王都:スラムでの一幕でした!
主人公成分の補給です!
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辺りを朗らかな陽気が立ち込め、陽の光が暗闇を照らし出し、自分と街の住人を暖かな陽気が包み込む・・・はずの太陽をぜーんぶ覆い隠す廃屋の屋根。緑と水の匂いを遠方から鼻先へと運ぶ清涼感溢れる風は、今や街の間を縫い切って、腐った家屋の匂いと洗っていない人間の身体の匂いを運ぶだけのモノと化している。
ジメジメと肌を纏わり付く湿気と視線、肌を温めるのは太陽の陽気ではなく、殺気を受けてのアドレナリンの過剰な分泌によるものだ。いや、もしかしたら纏っているローブがやたらと暑く感じているのかもしれない。
風が吹けばガタガタという音を立てながら建物が揺れる。トタンの屋根は吹き飛び、道の上を這いずり回る。
清涼な筈の風の音はここでは唯の喧しい雑音に成り果ててしまう。
右を見やれば、ボロボロで中から木やら何やらが腐った臭いが流れ出す廃屋が連なり、中には妙に色っぽいお姉さんがいたりゴツイ男達が屯している。
左を見やれば、路地の隙間に倒れこんだ人の影が幾人も見え、服を乱した女性や口から涎を垂れ流して微動だにしない者など様々だ。
後ろに注意してみれば、幾つもの視線が突き刺さっているのが分かり、どこか穏やかではない気があちこちから注がれている。
あれ・・・おかしいな?
目から汗が噴き出して止まる事を知らない。
「異世界に来てまでいったい何してるんだ?」
『どうしたの?またよく聞き取れなかったんだけど?』
オタクの夢と希望が最大限に詰まった異世界に来ていたはずなのに、なんで俺はこんな退廃的なスラムなんかで見回りをしなくちゃならないのだろうか?
魔物がいる、女騎士がいる、エルフがいる、魔物っ娘がいる、ギルドなんていう究極ファンタジー要素もあるのに・・・なんで、なんで薬に溺れた人間を見て、風俗街に足を運ばなくちゃなんないんだ!!
異世界を自由気侭に冒険して、可愛い女の娘が俺を取り巻いてハラハラドキドキの異世界冒険ラブファンタジーが幕を開ける・・・筈じゃなかったのか?
決して、こんなボロボロの廃屋群の中を、全身緑色のローブ姿でできるだけ気配を消しながら歩くモノなんかじゃない筈だ。
心の中でそんな心境を吐露していると、俺の横を歩いているもう一人のローブ姿の人が視線を向けてくる。
俺は・・・いや、俺達は今横並びになって三人で歩いている。
一人は半竜族という身元を隠している?体格のいい女・・・の人?名前をハイネ・・・『ルティ』さんと名乗っているらしい。
未だ素顔を見たことがないし、重戦士というなんだか強そうなジョブについている。そういえば、俺を捕まえたのもこの人みたいだけど・・・一体どうやって捕まえたんだろう?
