表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地の詩(仮)  作者: AF
PR
9/14

8 御言(みこと)ある処




 あの世界にくらべると、教室のせまさといったらなかった。

 室内も廊下も、活気づいて騒々しい。どうやら帰りのSHRが終わったばかりのようだ。

 週末に高校総体を控え、運動部の生徒たちが快活にことばをいきかわして去っていく。その後すぐ高校最初の定期テストが待っているせいか、他の生徒も皆、いつもより多少、昂揚している。普段は部活なり帰宅なりにわかれるのを、何人かで残ってたむろする者がふえている。


 愛乃は今週、掃除当番だった。気がつき、いそいでロッカーにむかったが、箒もモップもはけている。メンバーたちがもうとりかかっているのだ。

 困惑しつつ、のこされた塵取りを手にとり、室内の机と椅子の整頓を始めた。


「愛乃」


 床を掃きながら、同じ班でもあるユミが近くを通りかかる。


 なんだか、瞬間的に泣きそうになった。


「ユミ……」

「ノート?」

「お願い!」


 片手に塵取りを持ったまま、ぱんと手を合わせる。それから、あれ、と思いかえした。


「何でわかったの?」

山勘(ヤマカン)だよ~。ぼーっとしてるから」


 そう? と愛乃はこたえ、手の甲で頬をおさえる。いや、一応、塵取りを持っていない方の手だが。


 あたった、と、おっとりつぶやいて、ユミは口調に似合わないてきぱきした動作で掃きすすんでいく。

 追いかけるようにして、愛乃はユミの掃いたそばから机と椅子をならべ直した。


 なにかいいたかった、というか、できることなら相談したかったが、なにも出てこない。


 何といえばいいだろう? あの白昼夢、白昼夢? わけのわからん現象について。


 頭の中がごちゃごちゃになる。突拍子もないというか、荒唐無稽すぎてというか。

 どっちかというと。


(途方もない……)


 人に話すのは無理だ。


 説明できない。若干、目の前がくらくなったような絶望感を味わった。


 みこめ、と、なにもかもあの幼女のせいにしておく。そうしているうちに、モップと箒が一点にあつまってきたので、ようやく塵取りの出番となって駆けつけた。

 最後にゴミ箱のゴミを集積所においてくれば、掃除は完了だ。最初、出遅れたため、あまりに何もしていないので、愛乃はその役を買って出た。

 班員が解散する中、ゴミ袋を手にあるきだす。ユミがぶらぶらとついてきてくれる。本当は一刻も早く、部活にいくべきところだろうに。


「愛乃、大丈夫なの? 最近、変だよ」

「やばい。マジやばい。ごめん、ほんとたすけて」


 多分、異様にシリアスに応じてしまったが、ユミはのんびり首をかしげただけだった。

 なにも説明しないで助けだけもとめるなんて、身勝手すぎると自分でも思うが。

 かえってきた返事は、説明なんてもとめていなかった。


「何してもらおっかな~」

「えっ。報酬制!?」


 そういう感じ!? 愛乃は思わずユミをふり仰ぐ。

 ユミは楽しげに口笛を吹き、手ぶらで愛乃の先に立っている。


(そんな。みこのせいで。失うものが多すぎるわ)


 気の合う友人なのに、関係が壊れかねない。

 いや、きっと、ユミは心配してくれているだけで、そんなことする(がら)じゃないと思うのだが。


「来週カラオケいくよね。ごはんがいいかな~。あ、強制闇カラ熱唱リクエストかな~」


 うん、多分、……おそらく。


「勘弁して……」

「冗談だよ~。マジえげつない。わたしが休んだときは、よろしくね」


 よかった、冗談か……ほんとだよね、よかった……。


 しらぬ間に涙目になりながら、愛乃はこくこくと何度も首肯したのだった。



       ◇



 日が暮れて、広間には飲みものと食べものが運びこまれている。真ん中よりこちら寄りに火桶(ひおけ)のような、かまどのようなものがおかれ、()明かりが辺りを照らしている。愛乃がわりあい奥まった(むしろ)からみまわすと、ほどなくして入り口にアマンがあらわれた。


