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「は?」
思わず、本気で呆気にとられた。場所は人気のない授業中の屋上。朝っぱらからあたしをそんな場所に引っ張ってきた彼女は、今、何て言った?
「だから、別れたの」
無表情のまま、あさみが淡々と同じ言葉をくり返す。でも改めて言い直されてもまだ、信じられなかった。だって、本当に何の前触れもなかったから。昨夜も友也がうちに来てたけど、そんな素振りはまったく見せなかったし。
「……ねえ、」
あまりの驚きに意識が飛んでいたけど、あさみに声をかけられてハッとした。よく見ると、あさみの顔がひどいことになってる。たぶん、一晩中泣きはらしたんだろう。
「友也くんってさ、本当は京子のこと好きなんじゃないの?」
あさみの一言にギクッとしたのは、あたしも薄々そう感じていたから。あたしやあさみだけでなく、たぶんあたし達の周りもみんなそう思っていただろう。だけどあさみは『友也の彼女』でいる間は決してそのことを口にしなかった。その気持ちも、分かるような気がする。
「付き合ってる時もずっと、京子京子って」
真っ直ぐに見据えてくる赤い目が、あたしの罪を責めたてる。でも友也の本当の気持ちなんてあたしにも分からない。ずっと周囲が騙されていただけかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。だけど、あたしは友也が好きだから。うしろめたい。
「……知らないよ、友也の気持ちなんて」
「でも、京子は友也くんが好きなんでしょう? ずっと前から」
何も、答えられなかった。だけど、無言は肯定にしかならない。
「最低!!」
あさみの怒声と共に、頬に痛みが走った。心にもそれ以上の痛みが刻まれる。最低なことをした。それなのに、彼らが別れたと聞いて喜んでいるあたしはもっと最悪だ。
「泣きたいのはこっちよ!」
あさみの声より少し遅れて、叩かれた頬を押さえた手になまぬるい涙が触れた。あさみが言うように、ここはあたしが泣くところじゃない。でも……。
「ごめん……ごめんね、あさみ」
「どうして謝るの!? それって認めるってこと!?」
「ごめん……」
「泣いてちゃわかんないわよ!!」
情けなくて、謝ることしか出来なくて、どうしようもなかった。サイテーだとくり返しながら、あさみもだんだん涙声になっていく。結局その場はタイミング悪く姿を現した山口がなんとか仲裁してくれて、あたし達は授業が終わるのを見計らって教室に帰った。
玄関先に立って見上げた隣の家は全体的に明かりが点っていなかったけど、手をかけると扉はカンタンに開いた。カギをかけ忘れて出掛けるほど友也も無用心なヤツじゃないから、電気はついてなくてもたぶんいるんだろう。
「……おじゃまします」
そう言ってみても、どこからも反応は返ってこなかった。まあ、この薄暗い状態でどこからか声がしたらそれはそれで不気味だけど。やっぱり友也のお父さんとお母さん、まだ帰って来てないんだ。友也は……部屋かな。
『真鍋と川瀬の仲がいつまでたってもハッキリしないから、こういうことになるんだぞ』
二階にある友也の部屋に行くために暗い階段を上っていたら、山口の科白が頭に浮かんできた。山口は自分も被害者のくせに、あたしにもあさみにも親身になって話を聞いてくれた。彼らに本当の意味で謝るためにも、友也とはきちんと話し合いをしなければならない。そう思ったからここまで来たんだけど、やっぱりいざとなると心が竦む。
友也はあたしのこと、本当はどう思ってるんだろう。ううん、友也の気持ちがどうこうじゃない。あたしがもっと早く気持ちを言葉にしていれば良かったんだ。あさみに仲介を頼まれた時も、あたしも友也が好きだからとちゃんと断っていれば良かった。しっかり扉が閉まっている友也の部屋の前で、そんな後悔ばかりが頭をめぐる。
