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客観的評価と分析

1915年5月25日、アラス郊外のブリジット農場跡に設けられた英仏合同司令部内。

仮設の参謀会議室には、英仏日の高級将校・参謀たちが揃い踏みしていた。

•フランス第10軍参謀部代表:ブランシェ大佐

•英国第1軍作戦部長:スタンリー准将

•日本遠征軍代表:牟田口廉也中尉


若くして派遣軍の幕僚に抜擢された牟田口中尉は、すでに英仏将校らとの実務折衝を重ね、冷静沈着かつ論理的な態度で信頼を得つつあった。


スタンリー准将(英):“We thank the Imperial Japanese Army for their cooperation and bravery. Let us first discuss the defensive engagements.”

(大日本帝國陸軍の協力と勇気に感謝する。まずは防衛戦について議論しよう)


牟田口中尉:「ありがとうございます。我が方も英仏軍と連携できたことを名誉と存じます。忌憚のないご意見をお願い申し上げます」


ブランシェ大佐(仏):「Leurs lignes étaient solides, bien organisées. Surtout, la coopération des ingénieurs japonais fut rapide et efficace.」

(日本軍の陣地は堅固でよく構築されていた。とりわけ、工兵の連携は迅速かつ的確だった)


牟田口は深くうなずき、慎重に言葉を返した。


牟田口:「わが軍の工兵部隊は仏軍の助力を得て、地形に適した塹壕網を短期間で完成させ得ました。貴国の指導に深く感謝いたします」


このように会議は穏やかに始まり、防衛戦に関する評価は非常に好意的なものであった。

しかし、議題が「攻勢」に移ると、空気がわずかに緊張を帯びた。


スタンリー准将:“Now, regarding the offensive operations during the second phase…”

(では、第二段階における攻勢作戦について……)


ブランシェ大佐:「L’assaut a été courageux, mais trop rigide. Peu d’initiatives au niveau de pelotons.」

(攻撃は勇敢だったが、動きが硬直していた。小隊レベルでの柔軟性に欠けていた)


牟田口:「……その点につきましては、我が方としても痛感しております。通信の不備、突撃時の指揮遅滞、今後の課題と認識しております」


スタンリー准将:“Your men showed valor. But with better intra-squad autonomy, you might have suffered less.”

(日本兵の勇気には疑いはない。しかし分隊単位での自律性があれば損害は軽減されたであろう)


牟田口は静かにうなずきながら応じた。


牟田口:「戦訓として、下士官層への教育強化と現場判断の裁量について、真剣に検討すべきであると考えております」


ブランシェ大佐:「C’est justement cette volonté d’apprendre qui distingue les bons officiers.」

(学ぼうとする意志こそが、優れた将校を際立たせるものだ)


このあとも会議は、通信手段の多様化、夜間進軍、砲撃時間の最適化、後方補給、衛生処置体制など、具体的な技術面にも踏み込み、建設的な議論が続いた。


評価会議の後、英仏合同司令部の食堂で非公式の夕食会が催された。

戦地の仮設施設とはいえ、上級将校向けに準備された料理と酒が並び、堅苦しさから解放された将官たちは互いの健闘を讃え合っていた。


ブランシェ大佐は牟田口中尉に向けて、上機嫌な様子で話しかけた。


Branchet(仏):「Alors, Lieutenant Mutaguchi. Que pensez-vous de notre vin rouge ?」

(さて、牟田口中尉。わが国の赤ワインはいかがかな?)


牟田口中尉:「たいへん芳醇でございます。普段の兵食では味わえぬ贅沢にございます」


Stanley(英):“We English are more partial to whisky, you know. But the French wine is surprisingly fine.”

(我々英国人はどちらかというとウイスキー党だがね。フランスのワインも悪くない)


Branchet:「Hein, au moins vous reconnaissez enfin la supériorité de notre culture !」

(ほう、ついに我が国の文化の優位を認めたな!)


一同が笑いに包まれるなか、スタンリー准将がふと真顔で口を開いた。


Stanley:“Lieutenant, may I ask frankly—how do you train your men to accept such losses without breaking morale?”

(率直に聞きたい。あれほどの損害を出しながら、どうして日本軍の兵士は士気を保てるのか?)


