日仏合同爆撃隊
1916年7月、フランス・シャンパーニュ地方のとある野戦飛行場。まだ薄明かりの残る黄昏の空の下、数機の複葉爆撃機が、長い影を滑走路に落としていた。
その翼には、日章旗とともに、仏軍の三色帯が描かれている。コドロン G.4 ― フランスの軽双発爆撃機でありながら、日本陸軍航空部隊にとって初の本格的な実戦爆撃機でもあった。
大尉・滋野清武は、革の飛行帽を手に控えテントを出ると、ゆっくりと格納庫へ歩を進めた。夕風に煽られるキャンバスの音と、どこか遠くから聞こえてくるエンジンの試運転音が、これから始まる戦いの重みを否応なく思い出させる。
飛行場指揮所テント内 ― 出撃前会議
テントの中では、出撃直前の最終確認が行われていた。仏軍の爆撃中隊長ドゥフォール大尉(Capitaine Dufort)が、地図上に指を走らせる。
「Demain matin, à cinq heures, vous avancerez en escadrille jusqu’à cette ligne ici, à six kilomètres au nord de Verdun. L’artillerie allemande y a établi un dépôt d’approvisionnement important.」(明朝5時、貴官らの爆撃隊はここ、ヴェルダン北方6キロの線まで進出してもらいたい。ドイツ軍の兵站拠点がある)
「了解した。爆撃高度は?」と滋野大尉が通訳を介して尋ねる。
「Entre 2000 et 2500 mètres. L’ennemi a des mitrailleuses anti-aériennes mais peu de canons de DCA.」(高度2000〜2500メートルで。敵は高射砲は少ないが機関銃による対空掃射が予想される)
「全機、2500メートルを目指して上昇させる。被弾は最小限に抑えたい」
爆撃の標的は、ドイツ軍が戦線に補給するため設けた野戦物資集積所であった。ここを叩くことで、数日分の砲弾・糧秣・燃料を戦線から奪うことができる。敵は地上での機動力を極めて重視しており、こうした補給線への空襲は即座に現地の前線に影響する。初出撃であれ、任務は重い。
滋野大尉の乗機となる1号機は、2人乗りの複葉双発。前席に機銃手であり観測員の新倉中尉、後席に滋野大尉が座る。各機の搭乗員らが革製の防寒飛行服をまとい、エンジン整備兵らが最後のチェックを終えていく。
「大尉、エンジンの具合は上々です」
「よし、燃料は? 少なくとも3時間分は必要だ」
「満タンです。先ほどまで仏軍技師が調整しておりました」
新倉中尉が機上から滋野を振り返る。「しかし、これが日本軍として最初の爆撃出撃になるとは思いませんでしたね」
「まさかだ。…だが、お前、緊張してるな」
「いえ、大尉もでしょう?」
滋野はふっと笑った。「当然だ。これで緊張しない奴は飛行に向いていない」
周囲では、他の乗員たちもそれぞれの機体に搭乗を始めていた。通信手、観測員、時には同乗する仏軍士官。計6機のG.4が次々に滑走路の端へ曳かれていく。
朝霧がまだうっすらと地面を覆う中、飛行場の警報ラッパが鳴る。
「出撃用意――!」
整備員のかけ声とともに、プロペラが回り始める。ゴゴゴゴゴゴ……という双発エンジンの音が、まだ目覚めきらぬ空を振動させる。
「視界は良好。風も穏やかだ」
「行くぞ、新倉。これが俺たちの一歩目だ」
6機の爆撃機が、低く唸る音を残して、薄明の空へと舞い上がっていった――。




