その8・「あんたと私が一緒なら」
(これから、か)
出口に向かって、長い階段をのぼる途中、私は未来の「私」が言ったことを思い返して、その意味を考えていた。
彼女はあの後すぐに、私たちを広間から締め出して、十数える間入ってこないように言った。ムパンヤの遺跡に入る方法をセイルに見られると、歴史が大きく変わってしまうから、というのがその理由だ。
ほどなくして、静かになった広間の中を覗いた時には、既に五年後の私の姿は消えていた。
彼女の話の通り、護符を首から外すと、私は元の人間の姿に戻った。
姿が変わる時に何か痛みがあったり意識が変わったりすることもないようだ。
服を着替えるような感じで、二つの姿の間を行き来できるようだった。もっとも、完全にノーリスクかどうかは確証が無いから安心はできない。
ちなみにヒュウンの意識は護符を外しているときにも呼び出すことができて、普段は私の意識の奥底でおとなしくしている。
〈ひとときの暇、間借りしておるだけじゃからな。家主には気をつかっておる〉
とのことだ。
それはいいとして。
「うーん、やっぱり納得いかないなあ」
「気にしなくていいんじゃないかな」
腕組みしながら小さな声で言ったのを、セイルはしっかり聞いていたようだ。
「五年たっても君の体がちっとも成長してないってことなら――」
「ちっがーう!」
スナップを利かせてセイルの眉間に手刀を入れると、彼は頭を押さえてうずくまった。
「そこじゃない!」
「忘れた頃に来るねえ……」
いらんこと言うからだよ。
まあ、実際のところ、五年たっても今と寸分たがわぬ体型と顔かたち、というのはちょっとショックだ。もう少し出るところが出ていてもいいんじゃないだろうか。まだ成長期は終わってない筈。
ともかく、それはそれとして。
「これからのこと、考えてたんだよ」
「これからのこと……?」
「うん」
一人で悩む質でもないので、セイルには打ち明けることにした。
「五年後から私が来て、私に会ったってことはさ。私は五年後にまたこの今に戻ってくる、って未来は決まってるわけでしょ?」
「――そうなるのかな」
「そうすると、そこに至るまでの私の行動とか、決断とかさ。全部正解が決まってて、結果も分かってて、何をしても変わらないのかな、ってさ」
「…………」
これから色々起こるけど、頑張ってね、と未来の私はそういう意味であの言葉をかけたのだろうか。
「私が生まれたのって、ちょっと厳格な家風の家でね。将来のこととか、付き合う相手とか、私が決める前に、両親が全部先に決めちゃってたんだよ。それが嫌で家出して、旅暮らしを始めたんだけど――」
「はは、想像できすぎて、意外性の欠片もないねえ」
「そこ、茶化さない。――自由に、自分の意志で生き方を決めていこうって思ってたのに……もし、これからの人生に起こることが全部決まってしまっているのなら、ううん、今まで自分で決めたと思ってたことも、最初から全部決まってたんなら、私の人生って何なんだろうって思って」
ふむ、とセイルは鼻をならし、あごに手をやった。
「それについては、僕にもちょっと釈然としないことがある」
「セイルも?」
「うん。彼女――五年後の君は、僕が荒ぶる精霊によって死ぬのを回避するために来た、って言ってたよね」
「だね」
はっきりとそう言ったわけじゃないけど、彼女の態度や口ぶりからそう解釈して間違いないと思う。
「でも、彼女自身は、僕が死んでない未来から来ていた」
「未来であんたが待ってるって言ってたね」
「そうするとだよ。もし未来が確定しているなら、時間を遡らないと僕が死ぬっていう可能性自体が、実際には無いことになる」
「……そだね」
言われてみればその通りだ。そういえば、未来の私も「実は大丈夫なのかもしれない」なんて言ってた。
「そこで僕が思ったのはね。ひょっとすると、僕が実際に死んだ時間軸が別にあるんじゃないかってことなんだ」
「え?」
話が急に飛躍したので、私は立ち止まって聞き返した。
「セイルが死んだ、時間軸って……?」
「まあ根拠のない、まったくの空想なんだけどさ。君が五年後に時間を遡らずに、僕が荒ぶるヒュウンに呑まれて死ぬ運命の歴史があって、その先で、未来の誰かが――君かもしれないし、他の誰かかもしれないけど、最初の時間遡行を行ってその死を回避すべく行動した結果、僕が死なない時間軸が分岐派生した、とは考えられないかな」
「……ごめん、頭がついていかない」
