4 偉大なる呼び名
こちらもご無沙汰しておりました。
引き続き、修正を加えつつの更新です。
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「あ」とルーミルがこぼした言葉は、その刃の如き瞳をさらに尖らせたアーフェルの声によって、かき消される。
「いくら長命種たるエルフの方といえども、眼前におられる国王陛下に対して〝さん〟と呼ぶのはどうかと思いますが」
「同感ですね」
間髪いれずに同感の言葉を告げたクロスの瞳もまた、視線が合うだけで凍ってしまいそうな冷たさをはらんでいた。
しかし、その言葉と視線にさらされた当の本人はというと、わずかに小首を傾げてみせるだけで、平然とその微笑みを崩さずにいる。それを見たルーミルが、「あー……」と額に手を当て、天を仰いだ。
これまで流れるように起こった現状に〝待った〟をかけたのは、他ならぬ国王自身であった。
「よせ。この方はルーミルが師と呼ぶ方だ。いまだ三十にも満たない我々など、赤子も同然だろう。ルーミルにとってさえ、本来ならば、我々は子供の域を出ないのだ」
そう語る言葉でもって隣に並ぶ二人を制した国王セリオの言葉に、蒼瞳をどこか遠くへとやりながら、「……まぁ、確かに」と思わずルーミルがつぶやく。
瞬間、今度はルーミルへと向けて飛びそうになった氷の視線を、柔らかな視線を向けることでイズレンディアが止めた。
しばし、内にある性質が正反対である笑顔の応酬がなされ、それが自身の頭上で交わされることに首をちぢめたルーミルの図ができあがる。が、これもまた、その伝統ある紫の瞳をクロスへと向けたセリオが止めた。
「よせ、と言っているのだクロス。そもそもエルフには、我ら人族とは異なり、種族そのものに敬愛せし女王が存在するのだ。このような話をするだけ無駄だろう。ルーミルが特別だと言うことを忘れたのか?」
「……いえ」
そっとその水色の瞳を伏せたクロスは、さすがに納得したようであった。
そこへ、「では!」と言う明るい声が響く。
「今度は、僕たちの番ですね!」
今までの重苦しく冷たい雰囲気をまさしく吹き飛ばしたルーミルの言葉に、結局今まで沈黙をたもっていたイズレンディアは、再び、その微笑みに優しさを重ねた。
「お師匠様ふくめ、皆さんご存知かと思いますが……改めて。僕の名前はRumil。これは僕らエルフ族が普段もちいる精霊言語で、〝薄暮の息子〟という意味……らしいです!
約三百年前、このシルベリア王国の建国にたずさわった関係で、以来ずっとこの王城で、王城魔法使いの副長をつとめています!」
鮮やかな金髪と一緒に、その蒼瞳を輝かせて四人へと語るその姿は、やはり、十五歳程の外見よりもなお幼い、無邪気な子供に見える。
――白に包まれた空間に、明るい光が差したようであった。
「建国にたずさわっていたんですか。凄いことをしましたね、ルーミル君」
自身が蒼光と例える愛弟子の言葉に、素直に感心するイズレンディア。
それに気恥ずかしげに笑ったルーミルは、「今度はお師匠様の番ですよ!」とセリオたちの方を見やる。
つられてそちらへと視線を移したイズレンディアは、ゆったりと姿勢を正し、次いで、実に簡潔な自己紹介を行った。
「Izlendia、と言います。ルーミル君の、魔法の師にあたる者です」
――情報の少なさで言えば、間違いなくこの場で自己紹介をした者たちの中で最も少ない。どう考えても、簡潔すぎる言葉である。
しかし、嬉しそうにイズレンディアへと向けていた顔を慌てて反転させ、またもや冷戦かとクロスへと視線を向けたルーミルはそこで、久しく見なかった驚愕の顔を見た。
おまけに、それが計三つ。
「なっ!? イズレンディア!?」
初めに言葉を発したのは、セリオであった。
次いで、ルーミルが知る限りここ五年は見ていなかった表情を顔にはりつけ、セリオと同じく驚きに染まった声で、クロスが続く。
「まさか、あの、イズレンディア様ですか!?」
その言葉に、やはり変わらぬ微笑みをうかべる当のイズレンディアは、またわずかに首を傾げて答えた。
「あのイズレンディアが、どのイズレンディアかは分かりませんが――私は、イズレンディアですよ?」
と、その言葉に続くように、重く発せられたアーフェルの言葉が、彼らがそろって動揺しているその意味を示す。
「……現存する者の中で、最も古い…………《賢者》」
ぽつり、とこぼれるように紡がれた言葉は、しかし、ルーミルとイズレンディアを納得させるには、十分であった。
「えーっと、なるほど。セリオ陛下たちが驚いていたのは、お師匠様がかの有名な〝最古の《賢者》様〟だったからなのですね」
「……そういうことだ」
ぽんっと手を打って納得するルーミルの言葉に、こちらもどこか合点がいったような顔をしてうなずくセリオ。
一方イズレンディアはというと、
「あぁ」
と、まるで今思い出した、と言わんばかりの表情で、数回うなずいていた。
それを見たルーミルは、自身が最も敬愛し、だからこそよく知っているこの師匠のとある部分を思い出し、一瞬表情を固まらせる。
