断崖の迎撃戦
夜明け前の冷気が、湯小屋の隙間から入り込む。
シュウが焚き火の残滓を処理する音で、二人の戦友はほぼ同時に覚醒した。言葉は交わさない。ただ、革装備を締め直す音と、金属が擦れる音だけが静寂の中に響く。
「……霧が深い。絶好の狩り日和」
ミーシャが短く呟き、双剣の柄を握り直す。その瞳は、昨夜の安らぎを完全に捨て去り、獲物を追う獣の鋭さを取り戻していた。
目的地である山頂付近の「境界線」に差し掛かった時、その気配は現れた。
岩壁に擬態していた巨躯――**「岩殻の地竜」**が、地響きと共にその姿を現す。
1. 散開と誘導
「ミーシャ、右から回れ! エイレンは高台の岩影へ!」
シュウの鋭い指示に、二人は影のように動く。
前衛のミーシャが、地竜の足元へ一気に踏み込んだ。
「……こっち、鈍亀」
地竜が巨大な尾を振り回すが、ミーシャは最小限の動きでそれを回避し、剥き出しの関節に双剣を叩き込む。怒り狂った地竜の意識が、完全に彼女へと向けられた。
2. 精密なる援護
「――そこよ、動かないで」
断崖の上、エイレンの冷徹な声が響く。
放たれた三連射の矢は、地竜がミーシャを追って晒した、喉元の僅かな隙間へと吸い込まれた。
地竜が苦悶の声を上げ、体勢を崩す。その瞬間、エイレンは次の矢を番えながら、毒づくように叫んだ。
「シュウ! 何を突っ立ってるの! 私の作った隙を無駄にするつもり!?」
3. 境界線の終止符
「言われなくても分かってる!」
シュウは地竜の懐へと飛び込んだ。
ミーシャが注意を惹きつけ、エイレンが動きを止める。二人の戦友が作り上げた完璧な「空白」に、シュウは渾身の一撃を叩き込む。
地竜の硬質な皮膚を、シュウの刃が断ち割った。
断末魔と共に、巨躯が大地へと沈んでいく。
4. 勝利の報酬
静寂が戻った戦場に、三人の荒い呼吸音だけが重なる。
シュウは倒れた地竜の側頭部へ手を当て、肉質の良し悪しを確かめるように頷いた。
「……いい肉だ。今夜は、こいつの尾の付け根を燻製にするぞ」
ミーシャが双剣を鞘に納め、ふっと表情を緩ませる。
「……楽しみ。シュウ、味付けは少し濃いめがいい」
「ふん、あんたの料理が食べたいから、わざとトドメを譲ってあげたんだからね。感謝しなさいよね」
エイレンは弓を肩に担ぎ直し、相変わらずの口調で言い放つ。だが、その足取りはどこか軽やかだった。
三人は再び歩き出す。
次なる境界線を越え、最高の獲物を喰らうために。




