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37-過去 滉-

 時折吹く強い風に、滉は何度も体勢を崩しかけていた。もうまっすぐ歩いたほうが母親も安心できるのではないか。坂を転げ落ちればそこには氾濫した川しかない。そして、春一番と思われる強い風が、滉を襲った。


「滉!!」


 今回はいつものようにはいかなかった。風にあおられた際に、滉は足をくじいたのだ。起き上がろうにも、手は芝を滑り、つかめない。止まろうにも、片足で踏ん張ろうとして滑る。氾濫した川は、いつもならある平らな部分が川で埋め尽くされていたためこのまままっすぐ行けば滉の死は確実だった。母親はそれを感じると一気に土手を下り、滉を助けようと手を伸ばした。


「かあ、さん」


 もう坂は終わりだった。あと一歩で川に入る。


「大丈夫、母さんがいる」


 その瞬間、川に落ちた。耳にゴーという音が聞こえ、強い流れに押される。母親は滉のことをしっかりとつかんでいた。川の中では口の中に水が入り、吐きだそうとすると息まで吐いているようだ。上に上がろうともがくが服が水を吸い込み重く、なかなか上がれなかった。苦しい。強い流れが身体を押していく。その時、腕を掴まれた気がした。一気に水面に上がる。


 激しく咳き込んで空気を取り入れた。少し見えた顔が、母親の顔と重なる。


「か、あ」


 咳が襲った。しかし、隣には女の人の手が見えた。よく見ると先ほど母親が着ていた服を着ている。茶髪の髪は濡れていた。滉の隣には、母親がいたのだ。


「かあ、さん?」


 息が乱れた。川へ落ちたときのショックが収まらない。泣き出しそうになる。肩を掴んで、思いっきり揺らした。


「母さん、母さん……おい、母さん!」


 口調が変わる。ぼやけた目をこすると、やはり目の前には人がいた。髪型や色が、母親にそっくりの。


「おいあんた、俺の母さんを助けてくれ、俺が川に落ちそうなのを、助けてくれたんだ!」


 今度は目の前にいる女に縋る。肩から揺らすが、女は視線を逸らした。


「おい!!」


 滉の声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。女は静かに首を振る。


「だめよ。もう手遅れだわ」


 力が抜けた。膝立ちになる。


「そん、な」


 何でだ。頭を抱えた。同じぐらい水につかっていただけなのになぜ、それだけで手遅れになる。手遅れってなんだ? それはつまり、


「もう、死んだってことか」


 かすれた声で、滉は言う。女は――彩里は頷いた。


「どうして!」

「水を多く呑んだのが原因じゃない。頭に、何かに強く当たった跡がある。原因はそれ。運悪くその傷は人間が一発で死ぬところにあって、即死」


 簡潔に、そして今必要な情報だけを伝えた。


「母さん、母さん、そんな……俺の、性で」


 滉は母親にすがり泣いていた。あんなことしなければよかった。何が楽しくて、何が大丈夫だ。自分の行動を、後悔した。


「母さん」


 絶望に打ちひしがれた子の泣き顔と声はえらく、身体に突き刺さるものだった。


***


 息を吐く。彩里を見るとまだ治療をしている。やはり時間的には一秒にも満たない。先ほどと変わらぬ光景が目に飛び込んでくる。


 どちらも大切な人をヴィパルで失っていた、のか。ギュッと拳を握る。シモーナの視線を感じた。心の中で颯希は


(ありがとう)


 と言った。シモーナは頷く。


 亜妃とジェラルド、その後ろに縛られた二人、リナ、颯希の陣。まだ一分も経っていないだろう。ジェラルドの笑みは変わらない。


「どうする? とりあえず王の治療はしてもらおうとは思うけど」


 ジェラルドが言った。


「そうね、そっちの方があたし達にとっても都合がいい」


 Tシャツになった亜妃は構わずナイフを腕に仕込んでいた。後ろでこっそりとそれを握る。ここで戦うつもりか?


