第八話 『昼休み』
そんなこんなで俺たちの才能発表は終わった。
結果も終わった。
タクミはうなだれたまま部屋から出てこなかったので、仕方なくサトウさんが残ることとなった。ということで今は昼休みだ。
「うーん、今年も残念だったね。でも、今年もお兄ちゃんと一緒にいられるからハルナは幸せだよ!!」
ハルナは心の底から幸せだと言わんばかりの笑顔を俺に向けてくれる。
「そーだな、俺も幸せだよ」
「でも、さっきのタクミさんの様子はすごかったよねー」
「あれはさすがにビビった。あいつあんなキャラだったっけ?」
そう、先ほどのタクミの様子は明らかに常軌を逸していた。特にゼロを否定するようなことを言うなんて何を考えているのか。ああいう普段おとなしいやつに限って、ハジけるとやばいということがよく分かった。今後はあまり怒らせないようにしておこう。
「まぁ、タクミさんの話はいいよ!!じゃあ、お昼ごはんにしよっ」
そういうと、ハルナは俺の左腕を抱きしめ、その小さな体をぎゅっと押し付けてくる。あんなことがあったというのにいつも明るさを絶やさないハルナには本当に助けられる。ハルナの温度を、抱かれた左腕から感じる。この温もりだけが俺の生きがいだ。
腕に何か少し柔らかいものが当たっている感覚もするが、ここには気づかぬふりをしておく。
「あーお兄ちゃん、今変なこと考えてたでしょー?」
左下から、吐息がかかるような距離でハルナが覗き込んでくる。間近でハルナに見つめられてしまうとその美貌も相まって照れてしまう。ちょっと恥ずかしくなった俺は視線をぷいっとそらす。そこで思いっきり見つめ返せるほど俺はメンタルが強くない。
ハルナは普段ぽけーっとしている割に、意外とこういうところは鋭いのだ。
「あー…」
俺がぶっきらぼうとも言えるイエスともノーともとれるような返事をすると、ハルナはなぜか嬉しそうに微笑む。
「えへへ…。お兄ちゃんは分かりやすいんだよー」
「ハルナにはやっぱり敵わないな」
兄よりも遥かにできた妹を前に、俺はつい苦笑してしまう。そんな俺の心を読んだのだろうか、ハルナの次の言葉は俺にそう思わせるようなものだった。
「でも、お兄ちゃんはハルナのお兄ちゃんだから!!」
ハルナのお日様のような笑顔に、先ほどまで俺の胸の中でくすぶっていたモヤモヤしたヘドロのような不快感がサァっと晴れていくのを感じる。ハルナにはいつも元気を与えてもらってばかりだ。俺が何かしてあげられたことはあったろうか…。
俺は少し自分の世界に入ってしまいそうになったが即座に振り切る。ハルナのおかげで元気の出た俺は、ハルナを連れていつもの場所に向かうことにする。その足取りは、先ほど相談室を出てきた時とは打って変わって軽いものだ。そう、俺は気分転換が早いのが取り柄なのである。もはや、先ほどまでの憂鬱な気分はない、あるのは今日のお昼ご飯はなんだろうなといった気楽な思いだけ。
俺たちが昼食をとる場所は決まっている。それは中庭にある人目につかない小さなベンチ。あたりには植林によって植えられた木々が青々と生い茂っている。そのおかげか、校舎の中で最も空気がおいしく感じる場所だ。そして、そんな木々にとまった小鳥たちが平和を歌うように各々元気な声で鳴きまわっている。そんな、いるだけで心が癒されるような素敵な場所が、俺たちお決まりの昼食場所なのだ。
しかし、辺りには誰の気配も感じられない。それもそのはず、ここが俺たちの昼食場所というのは周知の事実なのだから。俺たち兄妹とタクミは、あまり誇れたものではないが、この伸館で最も古株の館生である。そのため、入館したての頃はこの周囲に人もいたり、このベンチをとれなかったりもしたものだが、今となっては、この伸館生でこのベンチのことを知らない。恐らくコーチたちも知っているだろう。なにせ、この場所は俺たち兄妹が初めて伸館に来て以来、毎日昼食を食べている場所なのだから。
