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 あたしがずっと見たかった古い映画の内容は、ベタベタのラブストーリー。長年付き合っていたカップルが倦怠期を解消しようとお互いに承知で浮気をくり返し、結局は付き合い初めの気持ちに戻る。おおまかに言えば、そんな内容の話だ。原作は小説で、ラブシーンが官能的なまでに描かれていてドキドキした。濃厚な男女の関係をくり返し、くり返し描きながら、それでも純愛を失わない作品の雰囲気が神だと思った。

 原作への思い入れが強いだけに映像で見るとイメージが崩れるかとも思ったんだけど、どうしても見てみたいシーンがあったからずっとビデオを探していた。映像で見てみたかったのは、小説の中でも特別な輝きを放っていた一言。ラストシーンで、彼氏が彼女に向かって言う科白。


『キスして、いいですか?』


 この一言の重みといったら、他に類を見なかった。五年も付き合って倦怠期を迎え、それでも乗り越えて戻ってくる想いがあるのだとうちひしがれたのを覚えている。あたしが小説を貸したことですっかりはまってしまった友也ともよくその話をしたものだけど、さすがに今はそんな心の余裕はない。

「……ねえ、友也」

「ん? 珍しいな、お前が映画観てる時に話しかけてくるなんて」

「観ながらでいいからさ。訊いていい?」

「何を?」

「何で、あさみと別れたの?」

 映画が中盤を過ぎて、ようやく本題が切り出せた。だけどテレビに視線を固定したままなので、友也がどんな反応をしているのかは分からない。分かるのが怖いから、振り向けなかった。

「付き合ってみて、こいつじゃないって思ったから」

 少し間があった後、友也はそんな答えを寄越してきた。話が感覚的すぎてあたしにはよく分からない答えだ。理解することに意味があるとも思えなかったけど一度口にしてしまった話題を簡単に終わらせることは出来なくて、あたしは結局その話を続けた。

「じゃあ、何で付き合ったの?」

「そんなの付き合ってみるまでわかんないじゃん。だから付き合った」

「それってさ、あさみのことが好きだから付き合ったわけじゃないってこと?」

「最初はな。でも付き合ううちに好きになるかもしれないし」

 あさみのどこが良くて付き合ったとか、そういう次元の話ではないらしい。かといって、周囲が思ってたみたいにあたしのことを好きだったわけでもない。意中の相手がいなかったから言い寄ってくる相手と試しに付き合ってみた。そう、はっきりと言われてしまった。

 やっぱり、友也があたしのこと好きだなんて思い違いだったんだ。それなのに自意識過剰になって、余裕ぶって、妙な思い込みをして。バカみたいだ。友也にとっては最初から、あたしなんてただの幼馴染みでしかなかったのに。

「……なんで泣くの?」

「映画、泣けるシーンじゃん」

 話をしている時点で映画なんて見てない。だけど自分にすら言い訳にしか聞こえなかった科白にも、友也は何も言わなかった。テレビから聞こえてくる激しいラブシーンの声がこの上なく虚しい。早く家に帰って声を上げて泣きたかったけれど、せめて、この映画が終わるまではガマンしよう。

「May I kiss you?」

 唐突に、友也が映画の科白を真似た。へたくそな発音に映画が終わるのかとテレビを見てみても、まだそんなシーンじゃない。何かと思って友也を振り向いてみても、友也の視線はテレビに向けられたままだった。

「このセリフを言ったときのダニエルの気持ちってさ、どんなだったと思う?」

 ダニエルはこの映画の主役カップルの、彼氏の名前だ。おそるおそる、確認するように問いかけるダニエルに彼の恋人であるアベリアが小さく頷き、二人がキスをすることでこの映画はラストを迎える。お互いに浮気を繰り返しながら、それでも戻って来た気持ち。アベリアも自分と同じ気持ちでいるのか確かめる寸前の不安が、ダニエルの弱々しいセリフには秘められていたと思う。だけど今、ダニエルの想いを語り合うことに何の意味があるだろう。

「変わることへの期待と不安。はっきりしてしまうことへの恐怖と好奇心。ダニエルの一言にはそんな想いが隠されていたんじゃないかと、俺は思う」

 あたしが答えなかったから、友也は一人で話を続けた。質問の答えを自分で明かしてしまってから、友也はそれまで注視していたテレビから視線を外す。真っ直ぐにあたしを見る友也の瞳には、あたしが今までに見たことのない輝きが宿っていた。

