第七章
「おはよー」
うっすらと目を開くと美幸さんが例の葉っぱが入った花瓶の水を取り替えている最中だった。
本当に、ここ2日の夢見の悪さは何なんだろう。
「飛鳥ちゃん、ここのところよく眠れてるみたいだね!」
美幸さんがにっこりと笑いかけてくれる。それからちょっと意地悪げな笑みにシフトして。
「さっきは青くなったり真っ赤になったり百面相してたけど、」
ぺろり、と指を舐めた王様。
「ほら、また。いったいなんの夢を見てたのかな?あーすかちゃんっ」
ずい、と美幸さんが近づいてきている。完全にからかっている風で。
「あらあら、これは本当に何かあったみたい。さぁ!!吐いちゃいなさい!」
にこー、とチャシャ猫のように笑い、迫ってくる美幸さん。
「ほらっ、小児病棟の回診がはじまっちゃうよ!付いていかなきゃまた婦長さんに怒られちゃう。」
これ以上突っ込まれないうちに美幸さんの気をそらせる。いくらなんでも夢の中で目の醒めるような美形な王様に真っ赤になったんです、なんていえない。
「あら、本当!はい、飛鳥ちゃん今日のゼリー。あと、昨日忘れてった絵本持ってくよ。」
わたわたとわたしにコンビニの袋を手渡し、人魚姫の絵本を手にしてドアに手をかけた。
「じゃあ、またね!」
どうやらちゃんとごまかされてくれたらしい。
「今の話!今度来たら話してもらうから!!」
ばきゅーん、と手で作った銃でわたしを撃つまねをして、ひらりとドアをくぐった。
・・・美幸さんにしては隙がない。
もぞもぞとふとんを掻き分けてしっかりと座る。コンビニの袋を開けてみると恒例になった桃のゼリーとなぜか月刊の少年漫画雑誌。奇抜な色の髪の毛の少年がこっちを見ている
・・・美幸さんこのチョイスはどうなんだろう。そもそも漫画なんてずいぶん長く読んでない。
いつもの習慣で桃のゼリーを取り出し、開けようとして気がつく。なんだかまだあの甘い果実の味が残っている感じがすることに。
「カチュラル」
夢の中の名前なのにしっかりと覚えている。
とりあえず食べなかったら美幸さんが心配するだろうから、ゼリーの周りに付いた水滴を綺麗にぬぐってからチェストの2番目の引き出しに入れた。並んだ2つのゼリー。
相変わらずの炎天下の下で、パジャマ姿の男の子とお下げに結った女の子がふざけあっていて。そういえば今日が土曜日だったことに思い至る。
「完全に病院に慣れちゃったな・・・」
つぶやいた声が白い箱の中で溶けていった。
甘い、甘い香り。
さらり、とした肌触りと感じ慣れない熱。
右足に鈍い痛み。
「・・・いつの間に寝ちゃったんだろ」
輝くのは燭台。煌くは黄金と貴重な石たち。
ふわふわとした中であがいて見つめた天蓋は、この前一人で寝かされていた寝台のものではなくて、でも決して見たことがないものでもない。
この熱は。
「王様・・・」
美形は目を閉じていてもやっぱり美形で。それでもその黒曜石の輝きが覗いていない分心臓に優しい。それにしても、何でこんなとこに寝かされているんだろう。
「部屋が足りないわけじゃないよね・・・」
思わず失礼な言葉が口から零れ落ちる。ここは宮殿なんだからそんなはずはないって分かっていても他に選択肢がないんだから仕方ない。
王は眠っている。
ふわふわのベッドに両手をついて、いつもより何となく倦怠感の少ない体を持ち上げてそばに積まれた綺麗な光沢を放つクッションにもたれかかる。
頭を動かした拍子に、ごろっとした感じを覚えて髪の毛に手を伸ばす。相変わらずの量と長さがある髪の毛は現実で見るよりどこか輝きを増していて。
「・・・真珠?」
柔らかい白で、いくつもいくつもわたしの髪の毛に通されているのは大粒の真珠に見えてならない。髪の毛に無数に付けられたそれのせいで頭が痛かったことは分かるけど、なんでこんなについているのかが分からない。
いやな予感がして自分の体を見てみると、まったく見慣れない桃色の服・・・やはり値段を考えたくない服を身にまとっていた。シーラさんが着替えさせてくれたんだろうか?
・・・・・・これは、本当にユメ?
