第三章 初めから恋人のように
三年前の夜。
彼女と食事を終え、店へと歩く道すがら、私は胸の奥で高鳴る鼓動を抑えきれず、思い切って口を開いた。
「……手を、繋いでもいい?」
短い沈黙が訪れる。
その一瞬が、永遠にも思えた。
やがて彼女は、ほんの小さく「うん」と頷いた。
その返事を聞いた瞬間、胸の奥に張りつめていた不安がほどけ、同時に歓喜が押し寄せた。
差し出した彼女の手は思いのほか小さく、そして確かに温かかった。
次の瞬間、彼女の指が私の指の隙間に絡む。
――いわゆる「恋人繋ぎ」。
私はその仕草を当然のように受け止めた。
いや、受け止めるしかなかった。
「彼女の心にも恋が芽生え始めている」
その確信が胸の中で明るい灯をともした。
その光は、遠い未来さえも照らし出すように思えた。
けれど、初めて手を繋いだあの夜から二ヶ月ほど経った頃。
彼女は、以前ほど強く握り返してはこなくなった。
手と手は触れている。
しかし、あの夜の「恋人繋ぎ」の力強さは、そこにはなかった。
後になって、勇気を出してあの夜のことを尋ねた。
彼女は少し間を置き、静かに言った。
「どうしていいかわからなかったんです」
その言葉は、私の心に深く刻まれていた幸福な記憶に、柔らかな陰を落とした。
彼女にとってあの頷きは、戸惑いの中での応答だったのだ。
それでも、私の中では恋が確かに育っていた。
だからこそ、その答えに切なさを覚えずにはいられなかった。
――あの時の彼女の小さな戸惑いと、私の大きな期待。
二つの温度差は、やがて訪れる関係の行方を、静かに暗示していたのかもしれない。




