【白紙の世界2】牛は金銭的にも内臓的にもあまり食べられない今日この頃
昨晩は久しぶりにすき焼きを堪能できた。
噛むと旨味がにじみ出てくる、独特の臭み。
久しく食べていなかったのですっかり忘れていた。
すき焼き味の沢庵1号は、牛肉の味ではなく割り下の味だったんだなぁ。
これは改良の余地ありだ。早速店じまいをして研究に没頭せねば。
『カランカラン』
ドア鈴がなる。
誰だ全く、タイミングの悪い奴。
「こんにちは、やってますか?」
やってきたのは昨夜の男、確か誠一郎とか呼ばれていたか。
1度ならず2度までも、研究の邪魔をするとは。
とは言っても、本物の牛肉を食べることができたのもこの男が買い物をしてくれたおかげでもある。
お客様は神様のように扱いなさいとは先祖より伝わる言葉。
邪険にするのは少々罰当たりと言うところだろうか。
「はい、やってますよー。ちなみに返品は基本的に受け付けておりませんので。」
なんせ返品されても返すお金はない。吐き出そうにもしっかり消化もされている。胃液をご所望の変態さんかもしれないが。
「いえいえ、昨夜はゆっくり見られなかったので今日はじっくり見てみようかと思いまして。」
いやいや、結構じっくり見ていたじゃん。
なんて思っていると男は爽やかな笑顔をこちらに向ける。
この外面の良さ、さぞ世渡りが上手なことだろう。
きっと昨晩も一緒に来ていた女と店の悪口か何かで盛り上がっていたりしたのだろうな。
「あの、ご迷惑でしたか?」
どうやらこちらも無意識に不機嫌が顔から滲み出していたらしい。
「いえいえー、ご自由にどうぞ」
お客様は神様、神様…
「ふ~む」
男は本物そっくりな蛙人形の足を掴みながらじっと見ている。
魔法で筋肉の反応を再現した、動きまでリアルな自信作である。
「これはもしかして、魔法で生命を与えている、とか…?」
興味津々に訊ねてくる。
子供用のおもちゃに作った人形なんだけどな。
しかし、興味津々な男の顔を見ると、その目はほとんど少年と変わりはない。
この子供男は、もしかして本気で魔法だと思い込んでいる…?
いや、確かに本当に魔法の力で動かしてはいるのだが、魔法をこんなにあっさり信じる大人などこれまでに1人もいなかった。
「店員さん?」
考え込んでいた私の方を窺ってくる。
「あー、はいはい、違いますよ。魔法で生命を作り出すのはタブーなので。生きているように見せているだけです。」
なるほど、と言わんばかりに顎に手を当ててじっくりと蛙を観察している。
かと思っていたら次は別のものに手を伸ばしている。
「これは、氷のランプ…?」
本来、ガラスで作る部分を氷で作り上げたランプ。
本来ならば炎と氷が交わって中間の温度に近づいていく、つまり氷は溶けていくはずのものを魔法でエネルギーを循環させて熱を奪ったり生み出したりちょちょいのちょいとやったものだ。
ちなみに作品名は『氷 VS 炎 ~終わりなき戦い~』
「すごい、熱いのに冷たい…!」
ランプの氷の部分を指で触ってみては感嘆の声をあげてみたりしている。やはり子供か。
しかしこの魔法の高度さがわかるとは、少しは見所があるな。
「これも店員さんが?」
「そうですよー、全部手作りの世界に1つだけの品ですー」
定型文を棒で読む。
「すごい…これが魔法か…!」
男はまた、興味津々に店内を見て回ると、腕いっぱいに商品を持ってきた。
「これ、ください。」
どさっ、と商品をカウンター替わりの机に置く。
おいおい、この男は正気か?
店を出しておいてなんだが、魔法雑貨は基本的には高価なものだ。
僅かな効果しかないものですら5円を超えるものも少なくはない。
「銭」と勘違いしていないか?
「円」だぞ?
「あの、結構な額になりますが、大丈夫ですか…?」
こうなると儲けて嬉しい気持ちよりも恐ろしさの方が先に立つ。
「大丈夫ですよ~」
爽やかに笑いかけてくる。その笑顔が怖い。
「え、じゃあ、62円になります…。」
恐る恐る値段を読み上げると
「はい、じゃあこれで。」
と、あっさり支払ってくる。
こ、怖い。
1時間も経たずに恐ろしい額を稼いでしまった。
何か悪いことがあるのではないか。
そう恐れながら男が去るとすぐに閉店して牛鍋を食べに行った。
恐ろしく旨かった。
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