境界線の休憩
ワーム戦から数日。石化したシュウの左腕は、エレインの献身的な魔法とリィネが手配した高価な軟膏によって、ようやく日常動作に支障がない程度まで回復していた。
だが、あの日感じた「肉体の軋み」は、シュウの心に深く刻まれている。
「よし! 今日は一段と調子良さそうだね、シュウ!」
朝霧の立ち込める森の中、ミーニャがシュウの周りをくるくると楽しげに跳ね回る。短い訓練用のチュニックから伸びるしなやかな脚が、朝日に映えて眩しい。
「……ああ。だが、今日は無理をしない。お前の動きに合わせて、俺がどう動くかの確認だ」
「もー、堅苦しいなあ! ほら、もっとリラックス!」
ミーニャが背後からシュウに抱きつき、ぴんと立った耳を彼の頬に擦り寄せる。獣人特有の体温と、野性味のある甘い香りが鼻をくすぐり、シュウは思わず顔を背けた。
「……離れろ、ミーニャ。訓練中だ」
「えー、いいじゃん。シュウが照れてるの見ると、やる気出るんだもん」
そんな二人の様子を、少し離れた大樹の影で杖を抱えたエレインが、ジト目でじっと見つめていた。
「……ミーニャ、はしたないわ。シュウの『器』はまだ不安定なの。あまり無駄な刺激を与えないで」
エレインが静かに歩み寄ると、彼女の長い銀髪がさらりとシュウの肩に触れる。
「シュウ、私の魔法も、今日は『固定』ではなく『同調』に重きを置くわ。……あなたの鼓動を、私に感じさせて。そうすれば、壊れる前に止められる」
エレインがシュウの手をそっと取り、自分の胸元――高鳴る心臓の近くへと導く。エルフ特有のひんやりとした、しかし確かな生命の鼓動が指先に伝わり、シュウは今度こそ言葉を失った。
「ちょっ、エレイン! 抜け駆け禁止! 私だってシュウの心音くらい聴けるもん!」
「……これは魔力的な連結よ。あなたの野蛮なスキンシップとは違うわ」
火花を散らす二人を余所に、標的となる格下の魔物――『グリーン・スライム』の群れが姿を現す。
「……来るぞ。二人とも、準備しろ」
シュウの声に、二人は瞬時に戦闘態勢に入る。
「ミーニャ、右から追い込め。俺は左腕を使わず、右の剣だけで仕留める。エレイン、魔力の供給は最小限でいい。俺の呼吸に合わせて流せ」
「了解っ! 最高のパス、出しちゃうよ!」
「……わかったわ。あなたのリズム、一瞬も逃さない」
ミーニャが風のように駆け、スライムの核を露呈させる。そこへエレインの穏やかな魔力がシュウの全身を包み込み、流れるような一撃が核を貫いた。
魔物の能力を「喰らう」必要すらない、完璧な連携。
「やったぁ! 今の、完璧じゃない!?」
興奮したミーニャが再びシュウに飛びつき、今度はエレインも「……ええ、悪くないわ」と言いながら、シュウの空いた方の手をしっかりと握りしめる。
両手に花、ならぬ「両手に美少女」。
かつて孤独に泥を啜っていた「魔物喰い」の境界線は、いつの間にか、彼女たちの温もりで鮮やかに彩られ始めていた。




