30-コドモ-
倒しても、気絶させているだけなのでいくらでも起き上がってくる子供たちを見て颯希は悪態ついた。
「早く、亜妃のところに行きたいってのに!」
門番に鍵のところに案内され、牢屋の鍵を開けた瞬間、こうだ。子供たちは、凶暴と言うより見たことのない者たちに怯えているようにも見えた。
気づかないうちに後ろに回り込まれ、腹を抱えられ、動けなくなる。舌打ちをして、肘を腹にいれる。割と大きめな子でよかった。子供は気絶したようだ。その瞬間、顔の横を風が通り過ぎた。振り向いたときの体勢から、子供が回し蹴りをしたのだとわかる。
リナは状況を見ていた。不利だと思われていたが、子供たちは武器を出すわけではなくずっと素手で戦っている。第一、武器になりそうなものが周りにないので当たり前なのだが。
向かって来た子供を一蹴してからイヤホンで問いかける。ノイズしか返ってこないのを見て、壊されたと考えた。
「亜妃様」
一人呟く。感傷に浸りかけたが、目の端にリナたちが入ってきた開きっぱなしの扉から逃げようとする子が目に入った。ナイフを投げその行動を制する。
「ひぃっ!」
子供は両手を上げリナを見た。
「どこへ行く」
ナイフを構え、射程圏内に入る。
「言え」
子供は恐怖に怯えたように力を失い、へなへなと倒れこんだ。
「こ、ここから逃げようと思って」
「なぜだ? 貴様らはここの兵士となるために連れ、育てられたのだろう?」
連れてこられたと言いそうになり一瞬詰まる。元の記憶を刺激するような言葉は言ってはいけない。元には戻らないと確証を持って言えることだが一応の保険だ。
「違うだろ」
わなわなとふるえながら子供はリナを見た。洗脳され、光を失っていたころの瞳と違う。ハッとして、気が付いた。まさか、子供たちは
「お前たちが、僕たちを勝手に連れてきたんだろうが!」
記憶が、戻っている……?
***
パチン!
小気味良い音が響く。亜妃が、ジェラルドの頬に平手打ちをかましたのだ。
「いったー」
そんなに痛くなさそうにジェラルドが言った。ジェラルドはきっと、とっさに空間を歪ませた。亜妃の手が一瞬消えたように見えたのだからそうだ。いい音が鳴っても、実際に与えられたダメージは半減以下。ジェラルドよりも、空間のゆがみに巻き込まれた亜妃の手の方が重傷だ。
「そっちこそ、もうあたしは、あんたの言いなりには絶対にならない」
殴られたところに触れる。ギュッと力を込めるとその傷は癒えた。いや正しくは違う。
「ホント、お前の能力便利だよなあ」
これは、亜妃の能力の一つで亜妃は自分の記憶通りに自分を治すことができる。つまり、何時間前の記憶でもその時の姿を覚えているのならその時の姿になれる。これは時間を戻したと同じことだが自由に戻せるのではなく想像した姿でもなく一瞬でも世界に存在した自分の記憶の中の自分に戻せる能力なのだ。これは、他人にも使える物である。ただ、記憶の中の自分が確実に今の自分より劣っている、と言う場合本人が希望しない限り絶対に使えない。
言った後、ジェラルドに頭を撫でられそうになったので思いっきりはじく。
「こっちに来るな、触れるな」
一瞬、寂しそうな顔をするがジェラルドはお構いなしに続けた。
「使いようによってはいい力になる。ほら、早く、俺のもとに戻ってこなくちゃ」
「戻ってくるも何も、はなからあんたのもとにはいないわよ」
ここからは時間稼ぎだ。どんなにボロボロになろうときれいな時の自分を覚えていればいいだけの話。思わず、口角が上がった。颯希達が来るのは時間の問題だ。
***
リナはイヤホンで全員に回した。
『子供たちは全員、記憶が戻っている!』
驚いた四人は周りにいた子供たちを凝視した。そうか、そうすることで子供たちは王国の者を敵と見なすことができるのか。
『リナ、何でだと思う?』
颯希に問いかけられ、リナは言った。イヤホンは便利だとつくづく感じる。
『多分、時間を戻されたか元の記憶を新たな記憶として入れられたか……』
目の前にいる子供と同じ位置になろうとしゃがみ聞いた。フードをとると子供は些か安心したようだった。
「どうして、そうだと思う?」
「そうって、だって、赤毛の人が命令してる男たちに僕、捕まっちゃったんだもん」
「でも、今まで兵士になるための訓練をしてきたのだろう?」
「そんなものしてない! ここに来たのだって初めてで……」
そして泣き出す。子供は面倒だと思いながら今の会話で分かったことを回す。後者ではない。
『時間を戻されている』
