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揺れる価値観

明治末から大正初期にかけて、日本の女性たちは歴史の分岐点に立っていた。

「女子は家を守るもの」という江戸以来の倫理観が根強く残る一方で、都市部では女学校が拡充され、

「職業を持つ女性」という新たな像が徐々に社会に浸透しつつあった。


大阪・天王寺の女子師範学校に通う竹内ふさ(18歳)は、明治四十五年の春、進路について思い悩んでいた。


ある日曜、彼女は叔母の房と、縁側で静かに話していた。


「ふさ、おまえ、卒業したら、どうするつもりや?」


「学校の先生になりたい。ほんまは、東京で就職したいって、ちょっと思うてる」


房は目を細めて、茶をすする。


「東京…ねえ。そら立派やけど、うちは親戚もみな関西や。女ひとり、そない遠くに行くのは、やっぱり…」


「でもな、叔母さん。学校で教えてもらってるの。『自活できる女性は、家庭を支える柱にもなれる』って。あたし、それを信じたいんよ」


房はしばらく黙ってから、ふさの肩にそっと手を置いた。


「ええことや。おまえの考えはまっとうや。せやけどな、世の中はまだまだ、女にやさしいとは限らん。がんばりや」


このように、女子教育の拡充は家庭の中に“揺らぎ”をもたらしていた。


雑誌『女学世界』『婦人之友』『家庭之友』では、「良妻賢母」か「職業婦人」かをテーマにした読者投稿や討論記事が頻繁に掲載され、

女性たちは日々、自身の将来と家族の価値観とのあいだで葛藤していた。


ある記事では、次のような一文が紹介されていた。


「学ぶことで、娘は“嫁”としてだけでなく、“ひとりの人間”として家を支えるようになるのです」


農村では、こうした動きはまだ限定的だったが、都市部では――

•タイピスト

•電話交換手

•看護婦

•郵便局職員

•書記補助


など、「制服を持ち、給金を得る女性」が日常的に見られるようになっていた。


ある東京・神田の印刷所では、活字を拾う作業に女性が導入され、月給は10円。男性の半額とはいえ、家族を支える収入にはなる。


印刷所の昼休み、若い女性二人が弁当を広げながら話す。


「おとつい、上野の活動写真見てきたよ。女の医者が出てくる映画だったの」


「えー、そんなのあるの? かっこいいね。うちらだって、真面目に働いてたら、変わるかな、世の中」


「変わるよ。絶対変わる」


変わりゆく女性像は、家の中と外の境界を揺るがせ、社会の価値観そのものを静かに塗り替えていたのである。

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