50-コクハク-
「王が了承してくれたみたいよ、あなたに命令するのを」
リナから聞いたとき、亜妃の中で何かが破裂した。言いながら、こんなことが言いたいんじゃないと思う。
「そっか」
一言、ジェラルドはそれだけ言った。それからしばらく沈黙が流れた。何か言いたいのに、言いたいことが見つからない。拳を握って、亜妃は口を動かした。
「……もう、……会うことはないからね、もう会わない、もう、会えない」
ジェラルドが立ち、ゆっくりと亜妃の方に歩み寄ってくる。
「お前は、反乱分子じゃないってこと、だよな」
初めて好意を抱いた相手が、ゆっくりと近寄ってくる。亜妃は頷いた。
この数年、辛かった。それと同じぐらい、誰かを好きになった。その思いを失うのは、すこし、悲しい。
「俺は、お前のことが好きだったよ……割と」
ぽん、と頭に手を置かれた。先程まで敵対していた相手とこれほど近づくなんて。最後に付け足されたのが何となく照れ隠しなのだと亜妃にはわかった。もともと両者ともにここでの戦いは本気ではなかった。――王宮のアレはどちらも本音をぶつけていただろうが。
ジェラルドに言われた言葉に、亜妃はあまり驚かない。互いに気持ちは伝えていないが、七人才のなかで二人だけ親密だったからだ。
「それは、どういう意味で?」
親密な空気が流れていただけでどうのこうの、何かがあったわけではない。ただ両者が互を互いに強く意識していたのが周りにダダ漏れだっただけだ。互がすごく、大切だっただけだ。
「もちろん、そのままの意味で。お前という存在が好きだな、って思うんだよ」
亜妃は背が高い。ジェラルドはそれよりも背が高い。自然と亜妃は、ジェラルドを見上げる。
「この数年、あたしは、ジェラルドがいたから、彩里たちがいたから、頑張ってきた。あなたに言われた、『笑えよ』て言葉通り、あたしは笑って過ごそうとしてきた。……楽しかった、少なくとも、あたしのことを容姿について悪く言う奴がいなくて、嬉しかった。……あたしを彩里たちから無理やり離した相手のことをあたしはいつの間にか、尊敬していた」
一気にいう。視界が潤んで、少し目頭が熱い。
「知ってる」
ジェラルドにそう言われて、気持ちが溢れた。リナから地球へ帰れる算段を聞いたとき嬉しいはずなのに、どこかで悲しかった。それはきっと、ジェラルドへの好意と、尊敬と、ここでの記憶のせいなのだろう。
「あたしは、ジェラルドが好き」
笑えた。頬は固くてあまり上がらなかった。きっとすごく、ぎこちない。それでも、『笑えよ』と言われた言葉に忠実に従いたかった。
「うん、知ってる」
そう言われ、なんとなく笑いが溢れる。涙を拭き取りながら、亜妃は続けた。
「……でももうあたしは地球に行くから。記憶はなくても、気持ちを忘れても、きっとあたしはもう屈しない。どんな時でも、笑って過ごしたい」
「……うん、頑張れ」
頭をくしゃと撫でられた。そこから伝わる温度が、暖かくて現実だと感じられて亜妃の頬には涙が伝う。
「あなたが能力を使わないと誓ってくれるなら、あたしたちはもう二度と会わない」
ドゥッチオの能力。それは時を戻すこと。過去を戻しても、今の記憶がなければ未来は変わらない。頭の一部の少し冷静な頭でそう思っていた。
「でも、俺ごと時を戻すって言ってるし」
亜妃の発言に驚きながらもジェラルドは言う。
「あなたの時は戻しても、記憶を戻さなければいい」
「どうやって?」
聞いてからジェラルドは気づいた。
「あたしたちの時は始め戻らない。あたしの能力は、記憶の改変よ?」
亜妃が少しいたずらっぽく笑う。
「時が戻った俺の記憶を改変するってことか?」
「そのとおり。今の会話を、全部ね」
今度は完全に涙を拭き取り亜妃がくるりと後ろを向いた。
「ジェラルド、たった一年ぐらい。あたしたちが関わったのは。でも、苦痛ではなかった」
そして振り向く。ジェラルドの顔を目に焼き付けるように、じっと見つめた。
「楽しかったよ、生まれて初めて好きな人も出来たし、思いも通じ合えたしね。ありがとう」
ジェラルドは頭を掻いてから、髪をグシャグシャにする。
「俺も、楽しかった。……その、ちょっと、恐怖政治だったかもだけど、その、俺だって好きな奴いるし、そいつも俺のこと好きだって言うし、十分、充実してるっていうか」
