最終話-ソシテ-
次の日曜日。地球に帰ってきたのが金曜日だったらしくいつもの疲労や睡魔と戦いながら平々凡々な二日を過ごした颯希は、│あそこへ(・・・・)向かった。
「学校、ないし」
小さくて、キャラクターが描かれている服を身にまとい颯希は颯希の通っていた学校へ向かった。
一番初めにヴィパルに来てしまった、神木の前。大きな、一本の桜の木。
「ここは新設校だったからね」
一番乗りかと思ったが、木の裏に亜妃がいた。
「亜妃が一番初めの世代、だよね?」
後ろから問いかける。相変わらず長い、真っ赤な髪がかすかに揺れる。
亜妃はその容姿からいじめを受けていたという。辛くて、苦しい。ただの生き地獄だと語っていた。少し、恐怖政治だった七人才と地球での生活だったら断然七人才の中にいたほうが楽だろうと思う。それでも亜妃は、地球に帰ることを選択したのだからその事実と戦うことを決めたのだろう。
「学校、どう?」
家は少し遠く、学区も違う。それは滉も同じで同じ市内にいるのに全員、違う学校に通っている。
「まあまあ。五年生あたりだと女子に自我が芽生えて、可愛さで一番になりたいとかそんなこと考え始める子がいるからね。結構きついけど大丈夫」
そういう亜妃の目には明確な意思が宿っている。
「ヴィパルと比べるとどうなのかな? まだ二日しか経っていないけどなんかちょっと懐かしいとか」
「うん、あるね」
ジェラルド、とか。
口がそう、動いた。
「六年、ヴィパル側の動きもあるけど長いよね。同じ未来にならないようには、努力するけどさ」
そう言ってそらした視線の先に彩里と亮と滉の三人がいた。
「三人で来たの?」
「いや、そこで会った」
滉が言い、颯希の隣に座った。そのまま、神木を囲むようにぐるりと五人が座る。上を見ると見事に桜が満開に咲いていた。季節はちょうど、春だ。
「ヴィパルでの生活が長かったからか、めちゃくちゃ便利ね、地球って」
「日本はそのうえ綺麗だし、いいことばっかだ」
彩里、亮が言う。
「……家に帰ったら母さんいて、泣いちゃったよ。生きてた。俺のせいで死んじゃったから、俺が母さんを死なせないように同じことはしない」
言いながら、滉は自分の拳を握った。
背もたれにしている神木から力が流れ込んでくるみたいに体が暖かくなる。
「そういえば、俺地球に帰ってすぐに力を使ってみたんだけど」
亮が言う。日曜日だからか人が通り、その時少し驚いているのを面白いと感じていた時だ。
「使えないんだ」
「えっ!?」
一番驚いたのは亜妃のようだ。
「そうなの!? 使えるもんだと思って学校で余裕こいてたのに」
本音が出ている。でも確かに、記憶を変えたり消したりすると学校で自分の立ち位置は楽に得られるだろう。
「使えないんだ。体の時が戻ったからか、地球に帰ってきたからかとにかく何も使えない」
「そうなんだ」
滉が少し惚けながら言う。あまり気にしていないようだ。
「そっか、ま、使えないもんは仕方ないしね」
彩里も反応を示した。颯希は能力があるのかもわかっていないので何とも言えないとつぶやいた。
「まあとにかく、無事に六年遡ったらしいしな」
風が吹いて、花びらが舞う。桜色のそれはどこか儚い。亮の発言が風に遮られて少し聞こえづらかった。
「これからどう過ごすのかどうかで、もうヴィパルなんかに行かなくて済む。母さんも、死なせない」
「そうね。何も起きずに、六年が過ぎたらもう一度会いましょう」
「今度はどこで? ここはもう学校になってる」
「……じゃあ、ヴィパルから地球へと帰ってきた場所。あの川」
颯希が提案をする。それにみんなは肯定の意をそれぞれ示した。
「まあ、ぼちぼち会うかもだけど」
そう言うと、何人か笑う。春の陽気は、暖かくて桜色で染まる空は見ていて気持ちがいい。
「全員、きちんとした集合は六年後ってことで」
颯希がそう占めた。他者多様な答えが返ってくる。
「うん」
「ああ」
「わかった」
「ええ」
そしてしばらく、桜を楽しんだあとに解散した。
***
ヴィパルではリナとジェラルドが草原で話していた。主人が消えたラド家は今ジェラルドの支配下にある、とは言えず戻った月日は大きなものでジェラルドは再び王都郊外にいた。ただ、六年前にはジェラルドの能力が開花していたため時を戻しても能力は使えた。