「ああ、こっちこそ。なんか訳が分からないことを言ってしまったね」
セイルは照れ笑いを浮かべて頭をかいた。
「とにかく、言いたいのはさ。僕の考えが正しいとするとだよ。君が五年の時を遡るたびに、少しづつその先にある未来は変わっていくのかもしれない、ってこと。決してあらかじめすべて確定しているわけじゃない、自分で決められる選択肢がいくつもあって、ことによっちゃ、五年後に時間を遡ってくるって未来すら変わっているかもしれない」
「そう……なのかな?」
「そうだといいよね、って話さ。僕だって、これから先の決断のすべてが無意味だなんて思うのはつまらない。それに」
「それに?」
「彼女が言ってただろ。「これからだから」ってさ。あれは、未来のことは気にせずに先へ進めってことなんじゃないかな」
そうか。セイルにはそういう風に聞こえてたんだ。
さっすが、能天気魔道士。私の相棒。
すっきりした。
「じゃあ、私もそう思うことにする。あんまりグダグダ悩むのは性に合わないしね」
「そうそう。これからの努力次第では、君の体ももう少し成長するかもしれな――痛っ!」
無言の手刀を眉間に受けて、セイルはまた頭を押さえた。
「学習しろ」
「……はんせいしました」
誠意が感じられないセイルの弁にため息をつくと、私はまた前を向いて歩き出した。
「そういえば、一つ。君に確認しておきたいことがあったんだ」
隠し通路の出口が近づいたあたりで、セイルはふと思い出したように言った。
「この後はどうする?」
「この後?」
「うん。僕は、調査結果をもって都に戻る予定なんだ。聖域の探索は君の厚意で同行してもらった形だけど、その後のことまでは決めていなかったなとおもってね」
なるほど。
そういえば、形の上では護衛の契約はもう終わっていて、私が勝手について来てたんだった。セイルは「厚意」っていうけど、ほとんど押し売りだ。
私が駄々をこねなければ、今こうして一緒に歩いてはいなかっただろう。
「セイルは、どうしてほしいの?」
私は不安を押し隠して、つとめて明るい声で訊ねた。
自分の気持ちなんて、とっくに決まっている。でも、彼が私と同じように思ってくれてるのか、わからない。
今日一日で、彼にどれだけ救われただろう。足手まといと思われてないかな。
セイルとここで離れてしまったら、今度はいつ会えるんだろう。
答えを聞くのが、とても怖い。
だからって質問で返すのはズルいかなあ――。
「僕は」
セイルは少し迷ってから、優しい声で言った。
「この後も、君と旅を続けたいと思う。君が望むなら、だけど」
目の前がぱっと明るくなったように感じた。
比喩じゃなくて、ホントにこうなるもんなんだ……
「――本当?」
セイルはうなずいた。
「さっきあんな話をした後で悪いんだけどね。今日一日、君と一緒にいて思ったんだ。この出会いは運命だって」
「運命……って」
大げさだなあ。でも、わかる。
「運命ってのが嫌なら、奇跡だ。もう、君と一緒にいるとね、何もかもがピタッとはまるというか、居心地がいいというか――うまく言えないけど。君のために僕がいるように、僕のために君がいてくれるような、そんな気持ちになる」
あ――それ、私もおなじ。
「だから、五年後の君から、未来でも君と僕が一緒にやってることを聞いて、とても嬉しかったんだ」
それも一緒。
ああ、なんだろ、この気持ち。私があんたに言いたいことを、全部あんたが言ってくれてる。
「まあ、たった一日、いや半日の付き合いで図々しいかもしれないけど――」
そうか。まだ出会って一日も経ってないんだね。もう何日も一緒にいる気がするよ。
「だから、この先もしばらくは、僕の相棒でいてほしい。都に着くまででもいいし、もちろん、もっと短くてもいいし、君次第なんだけどね。僕の望みとしては、僕が言いたいのは、つまり、その……ええと」
声のトーンが、そのへんからだんだん小さくなっていく。
「セイ……ル……?」
振り向いた私の肩を、セイルは意を決したように両手でつかんだ。そしてしばらく迷ってから、私の名を呼んだ。
「アリヤ」
「は、ひゃい……?」
なんだよ、改まって。き、き、緊張しちゃうだろ。
「これからもずっと、僕と一緒にいてほしい」
それは、私の耳にようやく届くくらいの、ささやくような告白だった。
告白? いや、セイルのことだし、どういうつもりで言ってるのか分かんないけど、不意打ちすぎるだろ!