もう一人はくすんだ緑色の髪をローブの隙間から垂れ流し、生気を感じさせない目をしている女性・・・『カテナ』さんである。こちらの女性は身元を隠す気はないらしく、スラムの生まれであることをすぐに告げてくれた。
因みに『ルティさん』、そして主人?の『バイエン』さんから公認で死んだ魚の目をしていると言われている。
そして、視線を向けているのは死んだ魚の目をしたカテナさんだった。
さっきからチラチラと見られていたのは分かっていたし、それくらいならと努めて気づかないふりをしていたけど、流石にジーッと見つめられれば無視するわけにもいかないだろう。
「えっと、なんでしょう?」
「不思議ね。貴方からは何も感じないのだけど、本当に『金色』なの?」
カテナさんは首を傾げながら、そう問い掛けてくる。
恐らく自分はその『金色』だとは思うのだけど、確かに今一実感がない。
カナンの町を発つ前にギルド長に呼ばれて、色々と話を聞かされたが、どうやら自分はかなりの規格外らしい。
普通のベヒーモスを倒すのには、相当な力量を要した者を何人か準備する必要が有る。それも半端な者で行くと、何人かは帰らぬ人となってしまうという。
力量があったとしても、油断すれば殺されるかもしれないほ程に凶悪な存在だったらしい。
だというのに、アンデッド化して更に凶悪となったベヒーモスをたった一人で倒してしまった俺は無茶苦茶だそうだ。
何とかギルド長が俺の素性やら何やらを隠してくれているから良かったものの、それでも「金色」という二つ名だけは防げなかったらしく、吟遊詩人の間でも広まっているのだとか・・・。
そういえば冒険者のランク別のステータスもその時に教えてもらっていた。
F~E・・・0~100
E~D・・・100~150
D~C・・・150~300
C~B・・・300~500
B~A・・・500~2000
なのだそうだ。
しかし、人間のステータスというのは装備や所持アイテムによって変動するのが普通であり、剣技やスキル、集団戦闘等の『物・技術・知識』によっても強さが変わる為、あくまで目安なんだけどね。
それに、教えてもらっていないけど、これより上のランクもあるらしいけど、そこからは英雄、魔王、神獣の領域になってくるらしい・・・片足突っ込んでいるんだよなぁ。
「いやぁ、元がスライムなもんで、今一実感がないのですよ」
「?それって・・・」
カテナさんが言葉を続けようとしたその時、暗がりから何人もの人影が現れる。
現れたのは体格の良いゴツイ男達、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ、俺とカテナさん、ルティさんを囲むようにして、立ちはだかった。
悪人面を絵に描いた様なまさに「THE・悪人」なそれが、目の前に何人も敵対心を剥き出しにしてこちらへと視線を送る。
何故だろう、この異世界に来てから悪役って大柄でがさつな奴等しか見てない気がする。
「私達に何かよう?」
ルティさんがそう訪ねると、悪役達が更に笑みを濃く深くする。
あぁ、これは異世界でもありきたりなパターンになるんだろうけど、多分・・・うん、俺の考えている通りになると思うんだけどなぁ。
まぁ、まずはお約束から入るだろう。
「有り金全部と・・・ちょいと付き合えや」
あ、やっぱりぃ。
死亡フラグは既にたっていたけど、更に死亡フラグを畳み掛けてくるとはさすが異世界の悪役。
とまぁ、そう返されると決まっているのは
「いいわよ」
そうです。嫌だといったらという名げ・・・ん?
あれ、今なんて仰いました?いいわよって聞こえた気がするんだけどさすがにあり得ないだろう。
ルティさんは懐をまさぐり、金が詰まった袋を差し出す。
動揺している俺に変わって、二人は何でもないと言った顔をしている。
俺だけずれているんだろうか?この異世界では金を求められたら渡s・・・筈がないね。
男達は一瞬戸惑っていたが、相手が観念したと判断したのか、一人の男が歩み寄り、その袋を掴み取ろうと手を伸ばす。
そして袋に手が触れるか否かの、その瞬間に男は崩れ落ちた。
その男の後ろに居た者達は、何が起こったのか把握できず、目を見開いて倒れ伏した男の姿を呆然と見つめる。
ルティさんの隣に居た俺はなんとか気づくことができた。袋を差し出した方とは逆の手で、男の腹部に拳打を叩き込んだのだ。
すると、ルティさんは拳打を叩き込まれて泡を吹いて倒れた男を蹴り上げ、空中に浮いた男に今度は掌打を当てる。
くの字に折れ曲がった男は、そのまま後ろの仲間を巻き添えにして、後方へと倒れ伏す。
そこで漸く我に帰ったのだろう、慌てて立ち上がり剣を引き抜こうとするが時既に遅し。倒れ伏したそこは不自然に凹んだ大地であった。
「踏み鳴らす愚物を愚かとし、己の御霊の糧とせよ。アースイーター」
右隣にいるルティさんとは逆の左隣からそんな声が聞こえた。
その瞬間、男達の回りの大地が隆起し、中心にいた男達を飲み込んで、何もなかったと思わせる空間が姿を現す。
しかし、大地だけは男達がそこにいたという証拠を残していた。地面の土は真っ赤に染まり、よく見れば男の指が出ている事がわかる。
よ、容赦ないんだな。
まぁ、弱肉強食のスラムで情けなんてかけてたらこっちがやられてしまうからな。
そんなことを考えていると、急に孤独感が体に襲い掛かる
・・・ん?孤独感?