「とりあえず、場所変えるか?」

「……結構よ」


 しかし、場所はかえることを余儀なくされた。後ろから一筋、何かが来る。気配を感じ振り返ったときには颯希の目刺さる手前だった。膝から崩れる。


「あら、危ない」


 青い髪の女。植物を操るエルシリア、だろうか。颯希の目の一歩手前にあったのはバラの茎だった。リナが素早くナイフを投げ、そのバラを根元から落とす。


「……気に入ってたのに」


 エルシリアも含め、この部屋を囲むように、他の七人才がいた。


「おいリナ、俺たちの縄をほどけ」


 滉が言う。リナも、こうなっては危険と思ったのかすぐに解く。


「なに、あたし達はどうすればいいわけ?」


 七人才に囲まれた亜妃は、冷や汗を流しながら言った。さすがにこの状況は下手に動けないと悟ったのだろう。颯希自身、滉に起き上がらせてもらうまで心臓の鼓動が体に響いていた。


「場所変えるか?」

「……そうね」


 ジェラルドが指を鳴らす。そうすると、今いた部屋から彩里も王も全員がミナイトの西に来ていた。人通りが少なく、――颯希と滉が初めてリナと戦った場所。


「えっと……俺たちは、お前らを捕まえる」


 見事な棒読みだ。どこからか指示されているのだろうか。


「この女はお前らの人質だ。危害を加えられたくなければ大人しく投降せよ……で、いいだよな」


 周りの七人才に確認する。敵を捕まえるときに言うべき文句なのか何かは分からないがとにかく、捕まりたくはなかった。五人で背中合わせになる。シモーナはやはり、どこかへ消えた。隠れているのだろう。こういう時に使えずに七人才である意味がないと感じざるを得ない。


「どうする?」


 颯希が言う。


「金髪が俺たちをこっちに連れてきたんなら、きっとこっちから戻れるはずだ」


 亮が言った。それに続いて、滉と亜妃が言う。


「……俺、戻りたくねえな」

「何言ってんの? 一生ここは嫌よ、さすがに。七人才なんてなりたくないわよ。ドゥッチオに言って時間を戻してもらえれば万事オーケーよ」


 その案は滉と亮にとって願ってもいない申し出だろう。ただ、その場合ドゥッチオという人物も地球に来なければいけないのでは、と思ったが口には出さない。


「それは、つまり、俺たちの記憶も全部なくなるけど元いた時代に、元いたところに帰れるってわけだよな」


 滉の目が輝く。時間を戻すことで、ヴィパルへの記憶をなしにして何も知らずに、ここに来る前に戻れるということが可能ならば。――亮の恩人が生き返ることも、滉の母親が生き返ることも可能だというのならば。


「分からないけど、多分やれる」


 亜妃の言葉は、二人を奮い立たせるのに十分だった。


「よしやるぞ!」

「行くぞ!」


 亮と滉が気合を入れた。颯希は別に時間を戻してくれなくてよかったがいつか彩里に言った〝救い〟を思い出した。足手まといにしかならないように、どうにか戦おう。


「お、やる?」


 ジェラルドが言う。それぞれが頷いた。


「じゃ、せーので誰と戦うか決めるか」


 颯希の前にはさっきの女、亮の前には背の高い男、滉の前には飴を舐める男、リナの前には赤いマントの男、そして亜希の前にはジェラルドがいた。


「いいわよ、そんなことしなくて」


 それぞれが目の前にいる敵を見る。


「目の前の敵をただ、倒すだけ」


 後ろにいる亜妃の表情は分からないが多分笑った。


「あなたたちが負けたら、あたし達の言うことを聞いてもらうわよ?」


 亮の賭けと被る。亮を横目で見たが、目の前にいる敵を凝視していただけだ。

 ジェラルドはたっぷり間を開けてから言った。


「いいだろう。俺たちは負けないからな」


 一対一、しかも一応空手を習っているといっても颯希は所詮ひとりの少女だ。そんなのがこの戦いに勝利できるとは颯希自身想像がしにくいものである。この勝負に負けた場合、この国の王位でも継がされるのか? そう考えてやる気が出る。それだけは嫌だ。興味のない、と言い切れないが人には適材適所というものがある。


「よし、行くよ」


 亜妃の言葉に力強く頷く。わたしがいるべきなのは、地球だと信じたい。


「せーのっ」


 掛け声に合わせて一斉に目の前にいる敵に向かって行った。


そろそろ最終決戦。

これからまだ続く!

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