「俺たちも試してみないか?」

「試すって……何を」

「今の関係を壊してみる、ってことだよ」

 そう言うと、友也は返事も聞かずにくちびるを重ねてきた。友也がさっきまで飲んでいたミルクティーのせいなのか、甘い香りがフワッと広がる。だけど、すべてを忘れて呆けていられたのは一瞬のことだった。

「今、どんな気分?」

「……サイっテー」

 心の底から最低だと思った。思わず握りしめた拳が、憤りで震える。

「何で? どうしてこんなことするの!?」

「京子が好きだから」

 いまさらでしかない言葉を、友也はあっさりと口にした。感情がこもっているのかも分からない、ひどく冷静な口調で。その淡白な態度が、今は腹立たしくて仕方がなかった。

「だったら! どうしてあさみと付き合ったりしたのよ!!」

「それとこれとは別問題だろ」

「……友也がなに考えてんのか全然わかんないよ」

「進藤とのことは京子に関係ないし、京子とのことも進藤には関係ない。それだけの話だろ。それで、お前は?」

「何……?」

「京子は俺のこと、どう思ってんの?」

 ……分かってて訊いているとしか思えない白々しさが、ムカつく。ずっと、好きだった。そう言ってしまいたいけれど、言えない。だって、どんな顔してあさみに会えばいい? 山口になんて言えばいい? これだけ周りに嫌な思いをさせた後で、お互い好きだったから付き合いますなんて出来るはずがない。

「何で黙るの?」

「…………」

「ちゃんと答えろよ」

「……好き、だった」

 苦しいけれど、これがあたしの精一杯の本音だ。でも友也は納得がいかなかったようで、眉根を寄せてムズカシイ表情をしている。

「過去形? 進藤と付き合ってる時の京子の態度、そうは見えなかったけど?」

「わかってるなら余計、言わせないでよ」

「何で? 好きなら好きでいいじゃん」

「だって! あさみに何て言えばいいのよ!? それに山口にも……」

「山口と付き合うことにしたのか?」

「違う! あたしはずっと友也が好きだった!」

「今も?」

「……好き」

 乗せられた形で、あたしはけっきょく想いのすべてを打ち明けてしまった。小声で呟いたはずなのに予想外にはっきりと聞こえてしまったのは、いつの間にか映画が終わっていたせいだ。暗闇で淡い光を放っているテレビにはもう何も映っていなくて、ただの照明になってしまっているそれはあたし達の姿を浮き上がらせている。

「俺も。京子が好きだ」

 この状況で何で、友也はそんなに清々しく笑えるんだろう。友也があまりにも無邪気にはしゃぐから、見ていられなくなったあたしは目を伏せた。

「もう、遅いよ」

「だから、何でそういうことを言う?」

「友也こそ、どうして今更そんなことが言えるのよ。 ……もっと早く言って欲しかった」

「お前こそ、もっと早く言えよ。俺はかなり焦れた」

「ちょっと。真面目に聞いてよね」

「聞いてるよ。京子は俺が進藤をダシにしたって言いたいんだろ?」

「……そうだよ」

「だけどさ、そもそも最初に進藤を紹介してきたのは京子だろ? あれで俺は、お前にはその気がないんだと思ったんだよ」

「なにそれ? どういう意味?」

「京子は俺のこと、ただの幼馴染みとしてしか見てないんだと思った。それなら他にも目を向けてみようと思ったんだよ」

「あたし、そんなつもりじゃ……」

「まあ、聞けよ。やけっぱちに思えるかもしれないけど、進藤のことはいいかげんに考えてたわけじゃない。京子が思ってるように利用しようとかも考えてなかった」

「真剣……だったの?」

「進藤は、イイ子だよ。好きになれるかなと思ったけど、やっぱダメだった」

「それ、あたしじゃなくてあさみに言って。後のことはそれから考えるから」

「……わかった」

 足りなかった言葉を補っても、あさみが許してくれるかどうかは分からない。それでも、友也が初めて語ってくれた本音はうしろめたさと後悔しかなかったあたしの意識を少なからず変えた。意外にも純粋だった友也の気持ちに、応えたいと思ってしまった自分がいる。だから、してしまったことの後始末はきちんとしたい。すべてはそれから、だ。友也にもあたしの気持ちは伝わったみたいで彼はそれ以上、何も言わなかった。

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