「アハッ、リア充め」
「……なんだそれ?」
「地球で言う、彼氏あり、彼女ありの人たちのことだよ」
なっ、とジェラルドは言う。それがなんだかおかしくて、しばらく笑う。
「何がそんなに」
「……いや」
笑って出た涙か、悲しくて出た涙かわからないがそれを拭き取り亜妃はジェラルドと向き直る。
「ただあたしは、ホントにちょっと趣味が変だな、って思っただけよ」
「ホントにちょっと、て意味おかしくねえか?」
「そうだね」
少し視線をずらして空を見る。一瞬だった。颯希が現れてから地球に戻るまでは。
「ありがとうジェラルド」
見上げてから、ジェラルドの顔を見る。
拭き取ったはずの涙が、また溢れそうで思わずこらえた。
「なんだよ」
顔を見たまま何も言わない亜妃にジェラルドは照れているようだ。かわいいな、そう思って笑う。
「言わない、後でいう。目が覚めたとき、あたしの記憶、全部思い出して泣いても知らないよ?」
「泣かねえよ、絶対」
亜妃に茶化されてジェラルドは少し気分を損ねたようだ。その様子がおかしくてまた少し笑った。
「絶対だよ、ジェラルド」
繰り返されてジェラルドは少し悩んだようだ。こんなことを言う。
「泣くかも、しれねぇ」
キュンときて亜妃は目をつぶる。
「じゃあね、ジェラルド」
別れを告げる。思いは告げた。通じ合えた。ジェラルドに思い残すことはない。
「またな、亜妃」
まるでいつもの別れのように、もう二度と会えない相手にジェラルドは言う。
また会えないよ。
そう呟いて、亜妃は彩里達のほうへ走っていった。
***
「亜妃!」
彩里がさけんだ。亜妃は一直線に彩里に向かう。そして抱きついた。
「いっぱ言いたいけど、とりあえずこれだけ言う」
彩里の体に顔を疼くめたまま亜妃は言った。亮と滉の羨ましいような視線が少し面白い。
「ありがとう、あたしを迎え入れてくれて、あたしを怖がらないでくれて、あたしを大事にしてくれて、気にかけてくれて。……大好き」
「わたしもよ、亜妃」
そんな二人のほのぼの会話を見ながら颯希は思った。地球ではその容姿から少し距離を置かれたのだろう。日本の学校に通っていたのなら。
いっぱい言ってんじゃん。
滉のつぶやきが颯希の耳に入った。一瞬、意味がわからなかったが、亜妃の〝とりあえずこれだけ言う〟から思ってるのであろう。
「いいじゃん、別に」
「何が」
「亜妃だって滉と同じように彩里に救われたんだから」
目頭に溜まった涙を拭き取って颯希は言った。
「あ~その、滉ってさよく彩里と亮に耳打ちされて顔赤くなったり、なんだかんだ……そのなんていうか助けてくれたりあ、えっと何が言いたいのかっていうと、滉のこと嫌いじゃないよっていうか……あ~違う、そのなんていかありがとう、っていうか……」
その颯希の発言に場は静まり返った。へっ? と間抜けな声を上げるも、颯希に今の状況を説明してはくれない。
「え、なに? なんかおかしい?」
明らかに笑いをこらえているのは彩里と亮だ。にやにやした顔を浮かべている。亜妃も状況はわからないらしいが何かを察したようにすぐに二人の風景に溶け込んだ。滉は……顔を少し赤らめて颯希から視線をそらした。
「あらあらあらっ。颯希、滉のことどう思ってるの?」
「へっ? ……別に、嫌いじゃないよ、っていうことを」
「滉、颯希お前のこと嫌いじゃないそうだ」
「えっ?」
亮に言われて気がついた。――え、もしかして彩里たちの耳打ちってそういうこと? そういう内容だったの?
「俺には関係な」
「なくないでしょ!」
と、滉の発言を彩里が遮る。あーそういうことか、納得ガッテン。
「滉、颯希のこと好きでしょ? ほら、白状しなさいっ!!」
どういうテンションなのか彩里は滉に詰め寄った。
「……俺も、だけど。べつに颯希は嫌いじゃないけど……そういう気持ちも持っていない!」
まわりのニヤニヤが目に入ったのか、滉は最後の方投げやりに叫んだ。
目を見張る。真っ赤になった滉にそう言われて少し傷ついた。傷ついた自分に驚いた。
「……滉、わたしもしかしなくても滉のこと好きだよ。……多分」
「はっ!?」
言ってから自分で気づく。
――それただの、告白じゃん!!
