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恋と論理  作者: Kazan
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第十章 揺らぐ均衡、見え始めた亀裂

 私が彼女と関わる上で、最も強く意識してきたのは「誠実さ」だった。長く時間を共に過ごし、心を通わせ、真面目に向き合っているという確信があったからこそ、互いの信頼が積み重ねられてきたと感じていた。


 しかし一方で、私自身が女性という存在に抱いてきた不信感や厳しい視線も、彼女との関係に色濃く影を落としていたことは否めない。私は過去に経験した女性からのパワハラ、社会の中で「男性が女性に対して感情的になったが最後、嫌われ、以降仕事を手伝ってもらえなくなるなど、男性が我慢を強いられる」そんな場面を何度も目にし、私は「女性の狡猾さに屈しない」「言葉を濁し、逃げる姿勢を許さない」と、自らを鍛えてきた。理知的に詰め、矛盾を許さない姿勢は、私にとって信念であり、同時に武器でもあった。


 だが、彼女との間では事情が異なった。本能的に惹かれ、深く愛したいと願う彼女に対しては、私はその鋭い刃を完全に振るうことができなかった。失いたくない。だからこそ、厳しさと甘さの間で揺れ動き、結果として自分自身をも苦しめることになった。


 彼女の方も、同じように複雑な立場に立たされていたのだろう。私が彼女へ注ぐ、膨れ上がる、多くを求めたくなっていく愛情に対して、具体的な言動を伴って表現することが難しい彼女。


 彼女の事情を頭では理解しているにもかかわらず、私は勝手に不満を募らせ感情を時に爆発させ、「不誠実だ」と言ったことに対し、彼女は「少し悲しいです」と感情を吐露した。そこには「信頼される自分でありたい」という彼女の願いがにじんでいた。おそらく彼女にとっては、夜の世界に身を置きながらも、自分の真面目さや誠実さを手放したくはなかったのだ。


 それゆえ、私の厳しい言葉は、彼女にとって単なる攻撃ではなく、信頼を揺さぶる痛みとして届いたのだろう。自分の存在意義を否定されたように感じたはずだ。


 私がシャンパンを入れ、手紙を添えたクリスマスの夜。それは彼女のリクエストでもあり、半年前から彼女に約束したこと―――


 彼女は私の行動に感謝の言葉を返してくれたが、その背後には「お客としての顔を立ててもらった」という安心もあったように思う。私がどれほど純粋な愛情を込めていても、彼女にとっては店の評価や立場と切り離せない現実が存在していた。


 次に会った夜―――


 過去の恋愛でのトラウマから、彼女はスキンシップが実は苦手という事実に、私はようやく向き合ってみることを試みた。彼女の真意を汲み取り、私自身を変えることに挑戦できるだろうかと。


 私は彼女と会って開口一番、「今夜はスキンシップをしない」と宣言し、自分の行動を抑えることに挑戦した。彼女は「私はどうすれば」とつぶやいた。その言葉には、彼女自身も戸惑い、揺れていた心が表れていた。私の想いを受け止めつつも、仕事の役割と個人としての感情の狭間で、答えを見出せずにいたのだろう。


 そして私は感じた。彼女は普段から多くを抑え、言いたいことを飲み込みながら働いていた。必要とあらば勇気を持って語ることもできるが、それ以上に「沈黙する勇気」を選んでいる場面の方が多かった。自分に有利な事柄だけを言葉にする計算高さが垣間見えることもあり、私はそれを「ずるい」と感じたこともあった。だが、それもまた夜の世界を生き抜く術であり、彼女にとっては自分を守るために必要な手段だったのだろう。


 振り返れば、私はそのずるさを正面から詰めてしまった。彼女にとっては苦しかったはずだ。しかし、私自身は「真剣に向き合うからこそ」見過ごせなかった。そこに二人の決定的なすれ違いが潜んでいた。


 こうして、互いに信頼し合いたいと願いながらも、互いの姿勢が時に鋭くぶつかり合い、心を削っていった。それは、愛情と不信、誠実さとずるさ、期待と失望が交錯する、均衡の上に立つ危うい関係だった。

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