「あいつらは全員、地球に帰った」
「……ああ」
「何だお前。会いたかったら俺に言ってくれればきっと会えるぜ?」
「貴様の力など借りん」
リナのその態度にジェラルドは笑った。そして唐突に言う。
「王が探してたアンナ王女。あの人はどうやって地球に行ったのか知ってるか?」
リナは目を見張り驚いた。それは、王も知らないと言っていたものだ。なぜそれを、今は七人才でもないジェラルドが知っているのか。
「知らない。……なぜ知ってる?」
「……あーなんだ、その、俺も知らない」
その発言にイラっときたリナは思わず殴る。
「いってー! てめえ、何すんだよ!」
「知っているような素振りを見せるな!! 貴様の力を借りずに地球へ行けたかもしれないのだぞ!!」
殴られた腹をさすりながらジェラルドはリナとは少し距離を置いた。
そして、しばらくの沈黙。互いに耐え切れなくなってきた頃、ジェラルドが口を開いた。
「平和、だよな。きっと」
「亜妃様達のことか?」
「それもあるけど、何ていうのかな。俺が七人才になったのって今年なんだけどさ」
「なっ!」
「……驚くなよ。今年からいなくなるんだろ? 髪が栗色の女とガタイのいい男」
ジェラルドの発言からあ、そうかとどこかで納得した。一応、記しとくが二人は六年分の成長を戻されていない。
「あともう少しなんだけど、俺が王に目をつけられるきっかけになったのって、俺が郊外の騒動の中心にいたからなんだ」
「だから、騒動が起きていないから、王は来ないかもしれない、と」
少し黙って。
「それは、悪いことか?」
リナは言う。自分の膝を抱くように座る、いわゆる体育座りだ。
「もし、王が今年中に現れなかったとしたらそれは未来を変えたことになる。私たちの知っている未来が、同じ道をたどらなくて済む」
風が吹く。ヴィパルは一年中気温の差がほとんどないので季節はない。爽やかで、清々しい青空の下に吹く風は、あくまで温度を感じさせない。ただ、二人には少し冷たく感じた。
「王が、俺を見つけられずにいたとしたら地球からアンナ王女を探すっていう思惑も無くなるわけで」
「それなら、私達の望んだとおりに未来は変わる。亜妃様たちはヴィパルのことを知らずに……というか、関わらずに過ごせる」
「だから、平和、だよな。きっと」
そして、黙る。もともと話す機会が少ない二人だ。今は、未来を知っている者同士で話している。二人とドゥッチオそして地球にいる五人だけが知っている数少ない未来。これはいずれ、幻想へと姿を変えそして消える。
ただふたりはひしひしと感じていた。六年後の戦い、それまでの間に起きた全ては自分たちが望んだものが多かったのだ、と。
「地球で時を戻したとき、多分あいつら記憶残ってんだろ?」
ぽつんと、ジェラルドが言う。リナは頷く。
「そうだな。……亜妃様達には私たちとヴィパルの記憶がある。それを持ちながら、この先何十年も生きるのか」
静かな声はきちんとジェラルドに届いていた。
その人生が、望まれたものなのか、ヴィパルから消えるのなら、初めの計画通り記憶もなにもすべてを忘れて六年を過ごしたらよかったのだ。ヴィパル側ではなく、地球側の人々が。
二人の意見は、一致していた。
***
高いビルの上で、ドゥッチオは五人が神木の下から解散していく様子を見ていた。
初めて見る木だ、と彼は思っていた。誰もいなくなったのを確認したあと、ドゥッチオはゆっくりとそれに近づいて優しく触れてみる。
木の幹はしっかりとしていて力強く、それについている薄い桃色の小さな花は思わず守りたくなるようで、飛び散る花びらがどことなく儚い。
先ほどの五人と同じように幹にもたれて座ってみる。上を見上げれば綺麗な桃色と青空のコントラスト。気持ちが落ち着いた。
ドゥッチオにとって、地球に来たことは大正解だった。自分を取り巻く柵もなく、自由でそして地球はヴィパルと違い何もかもが発達していた。不自由なことなどなく、それよりも発達したモノの使い方に戸惑った。
「俺にとっては大正解」
だけど
ちらりと桜を見上げる。
「あいつらにとってはどうだったのか……」
