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魂を彩る世界で

神経が麻痺しているのか、身体が痺れているような感覚のせいか、うまく歩けているのかも分からない。


とにかく吉村のところに行かないといけないと思った。


膝をついた吉村は、もはや立てる状態ではない。


魂を使いきって意識も朦朧としている様子だった。


もう少し…


もう少し…



ゆっくり、身体を引きずりながら、それでもようやく吉村のところにたどり着いた時、もう戦う力が残っていないはずの吉村が、こちらへと右手を向けてきた。


腕を上げる体力もないのか、震える手は、それでもこちらへの敵意はなくなっていない。


「魂を使いきらせても駄目なのか…」


もう打つ手はなかった。


吉村は、身体は回復しても精神は乗っ取られたままなのだろうか。


認めたくはないが、魂を使いきってもなお攻撃しようとする姿は、楽観的に捉える気にはとてもならなかった。


「なぁ、吉村…」


吉村のそんな姿を見るのが辛かった。


「俺さ、吉村の力がさ…羨ましかったり研究するのが楽しかったんだけどさ…」


吉村の震える手に僅かに力が入る。


「だけど一緒にいると、無茶するのにハラハラしたり、バカなことするのが嫌じゃなかったりしてさ…」


こちらに向けられた手が僅かに光り始める。


「放課後に一緒に特訓したり、たまに遊びに行ったりするのが本当に大切な時間だったんだなって」


吉村の表情は見えない。


「美術展、見に行った時は2人で出掛けて結構ドキドキしたりさ、吉村は気づいてないと思うけど…」


「勝負もしたよな。俺、結構ボール投げるの得意でさ。珍しく吉村に良いところ見せられるかなって内心すごく張り切っててさ」



「本当は勝負で勝った時さ、お願いごと、一緒に街に出掛けたりしてほしかったりしてさ。結局すれ違ったまま言えなかったけど…」


「あれさ、まだ有効だったらさ、お願いを聞いて欲しい」









「いつもの吉村に、そばにいて欲しい」






力なく吉村がこちらへ歩み寄ってきた。


伸ばしていた右手と、下がっていた左手が腰へと回されて、優しく抱き締められた。


「私もだよ、颯士…」






「で、二人がイチャイチャするところを動けないまま見させられたこっちの気持ちにもなって欲しいにゃ」


無事に魂が帰ってきたのに、綺羅々はと言うと不機嫌そうにフードの猫耳を揺らしていた。


「別にイチャイチャしてねーよ」


バツの悪そうに颯士が言うが、それっぽい言い訳も思い付かない様子だ。


「魂だけでも聞いたりできるのかよ…」


と、ボソッと呟く颯士の顔が珍しく真っ赤なのは貴重なものを見れたと思う。


「ワタシが囚われのお姫様だったのを忘れないで欲しいにゃ。引っ付くのはワタシと谷崎とかそんな感じになるはずだったにゃ」


不満げににゃーにゃーこぼす綺羅々は、その場に谷崎がいないことにようやく気づく。


「そう言えば、谷崎はどうしたにゃ?」


「谷崎は、大事な後始末があるってさ。」




身体もほとんど原型を留めておらず、意識もない。


それでも彩華の魂で作られた肉体はまだ完全には消滅していなかった。


どうすれば良いのか、少し迷ったが幸いにも左腕が残っていたので、手を掴み、そして自分の胸に手のひらを当てた。


ほんの僅かに魂に触れられた感覚があった。


彩華のまぶたが、ゆっくりと開いた。


「誠一郎…さん…?」


「あぁ…」


弱々しく語りかけてくるのに対して、短く返事をした。


「誠一郎さん…私、ずっと会いたかった…時を越えても…ボロボロになっても…」


いつもの妖艶さやヒステリックさはなく、今にも消えてしまいそうな儚さだった。


「遅くなってすまなかった。ようやく会えたよ。」


「いいの…またこうして会えたから…。」


彩華はそう言うと弱々しく笑った。


「ふふっ、皮肉なものね。誠一郎さんを自分で作ろうなんて思っていた時はなかなか会えなかったのに」


ふぅ…とため息をついて一呼吸おく。


「やられちゃって、それも叶わないなって思ったら本物がきちゃった。」


「…随分と苦労をかけてしまったね。本当に申し訳なかった。」


「いいのってば。そんなに気を遣ってばかりで。だから皆に好かれて…私、不安だったのよ。」


意地悪そうに彩華が笑いかける。


「本当に、すまなかった。」


欲されていなくても謝らずにはいられなかった。


「だからいいってば。それより、もう長くないみたい。最後に会えて、本当に良かった。」


少しずつ、彩華の身体が青白く光る粒子へと姿を変える。


「一人では逝かせない。俺も一緒に…」


彩華を掴む手に力が入る。


「ありがとう…次こそは一緒に…」


彩華の魂と混じり合うように『誠一郎の魂』の欠片が消えていくのを感じていた。


ほんの少しだけ、時空に飲み込まれた魂の欠片だった。


「さて、奪われた魂を返しにいかなきゃなぁ…」


少しめんどくさそうに谷崎は伸びをしながら歩き出した。




「で、颯士はさ、私に何か言うべきことがあるんじゃないの?」


病院からの帰り道、灯里は悪戯っぽく颯士の顔を覗き込んだ。


「な、何が!別にないよ!」


顔を真っ赤にする颯士が新鮮で、灯里もつい意地悪をしたくなる。


「あんなプロポーズみたいなこと言っておいて、肝心な言葉を聞けていないんだけど?」


「…わかるだろ、普通。」


目を逸らしながら颯士は悪態をつく。


「分からないよ、ちゃんと伝えないとさ。」


灯里はくるっと後ろを向くと、少し間を置いてから口を開いた。


「私は、好きだよ。颯士のこと。」


颯士の頭から湯気が出た。


「お、俺も吉村のこと…」


灯里の口角が自然と上がった。ニヤニヤが止まらない。


「好き…だよ…」


そう言うと颯士は走っていった。


少し距離が出来てからくるっと振り向き、颯士は大きく手を振った。


「俺、こっちだから!また明日!!!」


灯里はドキドキする胸を、ため息をついて少し落ち着かせた。


灯里の魂の中にあるもう1つの魂も、好きな人の気持ちを知れて喜んでいるように感じた。


「明日の放課後が待ち遠しいな。」


灯里と颯士、2人の真っ白な未来は、これからも沢山の色で彩られるだろう。



『魂を彩る世界で~完~』



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

『魂を彩る世界で』は一旦ここで完結しますが、またどこかのタイミングで続きを書く日もあると思います。(短編とか)

その時はまた、よろしくお願いします!


そしてこれまで、沢山の人が応援してくださって感謝につきません。


本当にありがとうございました!!

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