「ひどいわ!! じゃあ私はカモフラージュだったって言うの!?」
うなだれたままノックをしようとしたら唐突に女の声が聞こえてきた。ビックリしすぎて体が逃げてしまったけど、すぐに状況は把握できた。テレビの音、だ。
「俺はマリが好きなんだ。諦めてくれ」
「そんな! だったら最初からマリに言えばよかったじゃない!!」
男女の言い争う声は、あたしの部屋にもある本を映画化したもの。映画も見たことがあるだけに、科白を聞いただけでどんなシーンなのか浮かんできてしまう。よりにもよってこんな時に、三角関係がこじれる話なんて観ていないでほしい。
「……友也、入るよ」
一応もう一回ノックをしてから、友也の部屋の扉を開けた。友也はいつも映画館の雰囲気で見たいからと家で映画を見るのにも電気を消す人だから、部屋の中ではテレビだけが光っている。今はひどい顔をしているので、あたしにとっても電気が消えている方が都合がよかった。
「ん? 京子じゃん」
振り向いた友也の顔がテレビの淡い光に照らされて、別人みたいだった。ドキッとしてしまったのはいつもと違う感じにときめいてしまったのか、後ろめたさからくるものだったのか、あたしにも分からない。
「そのままでいいよ」
ベッドから下りて電気を点けようとした友也を制して、あたしはなんとか床に空いているスペースに腰を下した。その直後に友也がテレビを消したので、今度は本当の暗闇が訪れる。カーテン越しに外の明かりが見えるとはいえ、テレビまで消すとさすがに暗い。
「こんなに暗くていいのか?」
「うん。暗い方がいい」
「なら、映画でも見るか? この前貸すって持ってってまた失くしたやつ、見付けたからさ」
「……うん」
今日は映画を観るためにここへ来たわけじゃない。だけど話の内容がどうしても気が進まないものだっただけに、思わず頷いてしまった。
「んじゃ、俺はいつもの持ってくるから。ベッドに座ってろよ」
それだけ言うと、友也は床に座ってるあたしを跨いでさっさと部屋を出て行った。さすがに自分の部屋だけあって、暗くてもどこに何があるのかよく分かってる。言われた通り、あたしは友也のベッドに移動することにした。ちょっと前まではそこへ近付くことさえ気が引けてたけど、今はそんなことどうでもいい。友也がフリーに戻ったからっていうのもあるけど、あたし達はもう、どうにもならないことが分かっているから。
友也のベッドに腰かけて頬に手を当ててみると、ひどく痛んだ。叩かれたのは朝のことなのに、まだ熱を持ってるような気がする。痛いなぁ……。誰かに思いきり殴られたのも、誰かを故意に傷付けたのも、初めてだったから。
「おい、ちょっと電気つけるぞ」
扉が開いて、友也の声がした。返事を待たずに部屋の電気が点いてしまったので、あたしは慌てて顔を下げる。
「そんなに眩しかったか?」
「目、痛い」
「悪い。じゃあ、ここに置いておくから。零すなよ」
枕元にある台の上に飲み物を置いて、友也はテレビへ向かった。視界に入っていた友也の足が遠ざかったのを確認して、あたしは飲み物に手を伸ばす。オレンジジュースを一口含むと、食いしばっていた歯に凍みた。
「電気、消すぞ」
友也の声と共にまた電気が消えて、まだ何も映していないテレビだけが淡く光を放った。あたしの方へ近付いてきた友也はそのまま、隣に腰を落ち着ける。
「お前、頬腫れてない?」
「……気のせいだよ」
物語が始まる前の、作品紹介の間の会話。一緒に映画を観るにしても、いつもならこの時点であたし達に言葉はない。映画館だけじゃなく家で映画を観る時もそうなのは、宣伝から未だ見ぬ名作を発見出来るかもしれないからだ。この辺り、あたしも友也もそうとうな映画好きなんだろうなと、思う。だけど今日は、映像が始まってから言葉を交わしてしまった。その時点で映画には集中出来ないだろうなと思ったけど、あたしはテレビに視線を固定したまま友也の方を向くことはしなかった。