「えっと」
鼓動が高鳴る。
抑えきれない。
「……よく聞こえなかった」
私がそう言うと、セイルはずっこけるように膝を落とした。
うそだよ。ちゃんと一言一句聞こえてた。ハッキリ言ってほしくて、すっとぼけてみただけ。
「もう一回、ちゃんと言って」
彼は頬をかいて苦笑いした。
「君と一緒なら、これからも退屈しないで済みそうだって言ったんだよ!」
「そりゃどうも!」
ちぇ。逃げられたか。
でも、先は長いんだから。そのうち絶対、もう一回言わせてやる!
隠し通路の入口になっていた小部屋まで戻ると、天井の隙間から月明かりが漏れていた。
地下に降りる前には、山賊たちが私たちを探して右往左往する足音がドアの向こうから聞こえていたのに、今は不気味なくらい静かだった。
私たちは慎重に廊下へ出て、もともと脱出予定だった出入口に向って進む。
遺跡の外に出た時、中が静かだった理由がはっきりした。
「おう、遅かったじゃねえか!」
山賊たちが総出で私たちを待ち伏せしていたのだった
焚かれたかがり火と月明かりの中で見た限り、ざっと十五人から二十人てとこか。隠れている奴もいるかもしれない。
手に手に短剣やら棍棒を持ち、何人かは松明で周囲を照らしている。
遺跡の中に戻って逃げようにも、素早く背後に回り込んだ手下たちによって、すでに出入口は固められている。四面楚歌の包囲網だった。
声を張り上げたのは、一党の頭目らしい隻眼の大男だった。
頭目は手下に左右を守られながら、かがり火の中、ゆっくりと私たちの正面に歩み出て、右手の湾刀を大仰に振り上げた。
「よくもよくも、俺様のお宝を盗んだ上に、大事な兄弟を殺ってくれたな――生きてここから帰れると思うな!」
いかにもな山賊さんが、いかにもなセリフをどうも。
それにしても、コイツの言う「お宝」って結局、笛と護符どっちだったんだろう。
いまさらどうでもいいけどね。
私とセイルは、どちらから合図するわけでもなく、すばやく背中合わせになって身構えた。
「やれやれ」
背中越しにセイルが緊張感に欠ける口調でつぶやいた。
「先のことより、まずはこの場を乗り切らないといけないみたいだねえ。――まあ、僕と君でなら、何とかなると思うんだけど」
「あたりまえでしょ」
自然と、頬がほころんだ。
「あんたと私が一緒なら。それに、今はヒュウンもいるしね」
私はポシェットから銀鎖の護符をおもむろに取り出すと、首にかけて獣人化した。
山賊の頭目は目を見張って、「あーっ、俺のお宝!」と私を指さす。
「やっぱり盗んだのはてめえらか!」
あ、こっちだったんだ。
私の鑑定眼、ひょっとすると捨てたもんじゃないかもしれない。
山賊たちはじりじりと包囲を狭め、私たちとの間合いがある程度狭まったタイミングで、「やっちまえ!」という頭目の号令一下、一斉に踏み込んできた。
セイルは既に最初の術式を完成させていた。
「爆炎!」
大きな火柱が足元から勢いよく噴きあがり、山賊たちの何人かを黒焦げにする。
私は鞘をはらい、右手の刀と左手のイヌ爪で、残った盗賊たちを斬る、斬る、斬る。
多勢に無勢? 知ったこっちゃない。
一人では限界があるって、セイルはいつか言ってたけど、その限界をふたりなら超えていける。
ふたり一緒なら、世界の果てまでだって行ける。
セイルの魔法と私の剣が、能天気に容赦なく、何もかもを蹴散らして、活路を開いていくんだ。
ふたりの旅が、これから始まる。
〈了〉
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作は、何年も前に最初にラストシーンだけ思いついて、しばらく形にならないまま塩漬けにしていたアイディアを膨らませて作ったものです。
「小説家になろう」への初投稿で何を書こうか迷ったのですが、自分の中のファンタジー・ラノベのスタンダードを再構築するようなものしようと決め、こういう、まあぶっちゃけ「スレ○ヤーズ」みたいな話になりました。
今様からは外れているかもしれませんが、楽しんで書きましたので、読む方にもお楽しみいただければ幸いです。
――二〇一八年十一月十八日 まつたきりか




