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構造

明治43年(1910年)、大日本帝國の植民地支配は制度として一応の完成を見た。


その年の秋、東京・霞ヶ関の農商務省にて、外地経済の分担と今後の投資方針をめぐる非公式懇談会が開かれていた。

場に集ったのは、農商務省鉱工局長の佐藤尚忠、内務省地方局の経済課長戸田義章、

そして台湾総督府産業部長代理として上京してきた官僚、田村義継である。



「そろそろ、帝國経済の“次の段階”を論じねばなるまい」

と、佐藤局長が切り出した。


「これまで内地の工業基盤整備に注力してきたが、台湾、朝鮮、南樺太、そして満洲と、

四つの外地が全て制度的に接続された今こそ、分業と接続の再設計を要す」


田村が頷いて言葉を継ぐ。


「台湾においては、既に製糖業を主軸とした輸出経済が形を成しつつあります。

だが、精糖機械の大半はドイツと英領マラヤ由来の輸入品であり、

搾汁圧搾工程の効率もまだ低い。港湾設備も基隆に比べ高雄は不十分。

民間資本との協調体制を急ぐ必要があります」


戸田は書類を手に、朝鮮に関する補足を加える。


「朝鮮総督府では、咸鏡北道・江原道にて金属鉱山の調査を進めています。

鉄と石炭の一部は安奉から山越えで平壌に運ばれますが、インフラが未整備で、

運搬コストが内地の倍。朝鮮軽工業育成会も設立されたばかりで、

製糸業などもまだ緒についた段階です」


佐藤はやや厳しい口調で返した。


「要は、外地は資源と第一次加工。内地が加工と流通、という原則を堅持しながらも、

生産の一部機能は地元にも分配し、相互の技術移転を制度化せねばならん。

その上で、満鉄附属地と関東州を“帝國の産業橋頭堡”として再設計する。ここが肝心ですな」



こうした会話は、帝國の経済構造を「中枢=内地/周辺=外地」という前提のもと、

段階的分業へと整理していく過程の一幕であった。


会議から一月後、台北の台湾総督府産業部庁舎では、現地調査を終えた農商務省技術官・安田良二と、

台湾製糖株式会社の主任技師・大庭徳之助との報告会が開かれていた。



「……なるほど、現在の高雄第三製糖所では、ドイツ製のローラー搾汁機を用いていますが、

圧搾効率は理論値の六割弱、廃糖蜜の糖度も高く残留していますね」


「はい。遠心分離機(Zentrifugen)はハンブルクのグロース社製ですが、

補修部品の輸入に時間がかかります。

代替部品の国産化を検討しているものの、旋盤精度の問題で対応が難しいのです」


「旋盤技術……。日本内地でも高精度平面旋盤はまだ黎明期ですからな。

鉄材の均質性、焼入れ処理、刃具の規格、潤滑油の品質も課題が山積です」



このように、台湾における製糖業の中核工程は、

搾汁→沈殿→加熱濃縮→晶析→乾燥という多段階構造であったが、

いずれも機械依存度が高く、しかもその大半が外国製であった。


とりわけ糖度と歩留まりに直結する

搾汁・晶析・脱水工程では、以下のような機器群が使われていた:

•3段式ローラー搾汁機(独製/英国領インド式)

•真空濃縮缶(バッチ式/連続式併用)

•高速遠心分離機(1分間1200回転クラス)

•低圧蒸気乾燥缶(島津製作所が国産化を模索中)



また、輸出体制としては高雄港を中心に

香港・仏領インドシナ経由で

英本国・米国・仏本国向けに出荷されており、

台湾産白糖は年3万トン規模で流通していた。


大庭技師は地図を示しながら語る。


「いずれ“東洋製糖機械”を名乗る日が来るべきでしょうが、いまは学ばねばなりません。

せめて、分離機の羽根車だけでも、日本製で耐えうるものが欲しい……」


安田はうなずき、こう答えた。


「まずは模倣から、そして部分国産化へ。

いずれ、全工程の六割を“国内生産+台湾現地組立”とできれば産業自立の第一歩になるはずです」



このようにして、台湾の製糖産業は

「大日本帝國の外貨獲得源」であると同時に、

「機械工業技術国産化の試金石」としても期待され始めていた。


大正元年(1912年)、朝鮮総督府では鉱山開発と軽工業振興に関する本格的な政策編成に乗り出していた。


京城・東署洞の庁舎では、鉱務課長・李川泰イ・チョンテと、内地から派遣された鉱山技師・村田邦明、

そして総督府直属の鉄道局技官・上野貞道の三名が、調査帰りの報告を行っていた。



「元山以北の山岳地帯、咸鏡道では銅鉱・亜鉛・鉄鉱と確認されましたが、

坑道支柱用の木材が確保困難な上、鉱石の輸送経路が未整備です」


「安奉線の北延を軌道に乗せれば、来年中には平壌側まで繋がる見込みですが、

山越え区間にトンネル2本、橋梁4箇所……予算が課題ですな」


村田は報告書を開きながら補足する。


「坑内排水ポンプと選鉱装置の国産化は依然として困難ですが、

5年以内を目標に、三井鉱山系の内地技術者に現地派遣を依頼する計画もあります」


李は静かにうなずいた。


「まずは5年後を目途に、鉱山運営の半分を朝鮮人鉱夫によって維持できるようにしたい。

技術伝習所も近隣に整備し、最低限の鉱業技術は現地化しなければならないでしょう」



また、朝鮮では同年に「軽工業奨励令」が公布され、

製糸・織布・製紙・石鹸製造などに対し、内地からの補助金導入が始まった。


元内地出身の実業家、廣瀬雄一郎はこう語る。


「ここ京城に、2年以内に製糸所を建てる予定です。

蒸気釜や座繰機械は内地の中古機械を運びますが、整備は朝鮮人青年に任せるつもりです。

ここで“自分たちの産業”だと感じてもらうことが重要ですからな」



産業と物流、制度と教育――

すべては数年後の安定稼働を見越して準備が始められていた。

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