2回なら、似たような夢を見ることだってきっとあると思う。
でも、何回も何回も登場人物も背景もまったく同じな夢が続くものなのか?それに、やたらとクリアな思考。夢から逸脱してしまっている気がする。
「戻ってきたのか?」
真横から、わたしのものとは違う低くて艶のある声。考えなんて、全部吹っ飛んでしまった。ぜんまい仕掛けの人形が歯車にあわせて動くように首を動かす。
見たくない、見たくない、みたくない。
でも、見なきゃ。
少し長めの黒髪が、なんとなく乱れて。その間から覗くはずの漆黒の切れ長の瞳はどことなくぼんやりとしている。それだけ見れば、剣を振り回すなんて思えないほど気が抜ける光景。
犬派か、猫派か。
わたしは迷わず猫派な人間だけれど。王の寝起きは黒豹か何か肉食獣の寝ぼけている様子に似ていて。
そう、何ともたまらない。
「・・・どうしたんだ?」
ふわふわの毛皮に、ぷにぷにの肉球。幸せすぎる想像は訝しげな王の声によってさえぎられた。ちゃんと王を見れば、もう普段の隙のない麗しいご尊顔に戻っていて。その寝そべる横に輝くのは色とりどりの宝石に彩られた、三日月刀。鞘に収められているけれど、それは。
「ジンニー?」
王様の顔が刀を見つめるわたしを覗き込むように近づいて、ようやくその言葉が脳に届いた。
「飛鳥です。・・・起きました。」
居心地が、悪い。そもそもいつネムッタのか。病院でメをサマシタ時だったら・・・
ご飯食べながら寝たことになってるんだろうか?考えただけでも頭から血が引いていきそうになる。相手が王じゃなくったって、失礼極まりないでしょう。
「全く、魂だけでどこかに行くのは良いが、時と場合によるだろう。シーラが驚いていたぞ。」
魂だけでどこかへ?比喩じゃなくて額面どおりの意味だよね。ジンニーだから?
・・・気絶しただけなんだけど。それにジンニーならカラダごと・・・魔人やら妖怪やらに実体が在ればだろうけど・・・消えるでしょう。とりあえずは。
「申し訳ありません・・・癖なもので。」
・・・いくらなんでもこの言い訳はない。穴があれば是非・・・いや、もうこの際この無駄に広くてやわらかいベッドに埋まってしまいたい。引いていった血が集中してくるような顔が熱くなってくるのを感じる。
「謝る必要はない。ジンニーを従えられるとは思っていないからな。」
シーラさんには今度会ったときに謝っておこう、そうしよう。
王は近くの大き目のクッションを鷲掴んで自分の頭の下へもって行き、片腕で頭を支えるようにして固定した。美幸さんの持ってきた雑誌の表紙にのっていたどこかのアイドルも真っ青な色気がにじみ出ていて直視できない。
美幸さん、美幸、さん。
フラッシュバックするのは白い肌に流れる、赤い、あかい、真っ赤な血の雫。恐怖に引きつった顔。
焦燥を感じてちらりと、王のその向こう側を見る。天蓋から下りた幾重にもベッドを覆う薄い紗でよく見えないけれど、絨毯についていたはずの血はないよう。取り替えたのか、染み抜きをしたのか。流血の量を考えて取り替えたって考えるほうがありえそうだけど、美幸さんに似た人がどうなったかそれだけでは分からない。
どうか、無事で。
「何かあったか?」
王がわたしの視線をたどって振り返る。
「・・・いえ、何も。」
いつものわたしの声よりも硬い声が唇からもれた。
聞けば、分かるかもしれない。王はこたえてくれる気がする。
でも。
もしそのこたえが、美幸さんに似たあの女の人の死であるなら。きっと堪えられない。
だから。
弱くて卑怯なわたしは目の前に突きつけられないことを盾に現実から逃げる。
こんな自分、だいきらい。
「ジンニー、シラユキヒメとは何だ?」
シラユキヒメ?しらゆきひめ。白雪姫?
アラビアンナイトの王が口にするにはあまりにも変な響き。なおかつ少しだけイントネーションが違う。
「飛鳥です。・・・白雪姫がどうしたんですか?」
考えても一向に思いつかなかったのでとりあえず聞いてみる。すると王は呆れたように溜息を吐いて器用に片眉を上げた。いちいち動作の一つ一つが様になっていたなんともどぎまぎする。
「お前が言ったんだろう?もっとも言った後で、またどこかへ魂を飛ばしていたが。」
思い出されるのはアラビアンナイトのセオリー、にのって口走った言葉。
「白雪姫の、お話・・・」
「そうだ。まったく、結局陽が昇るどころか一回りしてまた夜になってるが?」
ふぅ、と鼻で笑うようにして上目遣いでわたしを見やる王。・・・普通上目遣いといったら女の子の必殺技のはずなのに。美幸さん、どうやら顔さえ良ければ男の人でも必殺技:上目遣い、がなりたつようです。
「早くしろ。また陽が昇るぞ。」