第五章 新たな予感
ある夜、彼女は唐突に切り出した。
「実はね、来月いっぱいで今のお店をやめるの」
私は思わず問い返した。
「……何かあったのか?」
「うん、それはね、話せる時が来たら。総合的な判断で決めたことだから」
彼女は淡々と、しかし決意を帯びた声で言った。
迎えた出勤最終日、私は彼女に会いに行った。
「新しいお店は、もう決まったの?」と尋ねると、彼女は小さく首を振った。
「まだなの。いろんなお店に体験入店に行ったんだけど、落ちちゃって……」
少し俯きながら、彼女は言った。その表情には、普段の明るさが影を潜め、意気消沈している様子が滲んでいた。私は、ただ励ますしかなかった。
それから二週間後のこと。
「今日、新しいお店が決まったの。今日は出勤初日で、無事終えてホッとしてます。ぜひご招待したいです☺️」
そんな報告が彼女からメールで届いた。店の名前も記載があり、文面から彼女の安堵感がよく伝わってきた。
私は即座に返信した。
「本当におめでとう。君なら、きっとその場所にふさわしい」
彼女もまた、新たなステージに胸を膨らませているようだった。
本当はすぐにでも駆けつけたかった。だが、私の仕事は忙しく、そして何より――その新しい舞台は、今までとは違う「一流」の世界だった。正直、身の丈に合っていないと感じた。場違いであってはならない。私は彼女に恥じぬよう、相応の準備が必要だと心を定めた。
私は準備に取り掛かった。
動画サイトで有名ホステスの講義や、恋愛心理学を説く研究家の話を学んだ。ファッション、美容、香水――モテる男の所作や心得を、必死に頭に叩き込んだ。彼女と食事する料理店の調査やリストアップにも、私は余念がなかった。
彼女に会えない間、彼女は母の日に自分の母へ贈った花の写真を送ってくれた。
「お母さんに感謝を込めて贈ったの」
その一言と花の写真に、私は深く感銘を受けた。彼女の家族を思う姿勢は、以前から尊敬していた。しかしその時、ふと自分の家族を思った。私の父と弟は、五年もの間、確執から口をきいていなかった。その姿は私にとって重くのしかかる現実だったが、彼女の姿勢に触れ、私は決意した。
私は間に立ち、二人の関係を和らげるよう働きかけた。そしてついに、わだかまりは雪解けへと向かった。
私はその経緯を彼女に伝えた。
「君のおかげで、俺の家族が変われたんだよ」
それは心からの感謝だった。
そして――。
彼女から新しいお店に入ったと知らせを受けてから、二か月。私は万全の準備を整えた。服装も、立ち居振る舞いも、心構えも。
満を持して、彼女と新たな舞台で再会する日が訪れたのだった。