牟田口はしばし思案し、そして丁寧に答えた。


牟田口:「……我が軍では、兵は“家族”のような存在です。前線の仲間が倒れれば、それは実の兄弟が傷ついたに等しく、決して後れを取れぬという思いがあるのです」


Branchet:「Une loyauté presque féodale, mais admirable.」

(まるで封建的忠誠心のようだが、感嘆に値する)


Stanley:“It is admirable, but it must be a heavy burden.”

(それは立派だが、兵にも大きな重荷となろう)


牟田口は一瞬だけ目を伏せ、そして静かに微笑んだ。


牟田口:「それはまさにその通りでございます。だからこそ、我々参謀が命を賭して支えねばなりません」


その言葉に、場の空気が引き締まった。


Stanley(低く):“Then let us all bear our burdens. Together.”

(ならば、我々も共にその重荷を背負おう)


その夜、三国の将官たちは、ただの戦術談義ではなく、兵士たちの命と、その裏にある覚悟について語り合った。


ワインが減り、蝋燭が揺らぐ中で交わされた言葉の数々は、国境や言語を越えて、戦地に生きる者同士の絆を少しずつ育て始めていた。


非公式夕食会の翌日、英仏合同司令部では、前日の評価会議での議論を正式な文書にまとめる作業が開始された。

中心となるのはフランス軍のブランシェ大佐と英国軍のスタンリー准将。

日本軍との協調に強い関心を抱く両名は、今後の協力方針を明文化することに意欲を示していた。


日本陸軍遠征軍からは牟田口廉也中尉が翻訳補佐として参加。報告文の一部は、日本側への説明を踏まえた内容で調整され、英仏両軍の理解と配慮の上で執筆された。



【評価報告書要旨:抜粋】


I. 総論


「日本遠征軍は、初めて西部戦線に展開したにもかかわらず、卓越した組織性と規律を保ちつつ、予想を上回る耐久性と実行力を示した。特に防衛戦における陣地構築力は高く評価され、英仏両軍の戦術と矛盾せぬ形で連携可能な柔軟性を有する」


II. 防衛戦の評価

•塹壕構築の迅速性、工兵による地形適応能力

•指揮系統の安定性と再編時の速度

•小銃・機関銃の火力集中による効果的な阻止線構築

•欠点:戦場通信の脆弱性、負傷者後送手段の不足


III. 攻勢戦の評価

•火力準備と歩兵前進速度の調和が良好

•敵陣突入の成功例も複数確認


問題点:

•小隊・分隊単位での現場裁量の不足

•攻撃後の陣形維持と戦線保持に困難

•機関銃の過熱・補給不足が頻発



【提言:協同戦術の確立に向けて】

1.戦場通信の多重化

無線・有線・信号旗等の併用強化。特に夜間突撃時の連携強化を推奨。

2.分隊・小隊指揮官への裁量付与訓練

状況判断を委ねる訓練制度の導入が望まれる。英仏軍では通常教育課程に含まれている。

3.夜間行軍・浸透戦術の共同演習実施

日本軍の規律と英仏の機動性を融合させ、柔軟な打撃力の構築を目指す。

4.兵站の共通化と補給ラインの共有

英仏の兵站拠点を日本軍にも開放し、弾薬・糧食・医療品の共通規格化を図る。



報告書の末尾には、両将校による署名と、次回戦術協議開催の提案が記されていた。


Stanley & Branchet(共同署名):

「Nous recommandons la poursuite de la coopération avec l’Armée impériale japonaise, en tant qu’allié fiable et discipliné dans les opérations du front occidental.」

(我々は、大日本帝國陸軍との協力を、西部戦線における信頼と規律ある同盟軍として、今後も継続することを推奨する)



牟田口中尉は、この報告を第九師団長・大迫尚敏中将のもとへと届けた。

報告を読み終えた大迫は、静かに書面を閉じ、こう語った。


大迫中将:「……我々が欧州で学ぶことは多い。だが、それは誇りを捨てることではない。我が軍を鍛え直す礎とせよ」


牟田口中尉:「はっ、心得ております。仏英の技法と我が国の伝統を、必ず融合してご覧に入れます」


こうして、日本陸軍遠征軍はただの戦力供出ではなく、新たな戦術体系構築への端緒を掴んだ。

この経験はやがて、帝国陸軍のあり方そのものに変革をもたらすことになる――。

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― 新着の感想 ―
小隊・分隊単位での現場裁量の不足  この時期の仏軍高級将校が言うかな。1年後な気がする。
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