それは、確かにイズレンディアがこの瞬間まで、自分が世界規模で《賢者》と呼ばれている存在であることを、忘れていたと言う、確信。
元より自身が多種族にさえ《賢者》と呼び表される様な存在に値するなどとは思っていない、イズレンディアの自己評価が成してしまった――実情の忘却だ。
しかし、当然そのような内容は、口に出せばこの場にある意味別種の混乱を招きかねない。ルーミルは一人、さすがにこればかりは黙っておこう、と真実を飲み込んだ。
当然として、その様な事実など知るよしもないセリオたちは、今になってようやく、自分たちがこの高貴なるエルフにとんでもない対応をしていたと言うことを、理解するにいたった。
「先ほどは、申し訳ありませんでした。まさか《賢者》の方だとは思いもせず……」
驚くことに、まっさきに謝罪をのべ、深く腰をおったのは、最も彼に良い感情を抱いていなかったはずのクロスであった。
エルフは決して、数の少ない種族ではない。人族が多すぎると言うだけで、十分すぎるほどの者が各地で生きている。おまけに、基本的にエルフという種族はとことん自身が生まれた森に居続けることを望むか、あるいはどこにもとどまることなく放浪の旅を続けるかの二種に別れ、多く誰がどのような立場にある存在であるのかなど、他種族には詳しく知りようがない。
そもそもエルフは、自分たちにとって高貴であったり大切であったりする者を容易に森から出したりはしないのだ。
よもや、他種族にさえ《賢者》と呼ばれるような、彼らエルフ族にとって王族にも近しき強大な力を持つ魔法使いを野放しにしておくなどと、想像できようはずもない。
はっきり言って、予想外もいいところである。
クロスに続き、アーフェルも、「申し訳ありませんでした」と腰をおり、最後にセリオが頭を下げた。
「たび重なる臣下たちの無礼、お許し頂きたい。また、私自身も立場ある身として振舞うことを、重ねてお許し頂ければ……」
いまだ腰をおっている二人の臣下をたずさえ、顔は上げたものの、物凄く申し訳なさそうな顔と雰囲気で謝罪するセリオに、反射的に顔を見合わせたイズレンディアとルーミルは、思わずそろって苦笑を零した。
ルーミルからそっとその澄んだ英知の瞳をセリオへと向けたイズレンディアは、彼へと優しい笑顔を見せる。
「かまいませんよ」
言葉だけを考えれば、どうとでも取れるものであった。
しかし、その澄んだ優しい声に、悪意も怒りも含まれていないことは、声よりも如実にそれを現した笑顔を見ていないクロスとアーフェルの二人でさえ、読み取ることができるものであった。
臣下二人がゆっくりと体を起こす。それを見てさえ、優しさをたたえたままのイズレンディアの姿に、セリオがほっと肩の力を抜いた。
その様子に、今度はルーミルが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「すみません、お三人方。そもそも、お師匠様が到着する前に、僕がお三人方にお師匠様が《賢者》様であることをお伝えしておけば良かったのですよね……」
「いや、ルーミルは元々王城魔法使い副長としての仕事で、忙しかっただろう? それを言うなら、肝心な部分をルーミルに尋ねなかった、私たちの落ち度だ」
ルーミルの素直な謝罪の言葉に、セリオはかぶりを振ってルーミルの非を否定する。
ふと垣間見えた信頼の絆に、イズレンディアが僅かに、眩しそうに瞳を細めた。
しかし、その表情の変化に気付いたクロスとアーフェルは、真意を図りかねて、セリオへと視線を送る。
二人の臣下から送られた不安げな視線に、セリオは再び表情を硬くし、伺うようにルーミルへと言葉を続けた。
「それよりも……その、なんだ……」
――いつの時代も、《賢者》の意にそぐわぬ事をした国が存続することは、無かった。
構わない、との言葉と笑顔は返されたものの、万が一があってはいけないと、セリオはルーミルに言葉なく尋ねる。
果たして、その無音の問いかけに気付いたルーミルは、一瞬彼の師匠に良く似た優しい微笑みをうかべた後、彼らしい満面に咲くものへと笑顔を変え――次いで、さもおかしそうに声を立てて笑った。
「あははっ! みなさんそろってそんなに心配しなくても、お師匠様はこんなこと気にしませんよ?」
次いで、
「そもそもが寛大な方ですし、見た目なんて全く当てにならないくらいの、温厚なご老人ですしね!」
と続いた言葉に、今度はイズレンディアとセリオたちが顔を見合わせる。
「ルーミル、それは……」
一足早くに言葉をこぼしたセリオは、しかし、重なるように紡がれたイズレンディアの言葉に、隣の二人を含め、再度絶句させられることとなった。
「否定はしかねますが、ルーミル君だってもう六百年は生きているんですから、人族の方にとっては、ご老人もいいところですよ?」
それに、「えぇ~!? 僕なんてまだまだ若造じゃないですかぁ……」と不満げな声をもらすその目の前で、王城の面々は知った。
――子供の頃から身近に接し、彼の見た目よりも一回りほど成長した今となっては、むしろ弟のように感じていたそのエルフの彼が、まさしく〝エルフ〟たりえる存在であったと言うことを……。