 すぐそばにノヤとヨクがいる。ヨクはなにもいわず、こっちをみもしないが、それはかえって、みこの中身が愛乃にかわったことをさとったからだとしれる。


 アマンが広間のもっとも奥に腰をおろして、手を打ち鳴らした。奥といっても、窓の前からは少し外れている。


客人(まろうと)は語り部だ。皆、楽しもう」


 短い声掛けとともに、宴が始まった。邑の母というからには偉い人じゃないかと思うのだが、アマンと邑人たちとのあいだには垣根がないようだった。


 ヨクは前もみたように、酒とさかなを楽しみながら、場の盛りあがってきたところで(うた)い、讃えられてさらに盛り立てる。ノヤも()われて鳴物をきかせた。どれをとっても大喜びで、邑の人々はとても賑やかだ。


 ここでも、(つど)っているのは、ヨクほどではないが歳とった男と、若い娘が多い。


 愛乃は輪に加わるようで加わらず、そこらをながめまわしていた。

 前とちがって食べものの数が多い。中でも、なまのくだものがなかなかおいしい。


 邑の男どもが歌い、笑っている。その向こうで、ヨクが一人の娘と肩をならべて、どさくさ紛れに広間を出ていくのをみてしまった。


 あいた口がふさがらない。


(あ、あ、あのおじいさん……)


「酒はあるか?」


 しらないうちにアマンが隣にきていた。愛乃はびくっとし、首を縦にふり、それからおずおずと横にもふった。


(いや、こんなこどもに酒って。関係ないのかしら)


 よくわからない。みこにあてがわれた(さかずき)には、ノヤの注いだ、香りつきの水のようなものが(たた)えられている。


 腰をおろしたアマンのこちらの隣では、ノヤがいくらか心をくだくかのように身じろぎする。ヨクとはまったくちがい、音色をきかせて間もなく愛乃のそばにもどってきたノヤである。


 アマンが杯をあげ、うながすようにしてのんだので、愛乃もならって水をすすった。


「そのなりで旅とは、いくつ日を越えたのだ」


 四方山(よもやま)話なのだろうが、早くも、こたえに詰まった。


 アマンは大きな眼をじっとこちらにくれている。


「さあ、わかりません」


 考えだすとあきらめを通り越して逆切れしそうな気がしたので、愛乃はなるべくぼんやりかえした。


 アマンは小首をかしげる。


「遠かっただろう」

「おそらく」

「そのくせその手足だ」

「はあ」

「ただの童女(わらわめ)だなど、誰も思わない」


 おぉ……。


 感嘆をのみこんで、愛乃はそっとアマンをふり仰いだ。


「少し見る目があればね」


 アマンは思いのほかまじめな顔をしていた。

 広間は相変わらず賑わっているのに、ここらだけ静かだ。


 愛乃はみこの手を、白い、やわらかい、ふっくらした両手をしげしげとみた。

 足もだ。傷ひとつない、血のいきとどいた美しい肌。


「ちょっと、きいていいですか」


 ものは試しだ、と、いきなり思った。


「何だい」

「もりって、何ですか?」


 しばらくうごきをとめたあと、アマンはなんともいいがたいしかめ(つら)をした。


 その顔つきで愛乃をみて、また前にむき直り、首をぐるりとまわした。それからうなじをおさえて目をふせた。

 愛乃は黙って待っている。


「世のまほら」


 深い、女にしては低めのいい声でこたえ、アマンはなにやらうらめしげにこっちを流しみた。


 そんな眼でみられても。


 またわからないワードが出てきた。まほら、ときこえたが。

 まさか、ジャスト(=真)虚言(=ホラ)の意味じゃあるまいな。


 もりは世のまほら。なんのこっちゃである。


「なぜきく?」


 アマンに問われた。まだうらめしげな、かついぶかしげな目つきをしている。

 初心者なもので、といいたかったが、それどこのRPGだと思いとどまった。


 ……RPGならまだいい。目的も終わりもあるのだ。

 (こころ)みに、いくらか打ち明けてしまったら、少しはこの立場がわかるだろうか。


「しりたくて」


 アマンはこちらをのぞきこむようにした。


「しらないのか」

「――」


 みこは、しっているかもしれない。


(もり)は世のまほら。もっとも(たっと)ぶべきところ。()()()あるところだ」


 身を立て直して告げるアマンを、愛乃はかえりみた。


 《みことのきたるべき場》……。


 いつか、あの幼女がそういっていたかもしれない。


「遠くおよばないが、いったろう、この邑もそうしたいと思っている」

「いいところですか」

「おかしなことをいうね」


 ちょっと眉根をよせ、アマンはくすりと笑いをもらした。


「わたしはみたことはない。親から伝えられた。けものとくだもの、野と川と山、(わた)にめぐまれたみことある場だと」


 愛乃は唇をむすんでいた。


 アマンが、邑のあるべき姿としてめざしている場。それが《みことあるところ》。


 みこが、《みことのきたるべき場》?