そのつぶやきはどこにも届かない。
そしてドゥッチオは、時を戻す。アンナ女王が現れたその時間まで。
***
戻された時の中に、颯希達はまだ存在していない。ヴィパルとは隔離した別空間なのでヴィパルの時は六年戻ったところから再生されている。
ドゥッチオだけが、一人神木に座っていた。
「驚いたな」
つぶやいてから立ち上がり、神木に触れる。
「これは何年前からあったんだ」
戻した時は、五十年だ。ちょうど、計算上では三十四歳のアンナ女王がどこからか現れる。その場所を探すために、ドゥッチオは時を戻した。
「うわっ!」
少し神木から離れて歩いていたとき、高い声が聞こえた。神木の方からだ。
「いったー」
尻をさすりながら、彼女は姿を現した。神木の中から。
幸いというのか、周りには誰もいなかった。それどころか、今の地球ほどの発達はない。まだまだ、平野や荒地が多い頃だ。
「うわー来ちゃった……」
現れた彼女は、長い薄茶色の髪を風になびかせながら現れた。青と黒が混じった深い紺色の瞳。そして、手の甲にある、傷。そしてなにより、王族だけが着ることを許されている、女王のドレス。
「アンナ女王……! この木から来てたなんてな」
その声に、アンナは振り返った。
「わ、誰か人いた! ねえここってやっぱ地球だよね。どこ? 日本?」
人懐っこい笑顔を浮かべ、アンナはそう言う。
「ああそうだ。……知っていたのか?」
「知ってるもなにも、私たちには全部…………あなたこそ、私のこと知ってるの?」
ドゥッチオの問いかけに違和感を感じたのか。鋭い洞察力である。
「……ああ。知っている。アンナ・フェシュネール王女。たった二年で消えた、幻の王女だ」
アンナはしばらく黙ってから、耐え切れなかったようにプッと吹き出した。
「あははは!! 何それ、おもしろっ」
いきなり笑い出したアンナに呆然とする。それから、しばらくしてアンナは言った。
「私は、初めから王族を継ぐ気なんてなかったわ」
「……だが、学問を学んだり、豪華な暮らしをするのは望んでいたことなのだろう」
「……ランダルに聞いたの?」
「彼は貴女が消えてから数日で王家の印が出ている。次の王だ」
アンナは驚いたようでドゥッチオを凝視した。
「まるで未来を知っているかのような口ぶりね。なんの能力者?」
「……理解の早いことで。時を戻す能力を持っている」
「名前は?」
「ドゥッチオ」
彼女は手を顎に当ててにやりと笑う。
「時を戻すだけじゃないでしょ、ほかにもいくつか使えるんじゃない?」
「……そうだ。だがそれを教える義理はひとつもない」
ドゥッチオがそう言い切るとアンナは頬を膨らませケチーと言う。
「そんなことはどうでもいい。どうやって地球に来たんだ? アンナ女王」
「その呼び方は嫌いなのよ。私は自分自身の欲を満たせれば十分なの。なんてね。…………でね、ある日見つけちゃったのよ。王宮にある図書館にね地球の存在を記す文書が。そんなに詳しく書いてなかったわ。けれど私の好奇心は、とりとめもなく溢れてきたのよ。地球について知ったのは五年前。私が、二十九の時よ」
ヴィパルには地球についての文書がある。それはきっと、ドゥッチオが見たものと同じだろう。たった一つだけに、たった一文だけ記された、〝ヴィパルと同じ時が流れる、違う世界の土地、地球〟。
「どうやって、ここに来たんだ? そういう能力者でもいたのか?」
「あら、あんたこそ」
「俺は、そういう能力者がいたんだ。空間に裂け目を作れる、空間操作の能力者がな」
「……へー、面白い。私はもちろん違うわよ、自力で来たの」
そう言って、いきなり服を脱ぎだした。ドゥッチオは慌てて後ろを向く。
「あら、別に見てもいいのよ。減るもんじゃないし、どうせ一枚着てるしね」
そう言って、くすくす笑う。ドゥッチオは声も出さずに後ろを向いたままだ。
「どうやってきた?」
この返答によっては、ヴィパルになんの力も借りずに行けるかもしれない。
「木に寄りかかって、目をつぶるの。呼吸を木と同化してゆっくりと息を吐く。あ、見ていいよ」
そう言われてドゥッチオは振り向いた。ドレスの下に着るであろうフレアパンツやビスチェ――といっただろうか――だけになっている。それでも十分、目の保養になってしまうが。