「あ、馬鹿!?」
「あ」
「へ?」
考え事をしていた俺はふと回りを見回すと、両隣にいたはずの二人の姿がない。
おかしいな、さっきまでどんぱちやらかしていたはずなのにと、そう思った瞬間。
世界が二つに割れた。
「あれ?」
視界が上下にずれ、焦点が定まらない。
何が起こったのかと自分の身体を見てみれば、真っ二つに別れてしまっているのだ。
そして、片方の身体を後ろに向けてみれば、そこには大きな剣を降り下ろした男の姿があった。
そう言えば、囲まれてたっけな?
そう思ったのも束の間、俺の身体は地面に崩れ落ちた。
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目の前で『金色』と呼ばれた男が真っ二つに引き裂かれた。
呆気ない・・・これが金色と呼ばれた者なんだろうか?
そんな考えがルティ・・・ハイネの頭の中を巡った。
剥き出しの殺意に気づかない。それどころかこういった状況にあって、油断して隙を曝け出す。
ベヒーモスをたった一人で倒し、ずる賢さや悪足掻きでは一線を画していた我々の元幹部、『デイドリッヒ』が造り上げた組織をいとも簡単に壊滅させた本人とはとても思えない。
現に、こんな雑魚相手に遅れを取って命を散らしたのだ。
大方『金色』の名を騙る者だったのだろう・・・私達の調査が足りなかったのだ。
まぁ、どうでもいい。死んでくれれば、私達に害を成す事もないし、利を成すこともないがいつも通りに戻るだけだ。
しかし・・・カテナの『勘』が外れた事だけが気掛かりだ。
今までも一応外れた事はあるけど、こんな無意味な事があった試しは無い。
何事にも初めてというモノはあるし、今回が初めての完璧な外れであったのだろう。
さて、後はこいつらをどうにかして殺せばいいだけだけど、『断罪』を使うまでもないか。
足に力を込め、つま先に全体重をかける。
地面は捲れ上がり、己の体が風邪を引き裂き、地面を舐めるように滑る。
瞬き一つの内にして人の前に立ったハイネは、己の豪腕を振り抜く。当たった箇所は爆ぜ、血肉を辺りに撒き散らし、一つのオブジェを作り出し、辺りに色鮮やかな着色を施す。
同時に自分の体も着色されてしまうが、いつもの事であるので気にしない。
後ろに控えているカテナは私に視線が集まっている最中、回り込もうとしていた男を地面から突き出した槍で串刺しにしている。
さすが『血土』と呼ばれているだけのことはある。
そうこうしている内に、粗方片付いてしまった。
さっきまでいた人の姿は唯の物と化しており、様々な死に体を曝している。真っ二つに引き裂かれた自称『金色』を探すのすら億劫であるのだが、一応バイエンさんに報告し、死体も届ける必要があるだろう。
カテナもそう考えたのだろう、互いに目配せしあい、下に視線を落とす。
その時、急な衝撃と共に私の身体は横に突き飛ばされた。
そんな不意打ちに対処できるはずもなく、私は突き飛ばされるままに地面を転がった。
地面に打ち付けられたせいで肺の中の空気は全て吐き出され、くぐもった呻き声が喉から溢れ出る。
一体何が起こったのかと、突き飛ばされた方向に目をやれば、そこにはわき腹を押さえて蹲るカテナの姿があった。
カテナはいつもと変わらぬ表情であるが、その身体は小刻みに震えておりかなりの痛みが襲っているのだと考えられた。
一体誰が私に、とそう考える暇もなく脇道の陰から一人の男が現れる。
男は両手に短剣を携えており、腰に巻きついているベルトには短剣が幾つも収容されるホルダーが付いてある。
警戒は緩めたつもりはないし、油断したつもりもない。しかし、一瞬の感覚の隙をついて知覚外の投剣を行ったのだ。
そして・・・そんな芸当が出来る者を私は一人しか知らない。
「『暗剣』か・・・」
「ご明察だよ」
体つきは太くも細くもなく、体格も先程の男達と比べると見劣りする。
胡乱気な目は私を注視している様に見えるが、いつの間に持ったのやら片手には短剣が握られており、そこから流れ出る陰鬱な気はカテナへと注がれている。
幾ら腹を刺されたと言えど、魔法使いとして技量が高いカテナなら、痛みを堪えて魔法を発動することが可能だ。
しかし、目の前の男は魔法の詠唱を口遊もうものなら、一瞬にしてカテナの命を奪い去るだろう。
それに、私に被害はないが、カテナを人質に取られた今迂闊に動くことさえできない。
「迂闊だね。お前が戦闘の後に気を抜くなんて思いもしなかったさ」
「・・・」
気を抜いていたつもりはなかった。
けど、『金色』がやられたことで少し動揺してしまっていたのだろうか?