前者は七人才にいる者の能力、しかし後者は亜妃にしかできない芸当だ。今、目の前にいるのは比較的初めの方に連れられてきた子供だ。男なので体格もよくがっしりとした体つきになっていたのはそう遠い記憶ではない。
『時間を戻せる奴っているの?』
彩里に聞かれ、リナは頷いた。颯希は一人の男の名前を思い浮かべた。
『つまり、そいつの性で子供たちは誘拐された当初の記憶に戻っている、と』
『ああ、そうだ』
壁に刺さったナイフを抜きながら滉の意見に賛同する。そうだ、つまりはそう言うことなのだ。
亜妃は七人才に裏切られた、ということなのだ。
***
「あんたさ、わかってたんでしょ?」
「何を?」
「わかってて、あたしを自由に動かしていた」
ジェラルドの視線が刺さる。痛く、そして何とも冷ややかなものだった。
「あんたはずっと、あたしを見張ってた。……あたしもずっと見ていた。互いに、互いの部下で監視しあってたなんてずいぶんおかしな話よね」
そう言うと思わず笑った。
七人才に入りたての頃、ただただ恐怖だけがとり纏う世界だった。そんな中ジェラルドと関わるだけで、関わっていくだけで、七人才が輝いて見えてきた。ジェラルドの言葉に、憧れた。そういうふうに考えられることがすごいと思った。そんなことを思い出すと、なんだか泣きそうになって視線をそらす。沈黙に耐え切れなくてずっと思っていたことを吐き出した。
「……だって誰も、それに気づくそぶりも見せず相手の機嫌をうかがって相手に取り入ろうとしたり弱みを掴もうとするのを止めなかった」
そして亜妃は考えた。冷静になるように、軽く深呼吸をする。子供たちが襲ってくるという経験は一度だけあった。それはまだ新しい記憶を入れる前の事だ。憶測だが子供たちの記憶が抜けたわけでもなく、戻ったわけでもない。子供たちの――自分の記憶が消されたわけでもない。時間を戻されたのだろう。ドゥッチオによって。
「あんたら全員が裏切って、仲間になって、ずるくなって、そうしてできた今のただの裏切り者の集団が七人才だ」
気持ちとは裏腹に、亜妃の口からはただの罵倒が流れ出る。七人才で信用している者はいない。ジェラルドの世界は王ただひとり。そこに付け入る隙がなかった。多少はあったがそれを自分が有効に使えていたのかどうか疑問だ。そしてそれが、無性に悲しかった。ジェラルドが亜妃を見ないことが無性に。
亜妃が言った瞬間、全員の視線が刺さる。唇を舐めた。口角が上がる。変な笑みがこぼれる。感情が高ぶっていた。
「ドゥッチオ、あんただろ? あたしをどうしたいのか知らないけど子供たちの時間を戻したのは」
ドゥッチオもジェラルドも笑みを浮かべている。それが無性に腹立しくてどこか哀しかった。
「そうだが?」
ドゥッチオの発言でもう全てが分かった。
「だからあたしは、あんたが嫌いなんだよ」
吐き捨てるように言う。そう言った瞬間、腹をけられた。
「裏切ったのはどっちが先だ? お前なんて、最初っから裏切ってただろ? いや正しくは、誰も仲間と認めないで権力だけで下っ端どもを自分の好きな通りに動かしていたんだろ?」
かかとで穴をあけるかのように蹴られ、血が口から出た。違うと反論できなかった。彩里たちの元へと戻るために、ここから抜け出すために、リナを――ラド家の人々をあらゆる裏工作に使ってきたのは事実だ。記憶を操作する、改変するなんていう能力、ここから逃げ出すためだけにあるようなものだと自分に言い聞かせていた。
それでも。
「……うる、さ、い」
息がしにくい。肺機能まで攻撃は及んでいないが腹をけるのが止まることがなく、苦しかった。
「裏切り者は、お前だろ?」
囁く。攻撃が終わったと思ったが、これは違う。この声は周りの全員に聞こえている。やりようのない悔しさがこみあげてくる。
「お前なんか、いつか、全員に裏切られる」
ジェラルドの青灰色の瞳と目があった。目だけ見ると、綺麗なのにな。そんな感想を思いながら亜妃は言う。あたしは、あたしは。こんな奴らに縛られたくない。
「お前みたいな、権力誇示の、それだけで、空っぽの奴なんて誰も」
手に生暖かいものがかかった。血だ。やばいな、これ。さすがに記憶だけじゃ戻せないかもしれない。
「誰も、仲間に何てなりたいと思わない」
空気が緊張する。亜妃が言ったことは今まで全員が思ってきたことだ。ジェラルドはただ唯一の恐怖だ。
「誰も、あんたを仲間にしようとも、思いはしない」
口から垂れた血をぬぐう。コートが血まみれになっていた。もう、後戻りはできない。