「いや颯希~多分、はないんじゃないの?」
にやにやしながら亜妃が言った。あ、くそ、今あいつのことめっちゃ倒したい。
「ねー、滉。颯希の告白への答えは?」
と自然に矛先を滉にすり替えているのだから彩里はなんとなく恐ろしい。
全員の視線が滉に集まった。滉は一気に顔を赤くして腕で隠す。
「別にその、好きじゃない! さっきも言ったけど、普通に好きっていうか、嫌いじゃないっていうか。人として? うんそう! 人として嫌いじゃないよ、って言ってるだけであって!!」
焦ってる、滉がめっちゃ焦ってる。その様子がなんとなくおかしくて颯希の口角が上がる。彩里は滉から離れ、少し周りの三人と相談するような態勢に入った。声は見事に聞こえない。
「……颯希のうなじにドキドキしたのに?」
彩里が言う。滉はうっ! と言う。殴られたような衝撃が走っているのか。
颯希は思わず、首筋を抑えた。
「風になびいた颯希のショートカットから香るシャンプーにドキドキしたりしたんじゃないのか?」
亮が言った。いやなにそれ、的確すぎるだろ。という颯希のツッコミもスルーされ、滉の顔は言われるに連れ赤くなる。そして颯希は途中で気づいた。これ、言われる方も随分恥ずかしい。
「何、それ」
笑いをこらえたように言った。止めは亜妃だ。
「……黙れ!!」
息が乱れていて顔が赤い。見ていて言われたこっちが恥ずかしい。
「あ、あの二人が言ってるのは!」
「真実デース」
滉を途中で遮って亮と彩里が同時に言った。二人の方を向いて唸る。
「えっと……?」
しばらくの沈黙。少し離れたところで三人の笑いをこらえる声が聞こえる。
「お前は、どうなの?」
「はい?」
「俺のこと、その、好き? なのか?」
言われた顔がほてった。先に告白したのは颯希だ。ダメージは滉の方が大きいが。
思わず視線をそらし、言葉を濁らせる。
「うん、そうだね、別に嫌いじゃあないけどね、どうせ記憶なくなっちゃうし、ね」
「ね、じゃなくて、どうなんだよ」
こうは先程とは一点、開き直っているのかなんか積極的だ。
「そうだね、好き、だよ。うん」
自分で言って頷く。ちらりと滉を見ると赤くなっていた。
「そか、わかった」
何その態度!
内心思いながらも顔には出さない。少しそっけない態度が照れ隠しだと分かり逆に照れる。
「滉は、わたしのこと」
「うん、好きだよ。ホント大好き」
この気持ちは忘れたくないくらいに。
そう言われてはいないが合わせた目がそれを語る。
「時は戻すよ、六年間分。みんな、ここでの記憶がないように」
亜妃が言った。
「ただ、記憶を残すことは可能だってこと、知ってた?」
それは、ドゥッチオの能力によるものだ。同じラド家を従えているだけあり、リナやほかの者たちからの情報を得ている。
「リナに言って、ドゥッチオにそうさればOKじゃない?」
頷いて嬉しさがこみ上げる。この記憶は残って気持ちも消えない。ただ成長と、地球の時がもどるだけ。
「あたしからの合図しだいで能力はすぐに発動するはず」
亜妃がリナに視線を飛ばす。リナはすぐにこちらに来た。
「準備出来ましたか?」
「いや、全然?」
亜妃の即答にリナは驚いたようだ。
「ではなにを」
「ドゥッチオって、人間の成長とその舞台の時を戻せるよね」
含んだような笑みでリナを見る。リナはピンときたように頷いた。
「思いつきませんでした。ヴィパルの時を戻し、ここでの記憶がなくなれば亜妃様たちは幸せになれるものだと」
「……思いのほか、この地で大切なものを見つけちゃったんだよね。みんな」
そう言ってリナに笑いかける。リナは亜妃に陶酔してるよな。滉に言われて、颯希は頷く。
「すぐにそうするよう言います」
そう言って、すぐに移動。
「リナって亜妃のこと大好きだなんだよな」
亮が言う。亜妃は少し悲しそうに頷く。
「あたしのためなら命を投げ出すような子よ。きっとあの子だけ、時を戻さないんだろうね」
亜妃様、私は最後の一人になりますが亜妃様を見送ります。
リナからの伝言の時、その言葉に胸がいたんだ。
「リナはあたしの記憶を消したくないのでしょうね、きっと」
そう言ってから振り向いた。亜妃の隣にいた彩里と亮の肩を持つ。彩里は滉、滉は颯希、颯希は亮の肩を持つ。
「あたしたちは、絶対に繋がってるから」
亜妃と滉の繋がりは薄いだろう。だがきっと、強くなれるはずだ。
「記憶が残っている限り、あたしたちは絶対にどこかで会いましょう」
亜妃の発言に力強く頷く。
「戻ったらすぐ、近くで会おう」
滉が言う。エンジンを組む形でみんなの顔が近くにある。滉の顔が近くにあり、颯希はドキドキしていた。
「どこに住んでる?」
その発言で、会う場所が決まった。