普段の私なら奴に気づけたのだろうか?
何れにせよ、金色に気を取られてやられたのは事実か・・・。
「襲撃をかけた男達はお前が差し向けたのか?」
「そうだよ。この形だし、弱者にでも見えたんだろうね。ちょっと媚を売って、良い獲物がいると伝え、ちょいと持ち上げてやれば直ぐに頭に乗ったさ」
成る程。全部こいつの差し金であったらしい。
確かに、ローブ姿で力量も分からない相手と戦う等、馬鹿のすることである。
情報屋から情報を仕入れたか、自分で長い時間見張ることで漸く見えてくるのである。
しかし、この男『暗剣』は男達の自尊心を昂らせ、私達に襲撃させることに成功したのだ。
そして恐らく、この男は私達を長い間監視していたのだろう。
私達の正体を知っていて、好機を逃さず襲撃を掛けたのだ。
「お前をやれていたら、楽だったんだが少し予定が狂ってしまったよ。困った困った」
「クソッ・・・」
こいつは私を刺せていたのなら、直ぐ様カテナを排除し弱った私を殺していたのだろう。
しかし、カテナに当たってしまい、迂闊に動けば私に殺される状況ができてしまった。とは言っても、こちらが不利な状況であることに変わりはないのだが。
そして最悪なのはもう一つある。
今はカテナがいるからこそ、相手が動き出していないが、もしカテナが倒れれば間違いなく私と暗剣との一騎討ちになるだろう。
そして「最悪」といった原因、カテナが倒れるのも時間の問題なのだ。
私は訳あって種族を隠しており、生半可な斬撃や打撃は効かない。
なら短剣の一本や二本突き刺さろうがどうってことはない、だというのに何故短剣ごときに恐れを成しているのか。
それはカテナの方を見やれば、自ずと分かってくる。
額にうっすらと汗が滲み、足が先程よりも小刻みに震えている。
『毒』だ。
それもかなり効果の高い毒であることがわかるのだ。
人間にも魔族にも、勿論魔物にも『レベル』というモノが存在する。
レベルが上がれば単純なステータス・・・攻撃や防御なんかが上がる。ギルドで確認することができ、それを基準に冒険者は己の力量を見定める。
そしてステータスの表示にはないのだが、『耐性』というモノも存在するのではないかと言われている。
レベルが上がれば状態異常に掛かりにくくなる、毒の効果が薄まったり、幻惑の効果時間が短くなると言われている。
ステータスの表記にないせいで、「それは死線を潜り抜けた末の賜物である」とも言われているのだが、それはどうでもいい。
つまり、私達に効く毒という事は、かなり毒性の強い物で間違いない。
それも魔物から抽出した、人にとって最悪に近い毒だろう。
カテナの様子を見るに、恐らく麻痺や石化、混乱ではない。毒として一番一般的な『継続ダメージ』・・・つまり致死性の物である。
「・・・」
カテナが此方へと視線を送る。
カテナは自分の命と引き換えに暗剣を殺そうとしているらしいが、今カテナを失えば後々のスラムの運営に関わる。
カテナはスラムの中でも魔法に関しては一番の使い手だ。デイドリッヒがカナンへと飛ばされた際に、地下を造り上げたのは紛れもなくカテナである。
さすがのカテナも一夜で作り上げることは叶わなかったが、それでもそこいらの魔法使いにはできない芸当である。
『西のスラム』に属するトップの内の一人であり、私のパートナーでもある。
「クソッ」
とは考えても、私情を挟む事は許されない。
そんなものを考えてしまえば、殺されるのは一人ではなく、二人になってしまうのだ。
それだけは絶対に避けねばならず、そして暗剣も逃してはならない。
闇に潜む者は闇に消える。
その定めがカテナに降りかかっただけの事。
情は一切捨てる。
あいつは私が構えると同時に、短剣を投げるだろう。
それに刺されたカテナはまず間違いなく死ぬ。恐らくあれにも毒が塗ってあり、次に毒を受けるとさすがのカテナも持たない。
でも、カテナであれば、死に際に一発でも魔法を放つ筈である。
土魔法で逃げ場を無くしてやれば、それで事足りる。
荒れた呼吸を整える。
やけに風の音が五月蝿く、頬を嘲笑うかの様に撫で擦っていく。じんわりと体に汗が浮き出し、冷えた地面の温度が自らの身体の昂りを教えてくれる。
心臓の鼓動のみが、刻一刻とその時を告げる時計へと変わる。
風の音、地面の音、廃屋が軋む音、何かが這いずる音、心臓の音、ローブの衣擦れの音が場を支配する。
両足に力を込め、剣に手を添えようとしたが、ふと止まる。
「ん?」
何か違和感の様なモノを感じ、もう一度頭の中で考え直す。
風は・・・今はやんでいる。地面は砂利の音を立てている。廃屋はいつもの通り少しでも風が吹けばギィギィと不快な音を立てている。
そして、あれ?
