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第九話  『昼休みⅡ』

「ハルナって本当にできた妹だよな。本当に俺なんかの妹でいいのかって思うよ」


 なんとなく思っていたことを俺はつぶやく。


「え?」


 ハルナは心底驚いたかのような顔をしながら、ビクっとその体を跳ねさせる。そんなに驚くことだろうか。普通の人からすれば、ハルナはどう考えても俺には出来すぎた妹だと思うに違いない。


 どれだけ驚いたのか、サンドイッチをのどに詰まらせたのだろう。涙をその大きな瞳に浮かべて、ケホケホと苦しそうにむせている。


「大丈夫?」


 苦しそうにしていたハルナの背中を軽くさすってやる。その背中は、まだ成長しきっていない、少女を感じさせる小さなものだった。ハルナってこんなに細いんだなどと思いながらさすり続けていると、ハルナはひと段落付いたのか、ふぅと小さく吐息を漏らす。


 ハルナって、動作の一つ一つが可愛いんだよなぁ…。俺だったらむせたときは、ゲッホゲホってむせるだろうし、それがひと段落ついたら、ういーで締めるだろう。さすがに比較対象が俺だとまずいか。


「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしちゃって…。それを言うならハルナのセリフだよ!!お兄ちゃんみたいなお兄ちゃんなんて絶対いないよ!!」


 その瞳はマジだ。


「そうか?俺ってなんの適性もないし…。シスっ、しっ、しつけなってないし…」


 しつけなってないは無いだろと自分でも思うが、ろくなものが思い浮かばなかった。でもハルナは特に気づいた様子もないので心の中で安堵する。


「お兄ちゃんは自信がなさすぎるんだよぅ。お兄ちゃんは気づいてないかもしれないけど、お兄ちゃんは良いところたっくさん持ってるんだから!!」


「お、おう…」


 そうだろうか。ハルナはそう言うがゼロの判断では俺の適性はゼロなのだ。別に駄洒落じゃないけど。


「あ!!今そんなことないなって思ったでしょ?私ほんとのほんとに思ってるんだからね!!私は、お兄ちゃんのおかげで本当に救われたんだから…」


 こういう時はとりあえず流しておくのが俺の流儀。


「お、おう。じゃあそういうことにしておこう。というか、俺がハルナにしてあげたことなんてあったっけ?前にプール行ったときに溺れかけてた時の話?」


 完全無欠美少女にも思われるハルナだが、泳ぎだけは大の苦手なのだ。そのため、以前に家族でプールに出かけたとき足を滑らせて一人で溺れかけていたのを俺が引っ張り上げたことはあった気がする。


「そ、そんなこともあったね…。お兄ちゃんも覚えてくれてたなんて嬉しい…ってそういう話じゃないよ!!あぁもうっ、お兄ちゃんのバカっ」


「ちがった?あれかと思ったんだけど」

 

 違ったのか。もう一回聞かれたらもう他に思いつくのがなくてやばいぞと内心で少し心配になる。


「ハルナが救われたっていうのは、そういうことじゃなくて、もっと大きな話。私、お兄ちゃんに会えなかったらきっと今みたいに笑って過ごすことは出来なかったと思うんだー。きっとね、もっと苦しくて、心の底から笑えないような生活をしてたと思うの」


「マジで?それはなくないか?」


 そういえば、出会ってばかりの頃のハルナはどこかぎこちない笑みを浮かべていたような気がする。気づいたら今のような天真爛漫な笑みを浮かべるようになっていたが、俺が何かしたのだろうか。全く分からん。


「マジだよっ。だからね、お兄ちゃんはすごいんだよ!私の人生を変えたんだよ!だからお兄ちゃんはもっと自信もっていいんだよ!」


「お、おう…」


 答えに詰まったときは決まってこう返すのだが、ハルナはさらに言葉をつづける。それは俺の想像の遥か斜め上をいくものだった。


「ハルナ知ってるよ。お兄ちゃんはゼロに適正なしって言われてるから自信がもてないんだよね?」


 図星だった。


 まさか、そこまで読まれているとは思いもしなかった俺は驚きのあまり言葉を失う。


「だから、ハルナはお兄ちゃんが私に教えてくれたことをお兄ちゃんにも返すよ」


 そこでハルナは覚悟を決めるようにいったん間をおく。


 一体何を言い出すというのか、何か恐ろしいことが言われるんじゃないかと思って俺は少しの恐れを抱きながらハルナが紡ぐ続きの言葉を待つ。


 何か調子乗ったこと言わなかったか?頼む、過去の俺!!あんまり変なことは言わないでいてくれ!!


 内心では冷や汗たらったらな俺に、ハルナはすべてを包み込むような優しい声でこう言った。


「お兄ちゃん。ゼロの評価なんて気にしなくてもいいんだよ?」


 短い言葉だった。時間にしてわずか数秒足らず。ただその言葉が俺に与えた衝撃は決して軽いものじゃない。


 いま、ハルナは何つった?


「え、え?ちょ、今何て言った?」


 ありえない言葉だった。だから聞き間違いじゃなかろうか、そう思っておれは聞き返す。だが、その返事は俺の期待したような物ではなかった。


「だから、お兄ちゃんがゼロの評価を気にする必要なんか全くないんだよ?お兄ちゃんに良いところがあるのはハルナが一番よく知ってるんだから!!お兄ちゃんに何の適性もないなんてそんなのはおかしいよ!!それは、ゼロが間違ってるんだよ!!」


 俺はもはや言葉を返すことすらできない。


 聞き間違いじゃなかった。いや、もっとひどい。どうか冗談であってほしい。そう思ってハルナの顔を見つめる。そこに、いつもの茶目っ気のある笑顔を期待して。


 しかし、そのハルナの瞳はいつものお気楽な娘のものではなかった。今まで見たこともないような真剣な顔をしている。一体ハルナまでどうしたというのか、頭でもうったのであろうか。ゼロのおかげで今の生活があるというのに、そのゼロが間違っていると断定するのはどういうことか。それもタクミに続いてハルナまで…。俺は衝撃のあまりめまいを覚えた。


 今まで親友だった3人のうち2人だけがどこか遠いところにいってしまったような寂しさを感じる。まるで俺一人だけ仲間外れにされたように。


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