81:相続完了
「ジゼルから話は聞いている。しっかり働いてくれ」
俺はカールトン家の館でカルムに護衛役として雇用された旨の挨拶をしていた。今日はすでにアルノ地区の本宅へ移動していてカルムも貴族らしい振る舞いをしている。もともと立場が微妙なカルムが本妻派に更に舐められるマネをするわけにはいかないとは昨夜のジゼルとの打合せでも聞いているので道中との態度の違いに戸惑いはない。もっとも本来なら臨時雇いの護衛に直接会うのも微妙なところだろうがカルムにはジゼル以外の使用人がいないらしいし、そのジゼルはいろいろ走り回っているはずなので着任確認ぐらいは本人が対応するより仕方がない。
「君はこの部屋で着替えて待機だ。私は隣にいるから何かあったら対応するように」
カルムに案内されて護衛の控え室に入ると左手の壁には一面に棚があって日用品が置かれており、右手の壁はいくつかに区切られて神話の絵が描かれていた。置かれていた家具は簡素なテーブルに椅子が四脚。テーブルの上に置かれていた使用人の衣装に着替えて待機していると右手の壁をコンコンと叩く音がして絵の一つが手前に開く。
「やあチャック。こっちの部屋も含めて防音はしっかりしているから普通に話して構わないよ。」
そう言いながら入ってきたカルムは慣れた様子で棚からカップを取り出すと水差しから白湯を注いでぐいっと飲み干す。
「いやあ、葬儀まではあと6日あるからさ。もう相続関係の意思表示もしたからすることあまりないんだよね」
「ジゼルはいろいろ走り回っているようだが」
「ああ、まあねえ……ジゼルは実務担当だから僕が方針決めたあとに忙しくなっちゃうね。僕としては久しぶりに一緒にゆっくりしたいんだけど」
「方針決めたっていうのはどういうふうなのか聞いてもいいか」
「順当に長男のエグバート兄さんが家名を継いでその息子たちが次の相続順位上位。兄弟の僕たちは基本的に相続権を放棄して隠居って筋だね」
「なるほど。しかしもう決まっているんなら護衛は必要ないんじゃないか?」
「それが葬儀が無事に終わって正式にエグバート兄さんが当主となるまでは一発逆転を狙うヤツがいるかもしれないって。二番目の兄さんもそれまでは継承権2位だし僕は3位だから」
「本人以外に自分の勢力が伸びてほしいのがいるかもしれないってことか。そういえばまだ弟たちもいるっていってたがそっちはそれで問題なかったのか」
「うーん、基本的にはみんな同意してるんだけど僕の知らなかった一番新しい弟がちょっと問題でね。何しろ本人がまだ言葉を話せなくて」
「カールたちの父上……ダーネル様は享年おいくつだったのかな」
「64だったかな。まったくあの助平はいい年してなにやってるんだろうね。まあ弟たちはかわいいよ」
「へえ、カルムは結構子供好きなのか」
「まあね。一応学問も身につけてるから葬儀が終わって継承権放棄したらオクシに帰って子供相手の教室でも開こうかと思ってるんだ」
「教室か。あの屋敷を使うのはちょっと落ち着かない感じがするが」
「そうだね。当面は少人数から始めて軌道に乗ったらあの屋敷は本家に返上して、自分たちの住居兼用の小規模な建物建てられたらいいなと思ってる」
いい笑顔で夢を語るカルムだったがその中の一言にちょっと引っかかった。
「『自分たちの』か。やっぱりカルムが一緒に住むのはジゼルだって考えてるのかな」
俺がそう問うとカルムはちょっとしまったという顔をしたがすぐに真面目な顔になる。
「そうですねえ……ジゼルのことは大好きですからできれば添い遂げたいとは思っているんですがいろいろと問題も多くて。父みたいに妾として迎えるのもいやですし正式に妻としたいのですが」
それはそうだろう。俺でも貴族のお坊ちゃんと庶民の侍女が正式に結婚するというのにはさまざまな事情が立ち塞がるだろうというのはわかる。
「しかしもう葬儀が終われば将来家を継ぐ可能性がほぼなくなるんだろ。もう家の事情なんてのはたいしたことじゃなくなるんじゃないか」
ちょっと無責任かもしれないが俺がそう考えを伝えるとカルムは何か似衝撃を受けたような顔をして、少しの間ブツブツ言いながら考えていたがやがて口を開いた。
「そうですよね。ありがとうございます。いろいろと問題は多いと思いますがジゼルを妻に迎えられるようにがんばりたいと思います」
吹っ切れたような笑顔でそういうカルムに俺も笑みを浮かべながら返す。
「そうだな。本気で惚れてるんなら家柄なんか関係なくドンといけばいいさ」
「そうですよね。本気で好きなら実の姉であることなんかたいしたことじゃないですよね」
……なんかいきなり爆弾発言が飛び出してきた。
「……実の姉……?」
「ええ。言ってませんでしたっけ。僕とジゼルの母は最初にオクシでジゼルの父と結婚してジゼルが生まれ、その後ジゼルの父が亡くなってオクシのカールトン家の屋敷に勤め始めた母を僕の父・ダーネルが見初めて連れ帰って生まれたのが僕なんです」
いや、その話のそれぞれは確かに聞いた覚えがあるが全部繋がってたとは知らなかったぞ。
「よし、葬儀の間はおとなしくしているとしてもオクシに帰ったら何とかして弟扱いから脱却するぞ」
いや、実の弟なんだろうという言葉は俺の口から出ることはなかった。そして数日後の葬儀も無事に終わって晴れて自由となったカルムたちとの別れのときが来た。
「いろいろありがとう。僕もがんばるよ」
そう言って大きく手を振ってオクシへと向かうカルムとその変化に少々戸惑っているようなジゼルを見送った俺もしばらくぶりでオトヤへの帰路についたのだった。
実はこの章の間のカルムのセリフで「ねえ……」と言ってるのは「姉さん」と言いかけたのを止めてジゼルと言い直していました。