「そんな格好で街を出歩くのか?」
「え、だめ? ドレスじゃ目立つと思ったんだけど」
「ドレスも十分だが、それもも目立つ。下のはまあ、いいとしても」
少し言葉がつっかえる。アンナは当然の如く、美しかった。写真で見たことはあるがそれと比にならないぐらいだ。三十四歳という年齢も相まってか、大人の雰囲気が漂っている。
「あら、そうなの? じゃあその上着ちょーだい」
ドゥッチオからの指摘を受けたアンナは無邪気にそう言った。ドゥッチオが身につけている、赤のマウンテンパーカーだ。ちなみにこれは、ヴィパルで使われた硬貨がたまたま、ここでいう金だったので換金し地球で買ったものだ。
「これか? これは男物だし、俺のもんだ」
そう言ってアンナを見ながら
「それに、お前には少し大きい気もする」
「いいわよ別に」
言ったあと、アンナはひったくるようにドゥッチオからマウンテンパーカーを奪った。
「乱暴だな、お前」
「お前お前うるさいわ。私の名前はアンナよ」
マウンテンパーカーを着て、アンナはドゥッチオに近づいて来た。
「じゃ、あなたの能力で自分自身がいる場所に戻ってね。しかも! 未来を変えないように」
目が合う。頭がぼっと沸騰するような、そんな感覚に襲われる。
――やばい、洗脳された。
「あ、あと、私のことは内密に」
「……はい、仰せの通りに」
もうドゥッチオの頭の中にはアンナに言われたことを守るほか、やることはなかった。そして彼は、自分自身の時を止める。
***
五十年が経つ。颯希達が生まれ、育ち、今年でちょうど中学二年生だ。ヴィパルの記憶を持ったまま、余計に成績優秀になり成長した。亜妃や滉もそれぞれ、自分に適した学校に通い、落ち着いた頃。
全員が、あの川原に集まった。連絡も取らずに一発で集まれたことは一種の奇跡ではないかと思っている。
「久しぶり、亮、彩里!」
颯希が声をかける。今回は颯希が一番のりだった。
「久しぶり颯希、髪伸ばしたのね!」
彩里が答える。彩里の発言通り、颯希はヴィパルに帰ってきてから数週間はショートを保っていたのだが途中から面倒くさくなりいつの間にか背中の真ん中辺りまで髪が伸びていた。
「伸びちゃうもんだね。ほかの成長は全く同じなのにさあ」
というのは、彩里・亮はもちろん、颯希も一番初めにあった時の身長、つまりヴィパルで出会った時と同じ大きさをしているということだ。違うところといえば、彩里が髪を団子にしていることぐらいだ。二十一歳程度と言っていたから両者ともに大学生か社会人なのだろう。
「亮はこれっぽちも変化ないね。てか、時が戻ったときも変わってなかっていうか」
「そりゃそうだ。俺は昔から角刈り一筋だからな」
「ちょっとは変えればいいのに。きっともっとかっこよくなるわ」
最後に彩里が語尾にハートマークがつきそうな勢いでそう言った。六年の月日――実質はヴィパルからの六年を合わせるのか――は二人の中をさらに深めているようで。
「ラブラブ全開で少し鬱陶しいわね」
「だよね~、……って、亜妃!」
「久しぶり颯希。これおみや」
そう言いながら亜妃は颯希に缶ジュースを渡す。いつの間にか後ろに立っていた亜妃に驚いた。
「で? あんたは?」
「なにあ?」
口にジュースを含む。オレンジ味だ。少し酸っぱい。
「滉となにか進展あった?」
そして口の中にあるものはすべて前方に勢いよく発射。思わずむせる。
「別に、何も! てかはじめから何もないじゃん!!」
颯希の反応が面白かったのか、亜妃は笑い出した。
「そういう態度が誤解を生むんだろうが」
「……さっきから何! 亜妃も滉も普通に登場できないわけ!!」
「何言ってんの? 誤解もなにも六年前に両思い」
と、颯希の後ろに立っていた滉は言われたが意味がわかっていなかったが亜妃の発言の糸はきちんと汲み取ったようで亜妃は言った瞬間に滉に背中を蹴られた。
「てか、相変わらず小さいな、滉」
亮に言われ、滉は不貞腐れたようだ。
「そうでもないって! 俺、ちょっとは伸びてるし」
唇を突き出しているその仕草は、颯希にしてはかなり可愛らしい仕草である。
