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いつの日か使われた荷物置き場にて

 2060年7月7日の事である。


外の世界と断絶された、一つの部屋がある。日の光一つ入らぬ、倉庫にも似た部屋の中には、書類の散らばった長机が二つ繋げられ、パイプ椅子が三つほど置かれていた。


高田重工商業部門が有する、第三会議室。


 この場所は十年ほど前まで物置とされていたが、後に一つのプロジェクトを管轄する部屋となり、そして今は再び物置となって、使われていない筈である。


しかし、二人の人物が、第三会議室の中心で、ただ立ち尽くしている。


「なあ、修一。俺は……俺達は……間違っていたのかねぇ」


 既に乾ききった喉より放つ言葉は、風に掻き消えて行きそうな程、か細い。


 三十代後半の男性である。無精ひげと乱れた頭髪、しかし不潔に見えぬ外観を有した彼は、焦点の合わぬ瞳で、眼前に居る青年へ、声をかけ続けた。


「俺は、お前と一緒に、この場所で出来る戦いを続けた。ふざけた時もあったけど、それでも……それでも」


 青年は、男の言葉を聞き続けて、目をつむった。それ以上彼の姿を見ていたくないと言わんばかりに顔を逸らし、しかし言葉だけを彼へ届ける。


「間違ってなんかいないさ。ボク達は、この時代にメスを入れた。ボク達が成した事は、正しい事と言える筈なんだ」


「そう、そうだよな。――そうであって、欲しいと思っている」


「そうさ。きっとそうなんだよ。だってそうじゃなきゃ、君が救われない。霜山彰という人間が成した事は、誰かを救った筈なんだ」


「ああ……そうであったら、こんなに嬉しい事は無い」


 霜山彰と呼ばれた男は、ボロボロと瞳から涙を流しながら、ハァと深く息をついた。


 パイプ椅子の一つに腰を落とし、ポケットにあったタバコを手に取る。青年が彼の手を阻もうと思わず手を伸ばしたが、しかし頭がそれを拒否した。代わりに、伸ばした手を開き、小さく言葉にする。


「彰。ボクにも一本、くれないか?」


「お前、吸えるのか?」


「きっと吸えるさ。こう見えても一児の父になるんだぞ、ボクは」


「くくっ、そうさなぁ……AD一筋だったお前さんが、まさか子を成すとは、思わなかったけどよ」


「そう、そうだね。ボクも、おかしいと思うよ」


「いんや、おかしくなんかないさ。お前は、誰よりも優しくて、誰よりも理想を追い求めて……だからこそ、誰かの父となり得る男だからな」


 青年に向け、一本の煙草が向けられる。慣れない手つきでそれを摘み、唇で咥えた。


彰が自身で咥えたタバコに火を付けると、青年が彼に近付き、タバコとタバコが触れ合った。


青年の咥えるタバコにも、火が灯いた。肺で呼吸をするようにフィルター越しの空気を吸い込むと、青年はゴホゴホと咳き込んだ。


「なんでぇ。カッコ悪い」


「こんな、ごほっ。こんな煙、どうして、大人は」


「お前さんだって大人だよ……しかし、まぁ、どうして修一は……大人に、見えないんだろう……な」


 霜山彰の手が、地面へ向けて落ちる。うっすらと開かれた眼の先には、何も映っていない。今彼がタバコを咥えられている事が、奇跡と言えることだろう。


――霜山彰が、死んだ。享年三十九歳。あまりに若く、あまりに激動の人生を、彼は歩んだのだから。


青年――城坂修一は、一筋の涙と共に、再び煙を深く吸い込んで、彼に向けて、副流煙を吐く。


「ボクもきっと、じきに逝くよ。待っていてくれ、彰」


 ――君が目指した未来は、このボクが作るから。

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