったようにあたし、友也のこと好きだった。あさみに会うよりも前から、ずっと」
言葉でいくら謝っても、あさみには届かない。そう思ったから謝罪の代わりに、あたしは初めて彼女に本音を打ち明けた。だけどやっぱり、あさみの表情は動かない。無表情の彼女は冷たく、知ってたと応えた。
「本当は最初から、そんなこと知ってたよ」
「ごめん、絶対うまくいかないと思ったから紹介した」
「それも知ってた。自分だけは特別ですって顔して優越感に浸っててさ、なんてイヤな女だろうって思ってた。私が友也くんと付き合い始めてからは嫉妬丸出しにしてさ。正直、ざまあみろって感じ? だからわざと京子にノロケてた」
……返す言葉もない。優越感や嫉妬を隠そうともしていなかった自分が、ホントにサイテーだって思う。今のあたしに出来ることは、ただ黙ってあさみの叱責を受けることくらいだ。
「でも、もういいよ」
「えっ」
どれだけ責められても聞くつもりでいたのに、あさみがアッサリと言ってのけたのが意外だった。聞き間違いをしたんじゃないかと思って伏せていた目を上げると、あさみの表情にさらに面食らう。彼女は何故か、スッキリした表情で笑みまで浮かべていた。
「川瀬くんがけっこう真剣に考えてくれてたことも分かったし。京子も我慢してきたんでしょ?」
「…………」
「叩いて、ごめん」
「許して……もらえるの?」
「しつこいよ。もういいって言ってるでしょ」
そう言って笑ったあさみの笑顔は、出会った時のままだった。サイテーだと罵られるよりも、激しい怒りをぶつけられるよりも、それが堪える。あたしは、なんて汚くてバカだったんだろう。あさみの清々しい笑みを見ていると改めて、反省しようと心から思った。
山口やあさみときちんとした話し合いをした日の夜、ちっとも集中出来なかった映画のテープを手土産に友也があたしの部屋に来た。友也の意図をすぐに察したあたしは暗黙の了解で立ち上がる。映画を見るなら飲み物が必要だと思ったんだけど、部屋を出る前に友也の声で動きを止められてしまった。
「京子、京子。そんなのいいからさ」
あたしの部屋を我が物顔で使っている友也はベッドにどっかりと座り込んでいて、そこからあたしに手招きをしている。色々な意味で眉をひそめながら、あたしは踵を返して友也の傍へ寄った。
「……何?」
「いいから、ここ座れって」
友也が指差したのはベッドの際……というか、自分が座っている前だった。意味が分からなかったので従わずにいると、友也の手が伸びてきて強引に座らされる。その直後、突然背後から抱きつかれた。
「ちょっと!」
あたしが抗議の声を上げても友也の腕は緩まない。それどころかそのままベッドに引き倒されてしまった。
「何すんのよ!」
「いいじゃん。俺たち、もうただの幼馴染みじゃないんだしさ」
「気が早すぎ!」
近付いてきた顔を掌でおもいきり押し退けてやると、友也は渋々といった感じで体を起こした。ったく、何で急にこんな積極的なのよ。あさみのあんな表情見ちゃった後で、すぐそんな気になれるわけないじゃない。
「あたしは映画が観たいの」
「……わかった」
真顔に戻った友也はあたしのベッドの上で座りなおして、だけど性懲りもなく自分の前を指で示した。甘い雰囲気になるのは諦めたみたいだけど、それだけは譲るつもりがないらしい。まあ、さっき『分かった』って言ってたし、それくらいならいいか。
「さ、遠慮せず再生しろよ」
後ろから抱きついてきながら、友也がいつもの調子に戻って言う。誰が遠慮なんかするかと憎まれ口を返しながら、あたしは手にしたリモコンで古い映画のテープを再生した。