【白紙の世界19】こんなに好きなのにとか愛してるのにとか言われても相手にとって必ず良いものとは限らない
吹っ飛ばされた。
そう気づいたのは壁に叩きつけられてから数瞬の時が経ってからだった。
ただ、それ以上はこちらに構うそぶりもなく、むしろ谷崎に向かって腕を振り上げていた。
谷崎の命は助かっていた。『彩華さん』が出来ることは何もない。
だが、もしかしたら谷崎が助かったことに気付いていないのかもしれない。
『谷崎は助かった』
このことを伝えなければ、だけど激しく打ち付けられた体から声を発することができなかった。
『彩華』が谷崎の胸に勢いよく腕を振り下ろすと、通り抜けるように腕が体内に吸い込まれていく。
そのまま、胸の奥から何かを掴み取り、グググッ…と引き出している。
「これが誠一郎さんの…」
彩華は光悦とした表情で手のひらにある虹色に光る玉を眺めている。
あれは、谷崎の魂。
魂だけを取り出してどうするつもりか、まさか自分と同じように魂を加工するつもりじゃ…
「……ッ!!!」
止めなければ!!
もう谷崎の怪我は治っているんだ。
わざわざ魂を加工する必要はないんだ。
このままでは谷崎が死んでしまう。
魔力もない、自分自身の身体ももう死ぬ寸前。
だけど、心が私の足を動かした。
ふらふらしながら、転びながらも、気力が私を彩華の元へと動かした。
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これで誠一郎さんを、私だけの誠一郎さんを『創れる』
あんな小娘にも惑わされない、私だけを見てくれる誠一郎さんを。
魂を創りかえるコツはなんとなく掴んだ。
誠一郎さんを創ることなんて難しくないわ。
誠一郎さんのことは私が一番知っているんだもの。
それに私には愛がある!!
誠一郎さんへの愛なら誰にも負けないわ!!!
私だけの、誠一郎さん。私だけの…
気分が高揚していくのを感じる。
世界が自分のものになるような感覚。
なんて最高の気分なの!!!
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呼吸は、少しだけ落ち着いたかもしれない。
もっとも、歩くだけで息も絶え絶えなのであまり変わらないかもしれないが…
「魂を戻しなさい。谷崎は…助かるから…」
辛うじて絞り出した声で告げる。
不敵な笑みを浮かべて彩華が口を開く。
「もういいのよ、それは。もっと良い方法を思いついたから。」
しゅるしゅる…彩華の腕から生えた蔦が谷崎の魂を包み込む。
「…邪魔をしないなら見逃してもよいのよ?」
今は気分が良いから、とでも言いたげだ。
「谷崎が死んでもいいの…?」
「死なないわよ。もっと良い形で生まれ変わるわ」
谷崎が生まれてからこれまでに得た経験、育んだ心、出会った人々から受けた影響…
それら全てが谷崎と言う人間を創り上げている。
その虹色の魂は、これまでに谷崎が歩んできた道によって作られたのだ。
「そんなのは、もう谷崎じゃない」
みるみるうちに左腕が元に戻り、そして潰されたはずの銀色の目が元の輝きを取り戻した。
『時を戻す魔法』の銀河のような輝きは、当初よりも何倍も広がっていた。
「返して貰うわね…!」
自分の身体が戻ることは予定調和だったかのように自然に魔女の力を開放し、左手に光の剣を発現、スイングする。
『魂を彩る魔法』
魂で出来た彩華の身体には、魂で作ったものでしか干渉できない。
蔦が切断され、魂が彩華の身体から切り離される。
『魂を彩る魔法』で精製した光の剣は、彩華の魂にも十分に通じるようだ。
そして、蔦から切り離された谷崎の魂が地に落ちるまでの一瞬だが、繰り広げられた攻防の密度は激しいものであった。
「させないわよ!!」
魂を取り戻そうとする私に彩華は手をかざし数本の槍が放たれるが、半身になり躱しそのまま反撃に転じる。
翻すように光の剣で横薙ぎに斬り付けると、彩華は辛うじて一歩下がり躱す。
だが、そこでバランスを崩したのか後方に倒れそうになる彩華は咄嗟に蔦を複数本、こちらへと伸ばす。
攻撃、と言うよりは倒れそうだから何かに掴まろうとしているように感じた。
咄嗟に右へと避けながら蔦を横から右手で抑える。
「葬る轟炎」
魂で作り出した炎が蔦を燃やす。
一見、魂でできた身体はいくらでも復活できそうだが魂の容量は有限だ。
これだけ一気に魂で作った蔦を破壊されれば多少の影響はあるはず。
例えば、次に何かを作り出すまでにタイムラグが生まれる、とか。
硬直した彩華に飛び込みながら剣を振り下ろす。
これで終わる
はずだった。
「ひれ伏しなさい!『エミリア』!!」
谷崎の魂が地面に落ちる音が静かに響き渡った。
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