数年ぶりの再会も程々にして、皆それぞれ近況報告に入っていた。一番驚かされたのは、
「あ、俺たち」
「結婚しました~」
である。亮と彩里のときの話だ。
「え、マジで」
「いや~、ラブラブっぷりがいたについてるっていうか、そういうことかなるほど」
「俺知ってたけど」
「えっ!」
「颯希とあいつには連絡とってないけど亮ちゃんたちからはちょくちょく来たし」
驚いた。この時は、ただただ驚いていただけである。
「亜妃とか颯希とかないの? こういうの」
彩里に言われ、ギクッとした。こういうの、とはつまりそういうのだろう。
「ないない! てか、ジェラルドに対しての気持ちも結構前に萎えてるし」
「そういうもん? 私は全然大丈夫だっ」
「あんたらは基準にしてない」
と、彩里の発言を颯希が遮る。
「滉は?」
「ない。中学入って色気づく奴はいっぱいいたけどな~」
「あ、それで好きな人が」
「いや、〝ない〟って言ってるだろ」
と、彩里の発言を今度は滉が遮った。
「なんかみんな冷たくない?」
「なあ、久しぶりなんだから実はあんなのありましたーとか、こんなのありましたーとかなあ」
「普段言えないことでもなんでも言ってくれればいいのにねえ」
「冷たいな、みんな」
「そうね、冷たいわ」
と、いきなり二人の世界に突入していった。
「まああの二人はほっといて」
「そだね。面倒」
「髪伸ばしたんだな」
「えっ?」
滉が言う。一瞬、理解が遅れたがああと思った。六年前と違い、髪を伸ばしていたのだと。
「なんで?」
「家に帰っておばあちゃんの若い頃の写真見たら、わたしにそっくりでさあ。いや、モロに継いでたね。マジで。髪伸ばしたらどうなるかな~とか思ってたり、前は入んなかった部活に入って、切るのが面倒になったりしたら長くなってた」
ちゃんと滉に説明すると滉は納得したような驚いたような表情をした。
「おばあちゃん、てアンナ女王だよな」
「うん」
「モロに継いでるってそりゃ、王家の印も出ちゃうわ」
これは亜妃。颯希の隣に座り、よくわからない会話で盛り上がっている彩里と亮を見ながら言っていた。
「結構似合ってるな、髪」
滉に言われた。嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。ちょうど風吹いてきて、ゆるく結んでいた髪ゴムが外れた。滉の方に颯希の薄茶色の髪がなびく。
「あ、うん、ありがと」
「しかもめっちゃいい匂い。なに? これ」
となりで亜妃の笑い声が聞こえてくる。(実際には笑っていないが、亜妃の顔からにじみ出ていた)というか、そういうのって言っちゃうもんなの? という颯希の問いかけは誰も答えてはくれない。
「……シャンプー……じゃね?」
照れ隠しに言う言葉使いが悪い。恥ずかしくて、しかしいい匂いと言われた嬉しさも相まって顔が火照る。
「え、なになにお二人さん」
「まさかの?」
「いや~六年越しでも愛は冷めずに」
ほっほっほっとよくわからない笑い声が聞こえてくる。順に彩里、亮、亜妃の順だ。強い風が連続で吹いてきて颯希の髪がボサボサになった頃だ。少しイラついていたのもあったが思いのほかでかい声が出る。
「うるさい!!」
だがその声は隣からも聞こえ、滉も叫んでいたのだとわかった。
「いやあ、ねえもう。若いっていいわねぇ」
と彩里が軽く気色の悪い声を出してこのやりとりはなくなった。
それから一人ずつ軽い近況報告と必要があれば連絡先の交換。(彩里が全員に渡して全員からもらっている)などをしてからそれぞれ予定があるということで自然に解散となった。
***
ドゥッチオは強い風によって目を覚ました。今まで、幾度となく激しい雨や風に当てられてきたが今回は彼自身がその時間に起きることを望んでいたためか、目を覚ましたのだ。
まず気がつくのは川原に集まる年齢層がバラバラな五人。どういう集会なんだ? そう考える間もなく、ドゥッチオはただひとりから目をそらせられなかった。
アンナ、女王。
頭の隅では、あの五人が亜妃たちだということを理解できていた。ただそれ以上のモノが彼にとり憑いていた。
――じゃ、あなたの能力で自分自身がいる場所に戻ってね。
俺自身がいる場所、それはここだ!
