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湯煙の境界線

 訓練を終え、山あいに潜む隠れ湯に辿り着いた頃には、周囲は深い闇に包まれていた。

 泥と返り血を洗い流し、湯小屋の板間で体を休める。戦友たちとの間に流れるのは、言葉を必要としない静かな時間だった。

「……シュウ、明日の偵察、北側の斜面は私が受け持つ」

 湯上がりで少し毛並みを逆立たせたミーニャが、自分の装備を点検しながら短く告げる。彼女は尻尾の汚れを払うように整えていたが、その鋭い視線はすでに次の戦地を見据えているようだった。

「ああ、頼む。エレイン、お前は後方から射線を確保できるか?」

 シュウが問いかけると、濡れた銀髪を無造作に拭っていたエレインが、鼻で笑って応えた。

「当たり前でしょ。あなたがへまをしない限り、私の魔法が外れることはないわ。……それより、その顔。少しは疲れが取れたみたいね」

 彼女は皮肉を交えつつも、シュウの体調を値踏みするように一瞥した。突き放すような言い草だが、それが彼女なりの戦友への気遣いであることを三人は知っている。

「……さて、飯だ」

 シュウは、訓練の合間に仕留めた『雪兎スノーラビット』の肉を取り出した。温泉の蒸気で一気に蒸し上げ、岩塩と香草を散らす。立ち上る湯気と共に、淡白ながらも力強い野肉の香りが広がった。

 ミーニャが音もなく寄ってきて、差し出された皿を受け取る。

「……いい匂い。シュウ、この肉なら明日の山越えも問題ない」

 彼女は肉を口に運び、エネルギーを効率よく摂取するように咀嚼する。その瞳には、野生の冷徹さと仲間への信頼が同居していた。

 エレインもまた、当然のような顔で自分の分を手に取った。

「……味付けは最低限ね。まあ、野営の食事にしては合格点よ。次もこれくらいの手際を見せなさいよね」

 毒づきながらも、彼女は一切の迷いなく肉を平らげていく。過酷な境界線で生き延びてきた者たちの、逞しい食事の風景だった。

 湯煙の向こう側で、月が山嶺を照らし出す。今はただ、戦友として同じ火を囲み、同じ空気を吸う。それがどれほど贅沢なことか、三人は身をもって理解していた。

「寝るぞ。夜明け前には出る」

「了解。……おやすみ、シュウ」

 ミーニャは壁際に座り込み、軽く目を閉じる。エレインもまた、杖を枕元に置き、背を向けて横になった。

「……あなた、寝過ごしたら置いていくからね」

 ぶっきらぼうな一言を最後に、小屋は静寂に包まれた。混ざり合う三人の呼吸音だけが、明日もまた共に生きることを約束していた。

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