這いずる音?
「女の子を傷つけるのは感心しないな」
暗剣が天高く舞い上がる。
まるでそれは子供が見る物語の中の天使の様に緩やかに舞い上がる。地面というモノを否定し、空中こそが居場所とでもいうような鮮やかなまでに上空へと投げ飛ばされる。まるでそれは、天使が己の住まう場所へと連れ帰るように緩やかに宙を舞っているのだ。
しかし、そんな天使の思いと裏腹に、ある地点でピタリと制止する。時が止まったと錯覚させる滞空で、幻想的な芸術品がそこに出来上がる。
しかし、ずっと空中へと留まれるはずもなく、その身体は地面へと吸い寄せられる。
昇る時はゆっくりと、落ちる時は急降下をもって、彼は地へと落ちる。
辺りに土砂と破砕音を撒き散らしながら、暗剣は血反吐を撒き散らした。
ゴシャッという音が鳴り響き、地面へ全身を打ちつけた暗剣は、直ぐには起き上がる事は出来ず、吐き出した空気を急いで戻そうと、荒い呼吸を繰り返している。
暗剣の背後から一人の何かが現れる。
それは金色に光り輝き、まるで神の使いが如く後光を放っている。
陰鬱な影が立ち込めるスラムの闇を吹き飛ばし、縦に割れた金色の瞳が闇の中に沈む暗剣の姿を映し出す。薄ら笑いを浮かべたその表情に、背筋がゾッとする。
「これでも、結構仲良くしてるからね。あんまりおいたが過ぎると許さないよ」
そう言って、金色の何者かはゆっくりとカテナの方へ向かって歩き始める。
しかし、まだ暗剣は倒れておらず、スラムに名を馳せる二つ名持ちに背を向けるなど愚の骨頂である。
事実、暗剣は腰に下げていたホルダーからありったけの短剣を抜き放ち、隙を見せた金色へと投擲する。
「な・・・に?」
短剣は何も貫くことはなかった。
数十本もの短剣は空中で静止したまま、時が止まったかの様にピクリとも動かない。
一種の美術品と成り果てた短剣は地へと落ち、地面と鉄が奏でる不協和音を辺りに響かせる。
金色は男へと突き出した手を下げ、興味を無くした様にカテナへと振り返り、傷口へと手を翳す。
「水の精霊よ。彼の者に安らぎと水の加護を与え給え」
金色がそう告げると、淡い蒼の光がカテナへと降り注ぐ、小さな鐘の音が一つ鳴ったかと思うと、カテナは地面に倒れ付し気を失った。
「・・・まぁ、誘拐紛いで連れてこられてさ、ぐるぐる巻きにされて床にほっぽり出されるわで、せっかくの異世界ライフが台無しだったけど・・・それでも悪い人じゃなかったし、良くしてくれたからさ、恩は感じてるんだよ」
金色は苦笑を漏らし、首を傾けながら暗剣へと言葉を紡ぐ。
「だからさ・・・俺の仲間に手出すんじゃねーよ」
その瞬間、金色の回りの大地が震え、魔力の奔流が爆発的に吹き荒れる。
暗剣へと振り返り、一歩を踏み出す。大地は軋みを上げ、風は悲鳴を上げる。
身体中を駆け抜ける悪寒と、震えすら忘れさせる恐怖、人外のそれが放つ強大な殺気を前に、もはや呼吸さえ忘れてしまう。
それが、また一歩また一歩と進むにつれ色濃くなり、近づかれた暗剣は後退り悲鳴を上げる。
「死ね!死ね!!」
暗剣は隠し持っていた短剣を懐から取り出し投げつける。
投げつけた短剣は金色の掌に突き立ち、されど突き刺さる事は無く静止する。
柄の部分を掴み、緩やかな弧を描き、短剣を投げつける。
風の切り裂く音さえ聞こえず、短剣は暗剣の腹へと深々と突き刺さる。