そう強く願う自分と、反対にヴィパルが自分の居場所だと叫ぶ自分がいる。
林の中にいて、五人の動きを探りにくかったドゥッチオだがそれぞれが別々の帰路に着くところをきちんと確認した。
体と思いがうまく噛み合わなくて体の中でズレが生じているような感覚。気持ち悪い。
「……ああっ!」
小さな足掻きも虚しく、ドゥッチオの体は完全にアンナの洗脳に支配された。
――しかも! 未来を変えないように
「……仰せの、通りに」
苦しい。そう思う自分と気持ちいいと感じる自分がいる。体が、勝手に動く。
そして時は再び、戻された。
それからドゥッチオは、戻された時の中でヴィパルへと行った。
***
地球の神木からヴィパルへはいつかジェラルドから聞いた亜妃が現れた場所につながっていた。ただ、亜妃はジェラルドが引き入れたためそれは単なる偶然だろう。
「ジェラルド」
朽ち果てた木の近くにいたジェラルドに声をかける。ドゥッチオが知っているジェラルドとは明らかに違った。
呼びかけられたジェラルドは驚いたように勢いよく立ち上がった。
「……な、お前どうやって!」
「変わったな、お前」
語りかけてくるドゥッチオにジェラルドは訝しげに視線を飛ばした。
「お前、どうやってきた、どこを通って……。俺の力なしに」
「知ってたか? 地球とヴィパルはあの木で繋がってるってこと」
そういうと、ジェラルドは黙る。ドゥッチオが知っているジェラルドはもっと高貴なモノに身を包んでいたはずだ。だが今は、どこかの農村に暮らす者と同レベルの服装。身分が変わっていないのか。
「ああ、知っている。俺がこの能力で地球に行けるとわかった日からな」
ドゥッチオは息を吐いた。本当は体の中で時を戻せと叫んでいる。アンナの命令通りに動くのは少し尺だ。震える手を抑えて、ぎりぎりまで真実を暴く。
「なぜそれを、王に言わなかったんだ?」
「……知ったら王が、地球に行って帰ってこないような気がしたんだ。……亜妃も、俺が無理やり引き込んでから地球へ戻りたい一心だっただろうし」
「つまりお前は、自分が一人になるのが嫌だった、ってわけか?」
ジェラルドからは何も返ってこない。その無言が肯定の意を表す。
「お前がそういうことしなければ、未来は変わってたかもしれない。さらにお前は、王が最も欲するものを隠蔽していた。重大な違反行為だ。……最低だな」
「……ああ、返す言葉もない」
ジェラルドを横目で捉えてからドゥッチオは一歩前に出した。そろそろ限界が近づいている。さっきの言葉も、要所要所で震えていた。その震えを怒りと受け取ったのかジェラルドはかなりシュンとした様子だが。
「リナは王宮勤めか?」
「そうだ。なんでもラド家の当主に選ばれたとかなんとか」
「それはすごい出世だな」
「……そうだな」
「お前はいいのか? 多分、その能力と木の情報を王に渡せば七人才の仲間入りだろ?」
しばらく返事が返ってこなかった。
「いいんだ。地球を攻めたら、せっかく俺の力で帰した亜妃の未来がまた変わる」
そういうところがむかつくんだ。
「お前、亜妃に会いたいんだろ? 王に奉仕したいだろ?」
ジェラルドの肩はびくりとはねた。洗脳はまだ解けていないのだろう。この国に疑問の欠片も持っていないのか。
「お前は力を使えばまた亜妃に会える。すこし王様に力を見せればきっとそばに置いてくれる。……自分のことより地球の運命がとか、亜妃の未来がとかそういうのを優先するのか? 俺が知ってるジェラルドは欲望に忠実だと思っていたんだがな」
「…………」
黙るだけ。くそっ。心で悪態ついて歩き出す。今のジェラルドはとことん面白くない。