 それから、何といっていたっけ。あの子は。


「語り部はみことを讃えて世をねりあるく。一人でね。つれがあるとはきいていない」


 …………そうか。


 思わず、ぐっと詰まった。


 それで、はじめから疑われていたわけだ。なるほどである。


「だが、つれがあるならあるで、よろこんでいるんだよ。もっとも、このつれは、お前を離れるつもりがないのだな。()しいことだ」


 どうも、風向きが変わったというか、雲行きがあやしくなってきた。愛乃はアマンのことばを受け、こっち隣をつい、みやった。


 熊のようにむすりといすわって、こそとも音をたてない、忠実(まめ)なともがら。


 なによりアマンは、このことをいいに、愛乃のそばへやってきたのだろう。


「お前が若い男を離さないと、娘たちがやっかんでいる。――アイ。ノヤを貸してくれないか?」


 ――。


 えぇ…………。


 愛乃は顔を思いっきりゆがめ、ぎしぎしと首をまわして、ノヤを頭から脚までみおろした。


 そんなこといわれても。ああ、だから娘が多いのか。もしかして前のときも? そういうことだったのだろう。


(……わたしがこたえることなの、これは)


 アマンはともかく、何をやってもヨクには溜め息をつかれそうだ。根も葉もないけれど。






 宴がやや下火になってくると、ノヤと愛乃は席をさがるのをゆるされた。ただしくは、愛乃がゆるされ、ノヤはそれにつき添ったのだ。しょうがないよね、と、愛乃はこっそり(おのれ)にいいきかせた。


(本人がいかないっていうんだから)


 とりあえず、きいてはみたのだ。愛乃の判断ではどうかと思ったので。

 ノヤはとまどったように、でもかたくなに首を横にふり、愛乃のそばを離れるふりすらみせなかった。


 アマンは苦笑いしていたが、そのころには広間の娘たちも、ほとんどノヤから心が離れていたように思う。


(あのロリコンとか)


 口さがないことになっていないことを、祈るしかない……夜道をたどり、昼間通された高い建物の、控えの間に落ち着くと、どっとつかれた。アマンや人々の眼から外れて、はりつめていたものがほどけたのである。

