凶嵐の中で
1915年5月17日、曇天と濃霧の朝。突如として訪れた静寂が、不気味な前触れとなっていた。
午前5時30分、ヴィミー高地を震わせる轟音とともに、ドイツ軍による大規模砲撃が始まった。
三好一等兵:「くっ……き、来やがった……!」
塹壕の砲撃避難壕に身を押し込むようにして潜む第七歩兵連隊の将兵たち。
頭上からは雨のように砲弾が降り注ぎ、土嚢と丸太を貫通し、鉄の破片が地中に突き刺さる音が響く。天井が震え、泥水とともに土片が流れ込んでくる。
村井二等兵:「……なんや、鼓膜……聞こえん……うるさいのか、何も聞こえんのか分からん……!」
三好:「だ、黙れや村井ッ! 口開いたら正気が飛ぶ……おれ、おれもう帰りたい……!」
壕内では錯乱し始める兵も現れ、下士官が怒声を上げて叱咤する。だが全員が知っていた。この轟音の意味を――「来る」のだ。
きっかり60分後、砲撃が突如として止んだ。濃密な煙と粉塵が塹壕の空気を濁らせる中、見張りに出た兵が叫ぶ。
見張り兵:「前方! ドイツ軍突撃部隊接近中! 距離200、いや150ッ!」
日本軍は予め設置していた三重の有刺鉄線柵と交差火線の機関銃陣地により迎撃体勢を整えていた。
砲煙の中から現れたドイツ歩兵たちは、有刺鉄線に絡まりながら突破を試みるが――
機関銃陣地指揮官:「撃てッッ!!」
フランスより供与された「Mle1914重機関銃」がうなりを上げる。銃座から吐き出される銃火は、鉄条網に群がるドイツ兵を次々と蜂の巣にした。
村井:「き、来た! 三好ッ、撃て、撃てぇぇぇ!!」
三好:「なんでやっ! なんで、こっちばっかこんなことに……くっそおぉおお!!」
ふたりは銃床を抱き、銃弾が尽きるまで怒号と共に38式歩兵銃を連射した。
恐怖と混乱で銃口が震え、薬莢が頬に当たっても気づかぬまま、弾を込め続ける。
三好:「死ぬがか! ここ抜かれたら死ぬんやがかぁああ!!」
村井:「やるしかねぇやろがッッ!!」
殺気だった日本兵たちの叫びと銃声が、突撃してくるドイツ兵の悲鳴と交錯する。
敵の死体が鉄条網を覆い、次の突撃兵がそれを踏み越えようとしては倒れ、足元は血と泥の海となった。
約40分の攻防の末、ドイツ軍は損耗の大きさからか反撃を中止。濃霧に紛れて後退していった。
連隊指揮所より伝令:「防衛成功! 全線全隊、現状維持!」
だが、勝利の喜びは誰の顔にも浮かんでいなかった。
弾薬庫は空に近く、銃身は赤熱し、兵たちは泥にまみれ、抜け殻のように倒れ込んでいた。
三好:「……オレら、生き残ったんか……ほんまに……?」
村井:「分からん……けどな……もう……頭のどっかが、おかしなっとる気ぃするわ……」
戦は、終わっていなかった。だが、この夜、日本兵たちは「戦争の本質」を骨の髄まで理解した。