「…………俺は、お前の言う通りだ。ただ、欲望に忠実だった頃とは違う。守るべきものも、守りたいものも見つかった。お前に出会ったばかりの、自分勝手な七人才のリーダーとしてはなく一人の男として言いたい」
風が吹いた。地球の季節は確か春だ。戻してきた今、もう二度と地球には行かない否――行けないだろう。
「俺は、自分のためじゃなく誰かの為に生きて、誰かの為に死にたい。そう思える程の主人と、女に出会えたんだ」
目を細めた。
「そうか」
聞きたいことは十二分に聞いたし、言いたいことも十分言った。
「邪魔したな」
そしてドゥッチオは再び時を戻した。戻す寸前に見た、戻す構えをしたドゥッチオを見たジェラルドの顔は、ただ驚きに支配されていた。
***
「えっ」
となりに知らない女の人が倒れている。しかもかなり、かわいい。
「あの、すいません、大丈夫ですか?」
*
体を揺らされて彩里は目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
そう言って顔を覗き込んでくる人と目があった。うわ、かっこいい。
「あ、え」
自分が置かれている状況を理解するのに少しかかった。道路に寝ている。倒れたのか。
「あ、はい、大丈夫、です」
「ああ、良かった。倒れてたから何があったのかと」
「……ただの貧血だと、思います」
それが二人の出会いだった。
*
「いったー」
頭をぶつけた滉が起き上がった。肩から服がずり落ちて驚く。
「うわっ。ふくでけぇー!」
かっけー! とよくわからない感想を述べたあと勢い良く立ち上がって走った。
「かあさーん! どこー?」
家に向かうようだ。
*
髪ゴムがゆるかったのか真っ赤な髪が亜妃の顔にかかる。
「あれ、ゴムどこだっけ?」
木に寄りかかっていた亜妃は何も考えずにそれだけ言って歩き出した。
「あれ? 今日何曜日だったけな~」
と一人つぶやいて歩き出した。
「頭痛いしなー。学校休もっかなー」
誰もいない細道に亜妃は入っていった。
*
「ん、あれ?」
どこかの川原。周りには誰もいない。風が吹いた。ぶかぶかな服に、長い髪。
「こんなにかみの毛長かったけな~。ふく大きいな~」
小学二年生に戻った園枝颯希が笑う。
「ま、いっか」
***
それぞれがそれぞれの帰路についたころ、ヴィパルモ地球と同じように時を戻された。ジェラルドはあらぬ事件の容疑者になっていた頃だ。ほかの七人才もそれぞれ自分のいたところに戻されている。
ドゥッチオは高い木の上に立っていた。
アンナの命令だけが頭の中に居座って、体を支配している。自分で考えることさえも、アンナの命令にどれだけ忠実でいられるかということだけだ。
――じゃ、あなたの能力で自分自身がいる場所に戻ってね。しかも! 未来を変えないように。あ、あと、私のことは内密に。
「仰せの通りに」
そして未来は、繰り返される。
皆様、ここまで読んで下さり本当にありがとうございました!!!
無事、最終回を迎えることができました。最終回は今までの倍以上の文字数でございます(#^.^#)
えー特にこれといって事件はなかったのですが、もともと完結させていた物語だったので順調に投稿できました。去年の終わりぐらいから今年の初め、約一ヶ月程度の更新でしたが読んでくださっている方がいることをアクセス数で確認しつつ←日々頑張りましたっ!
最後の方、無理やり終わらせた感があります。個人的にも、もう少しなめらかに行きたかったのでいつか暇があったら書き直したいと思います。
では皆様。ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。またどこかで会ったときはよろしくお願い致します。長文、失礼いたしましたっ!!