 おこさまなためか、ひどく眠い。


 (とこ)はととのえられていた。三つ。

 そのうち一つがうまることはなさそうだ。


 もう一つもうまらなくてよかったんだろうなと、ふと考えそうになって、ただちにやめた。


 いけない。この上、ノヤにいなくなられては、あまりに心もとない。


 みとめたくないが、愛乃がノヤを離さないといわれるのも、あながち言い掛かりでもないのかもしれなかった。


 ノヤはまずみこの上着を脱がせ、幼子を床にいれると、己の毛皮を脱いで上掛けの上にかぶせた。

 (かたわ)らにすわりこむ。どうやら、みこが眠るまで休むつもりはないようだ。ひょっとしたら、そのあとも。


 横になり、あたたかい毛皮にくるまれて、愛乃は、ねぇ、と声をかけた。

 ノヤの口から返りがない。いままで通りである。


「ヨク、……まだ怒ってた?」


 寝間に窓はなく、入り口に立てかけた莚の上のすき間から、満ちていない月と星の光が僅かにさしこんでいる。

 薄明かりに目をこらしても、ノヤがどうこたえているのか、(さや)かでなかった。


 わかっている。


 あれから愛乃に会って、ヨクはひとことも口をきかない。

 (いか)りがつづいているかはともかく、わだかまりが消えていないのはたしかなのだ。


「なにがいけなかったのかな――ノヤの鳴物に触っちゃだめだった? 大切なものなんだ、そうだよね……」


 ヨクが(うたい)でもてなされ、ねぎらい、いたわられるのなら、ノヤのそれは鳴物による。


 ノヤはこたえない。否、なにか、またたいたり、こっちをみつめたりはしているのだが、愛乃にはその()すところが読みとれない。


 みこならわかるのか。


 ふと、苛立(いらだ)ちが湧いた。

 愛乃のいったことは、まるきり絵空事にすぎない――こたえではないのだ。

 なにかいいつのろうと、身をおこした矢先、入り口に人影が立った。


「それは、口がきけぬのですよ」


 低い、低い、囁きほどかすかな声。みこの耳はそれを息遣いまでもらさずひろった。


 莚をよせる音。その前にあったはずの、丸太組みのへりをわたってきた音は、ここにくるまでさとれなかった。


 (いきどお)っていたからだろうか。

 所詮、自分の体じゃないからか――。


 ほとんど音もたてずに莚をもどして、ヨクはそろりと壁ぎわをあるき、片隅においていた杖を持ちあげた。

 奥の寝床に横たえ、自らも腰をおろす。

 夜闇にもわかりやすく、ゆたかな白い眉をひそめた。


「声をひそめてくださらないと、こまります。外までよくきこえましたぞ」

「あっ」


 あの声で!?――じゃ、ない、そんな話をしたいんじゃなかった。なんだ皆みこレベルのハイスペック五感か。


(畜生、天敵のいない現代人はこれだから)


 泣きそうになる。こんなに泣く方じゃないはずなのに。

 ここと行き来するようになってからだ。おさえがきかないくらい、心が波立つのは。


「――~~」


 ものがいえなかった。


 隣の寝床から、こちらをみて、ヨクが話しかけてくれている。

 それだけでわけもわからないほど、こみあげてくるものがあった。


 ヨクにむかって膝を畳み、愛乃もすわりこむ。いまのうちに、話をしておきたいのに、涙をこらえるのにいそがしく、息もままならない。


「なにがわるかったん×□△○……」


 涙声すぎて我ながらおどろき、口ごもってしまった。


 大事なところだったのに。


 ヨクは息すら控えめにしている。


「少し、お話をききました。しらぬならしかたないとはいえ、わしも譲れないものがあります」


 はい、と、愛乃は頷く。

 ちょっとわかりにくかったが、お話、というのは、それはつまり、みこのことばをいうのだろう、ヨクにとっては。


 ヨクがちらりと愛乃のうしろをみると、たちまち、みこの背中に、やわらかな小さな調べがなでるようにそよいできた。


 これまできいたものとは打って変わって、吐く息のような、うまく鳴けない(ふくろう)のような、そのものがひそひそ話のような音。


 音色にまぎらせ、ヨクはことばをついだ。


御身(おんみ)は、(うつわ)。そのお体はゆくゆくは、みことのやどるところです。なでるもの、通る道、吸い、吐く息はみことそのものとなる」


 夜目にも、ヨクの綺麗な色の目は、深い色合いに輝いている。


(おのこ)のように、鳴物を奏でてはなりませぬ。やどりきたるのをとじこめ、ころしてしまう」


 愛乃は目を皿のようにして、松葉色にひかる闇をみつめた。


 楽器を。


「鳴物を、鳴らしちゃいけないの?」

「そうです」

「女は?」

「ええ。ことさら、御子(みこ)さまは」

「そんなの――」


 普段、あれだけ、ピアノを弾いている。みなれぬ楽器をみたら、一度はふれたくなるほどだ。


 しっているのに、みこはなにもいわなかった。

 むしろ……。


 ことばが出なかった。考えがまとまらない。しかし、それであれだけ怒ったのだ、ヨクが出任せをいっているわけではない。


「鳴物は、男の人のもの?」

「そうです。たとい、ふれることがあったとしても、鳴らしてはいけません」


 だからとりあげたのだ。

 そういわんばかりだった。


 まともにこっちをみる目つきから、ヨクは己がただしいと思っているのだとわかる。

 うしろをかえりみると、ノヤは暗闇で音を奏でつづけていたが、あのとき、鳴物を渡すのをためらった。そういうわけだとしれれば、のみこめる。


「…………」


 それでも、わかったとはいいかねた。


 みこは、どういうつもりで、愛乃にピアノをねだったのだろう。


 女は鳴物鳴らさずとは、これは、いよいよ、薄々わかっちゃいたが……。


(……とんでもないところにきてしまった)


 初めて、心の底から、みこに助けをもとめたくなった。


 調べが風のやむように消えると、つとヨクが立ちあがった。見た目にそぐわぬいきいきしたうごきで、入り口へ引きかえす。


「それでは、わしは」

「え」


 ふわりと莚をよせるお年寄りを、愛乃ははかりかねて目だけで追いかける。


「もう一人くらい相手をせねば、邑人(むらびと)どもにわけが立ちません」


 いかにも好き者めかしていいのこし。

 にこりと笑むと、莚の向こうの星明かりの下へ、(おきな)は身をおどらしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