第一章 電撃
六年前の春の夜。
夜の帳が下りると、彼女との物語が始まった。
煌びやかな照明に包まれたバニーガール・コンセプトの店の扉を押し開けたとき、彼女はそこにいた。ざわめきが遠のき、彼女だけが浮かび上がった。
耳の横に揺れるウサギの耳、整った微笑み。その瞬間から、他の誰よりも彼女が気になった。
私は下心を隠すこともせず、軽口を飛ばし、酔いに任せて距離を詰めた。彼女にベタベタと触れ、下ネタを口にする――それは、典型的な“遊び人の客”の振る舞いだった。
けれども、胸の奥ではすでに、彼女に強く惹かれている自分を自覚していた。
――この人を手放したくない。
――ただの夜の遊びに終わらせたくない。
そう思いながらも、当時の私は決断できずにいた。
「このまま遊び人のように振る舞い、ライトに楽しむスタイルでいこう。ただし、もし彼女が心から男女としての関係を望むなら、そのときは一変して、本物の愛情を注ごう」
そんな戦略を胸に秘めつつ、言葉にはせず、ただ行動を続けていた。
彼女もまた、ただ華やかで軽やかな存在ではなかった。過去の職場で、女性ならではの厳しい上下関係や、言葉の鋭さに心を削られた経験があると、ぽつりと語ったことがある。その背景を直接的に多くは話さなかったが、私は彼女の沈黙や表情の揺らぎから、彼女の背負ってきたものを想像せずにはいられなかった。だからこそ、夜の世界で働きながらも彼女が笑顔を保とうとする姿勢に、私は強く心を打たれたのだ。
休日のことを話題にしたとき、彼女は「家族と過ごす時間を何より大切にしている」と言った。携帯の中には、笑顔の思い出がぎゅっと詰まっているのだと。その一言に、彼女の本質を垣間見た気がした。華やかな夜の世界に立ちながらも、心の拠り所は家族にある。そんな彼女の姿に、私はますます惹かれていった。
やがて季節が移り変わり、別のコンセプト店――チャイナドレス姿の彼女と再会した夜を、私は忘れられない。
煌びやかな布地が揺れるたびに、その奥に秘められた彼女の素顔を垣間見たような気がした。
彼女は凛とした雰囲気を纏いながらも、どこかで小さな弱さを抱えているのだろう、と。
その弱さは滅多に表に出ることはなかったが、時折こちらが真剣に問いかけたときにだけ、語気を強めたり、言葉を詰まらせたりする瞬間に滲み出ていた。
彼女は、当時から真面目さを隠せない人だった。
仕事として笑顔を見せていても、その奥底に、芯の強さと誠実さがにじみ出ていた。
だが同時に、言いたいことを抑え込み、計算で自分を守ることもある。
それは夜の仕事では仕方ないと理解していても、私にとっては苦しみの種でもあった。
その姿に触れるたび、私は次第に、自分の“遊び人スタイル”を貫くことに苦しさを覚えていった。
やがて私は方向転換を決意した。
彼女に対して、「心から大切に想いたい」「愛している」という純粋さを前面に出す道を選んだのだ。
それは、彼女の存在が私にとってどれほど特別かを示す、最初の大きな転機だった。