服の下に着込んでいたのであろう鎖帷子を突き切り裂き、肉を突き破る軽快な音が辺りにこだまする。
「うぎゃあああぁぁぁ!!」
痛みに転げ回り、短剣に塗られた毒が暗剣の身体を蝕む。
金色は転げ回る暗剣の下へと歩み寄り、視線を下げる。蔑んだ目付きで暗剣を見下ろし、一度長々と溜め息を吐くと拳を振りかぶる。
ゆっくりと振り上げられた拳は、何にも憚られる事なく、暗剣の命を刈り取らんと、魔力を帯び始める。
「ぁ・・・あぁ・・・」
暗剣は悲壮な声を上げ、最後の時を悟る。
人間にはおおよそ到達できないであろう圧倒的な存在を前に、暗剣は股の間を濡らし、涙でグシャグシャになった顔で金色を見上げる。
そして、その拳は振り下ろされた。
「いっやぁ、不思議な体験したなぁ。まさか真っ二つに斬られても死なないなんてね。くっつき方がわからなくて、まごまごしてたけど間に合ってよかったよ」
そんな事を宣う、金色の姿をした魔族が笑いながら歩みを進める。
前から歩いてくるスラムの住人は、驚いた顔をした後、顔を青ざめさせて、直ぐに路地の脇へと逃げていく。
私がローブを外している事も原因であろうが、私の隣を歩く「魔族」が『暗剣』と『血土』を担いでいる事が一番の理由であろう。
ある者は、「とうとう東と西が全面戦争する」「断罪が東の奴等と組んだ」等と言って、根も葉もない噂話を広めている。
「スライムの魔族だったなんて・・・それと、キツネだったかしら?聞いたこと無いけどそれの魔族なのよね?」
「まぁ、そういうこと」
暗がりを進む、私とスライム魔族・・・『ユガ?』との会話が虚しく響く。
「はぁ・・・まぁ、助けてくれてありがとう」
「ん?あぁ、どういたしまして」
暗剣を倒した時に見せた気配は、今や形を潜め全く感じない。
身体の芯から震え上がらせる殺気を迸らせ、冷徹な目、嘲笑を浮かべた『金色』の姿は、今は子供の姿へと成り果てている。
あの後、振り下ろされた拳は暗剣を潰す事はなく、顔の直前で止められ、意識を完全に絶たせたのだ。
完全に意識を断ったのを確認した『金色』はそれを担いだ後、カテナも担ぎ上げ、元の姿『ユガ』へと戻ったのだ。
なんでも、彼は二つの形態に好きに変化できるらしい。
形態を変える事が出来る魔族もいるが、スライムが出来るなんて勿論聞いたことはない。
それを問うてみたが、ユガは苦笑いで「わからない」と告げた。
魔物から魔族になり、知識を得る為に旅をしている・・・成る程、何処かずれている部分はそこから来ているものだったのかと納得した。
今後は色々と教えて上げようかと、私は苦笑した。
主人公の無双です!!
次回はサテラさん達に移行します・・・サテラさんはレェベンの呪縛を克服する事ができるのでしょうか?
何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。
(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)
感想や活動報告の方にコメント頂けると私の気力になりますので気軽にどうぞ!!
※活動報告がどうやったら見れるのかわからなかったと読者様から聞き及びました。
方法は一番上にある?「作者:砂漠谷」の名前を押していただくと、私は左上に出てきました。
わからないことがございましたら、どんな些細なことでも構いませんので質問送ってください!!