そのため一部の人たちの中では、ここで一緒にご飯を食べた二人は結ばれるなどといった都市伝説もあるらしい。まぁ、もちろんそんな事実はないのだが。
「うーん、今日もここに来ると気持ちいね!」
元々、ここで昼食を食べようと言い出したのはハルナだ。まさか、毎日ここで食べることになるとは思わなかったが。
「そうだな。不思議と落ち着くよ。それで、今日の昼飯は何なの?」
俺は胸の内に秘めていた、いま聞きたいことランキング第一位の質問をついに投げかけた。
するとハルナはもったいぶるように、じっとこちらを見つめてくるではないか。俺たち兄妹の真剣な視線が交錯する。
緊張の一瞬だ。
ごくりと俺がつばを飲み込む音が静かなベンチ一帯に響く。鳥たちも、重大な結果発表を見つめる観客のごとくなりを潜めているような気がする。するとハルナは、『我機を得たり』とでも言いたげにその重く閉ざされていた口を………開いた!!
「今日はねー………ジャジャーン!!!!」
そういってハルナは渾身のドヤ顔で今日のお弁当箱の全貌を明らかにさせる。とうとう秘密のベールに覆われていた本日の昼食の内容が明かされたのだ!!そして、どうだとでも言いたげなドヤ顔を目の前でかましているハルナは相変わらず可愛い。
「こ、これは……」
俺は驚きを隠せない。というのも………
「そうだよ、今日はお兄ちゃんの大好きなサンドイッチだよー!!」
…俺の大好物だったからだっ!!!!
「サンドイッチじゃないですか!!」
喜びのあまり俺は歓喜の声を上げてしまう。サンドイッチは言わずと知れた俺の大好物だ。
「お兄ちゃんを驚かせようと思って、黙ってたんだー。お腹すいたね、早く食べようよ!」
そういうと、ハルナは俺にサンドイッチを一つ弁当箱から取り出すと、俺に手渡してくれる。それを握った俺の手が柔らかな白い生地にかすかに沈み込む。今日はハムとチーズのサンドイッチだ。具材はハムにチェダーチーズをベースとして、そこに歯ごたえを与えるシャキシャキのレタスと、マイルドさを加えてくれるスクランブルエッグにこだわりの特製ソースだ。食パンの断面から顔をのぞかせる鮮やかな具材たちが俺の食欲をそそる。
「「いっただっきまーす!!」」
二人仲良くいただきますを言うと、俺たちはこれまた二人仲良くサンドイッチにかぶりつく。そして、二人して顔を見つめあうと
「「うまーーい!!!!」」
二人仲良く歓喜の叫び声をあげる。すると驚いたかのように木々に止まっていた小鳥たちが飛び去って行った。
「あっちゃー、小鳥さんたちには悪いことしちゃったね」
ハルナは、ペロっと舌を突き出して、きれいにウインクを決めてくる。レベル高すぎだろ。
「まぁ、これはしょうがないやつだ。だって、こんなに美味いんだから」
「そう言ってもらえると今朝は早く起きて作ったかいがあったよー。そのせいでちょっと起こす時間が遅くなっちゃったから、実はあのままお兄ちゃんが二度寝しなくても遅れてたんだよね」
「お、おい!そうだったのかよ?いやぁ、僕はね?今日も俺のせいでハルナも怒られてしまって悪いなぁと思ってたんだよ?」
「お兄ちゃんそんなキャラじゃないしっ。絶対そんなこと思ってないでしょ!!」
「バレたかっ」
「バレバレでーす」
俺たちは、二人で笑いあう。こんな幸せな時がいつまでも続けばいいと、俺は本気でそう思った。




