74:主従関係
「おはようございます。食事の用意をしてありますのでご案内します」
王都からここオクシのカールトン家別邸に手紙を届けて、返事待ちで寝室を提供してもらった翌朝。目を覚まして身支度を整えたところで屋敷の侍女であるジゼルが呼びに来た。案内されたのは客用の食堂などではなく台所の片隅の質素な使用人用のテーブルだ。
「ありがとうございます。いただきます」
伝令人としては食事を出してくれるだけでも随分な高待遇であるから台所だろうと文句のあるはずもなく、シンプルなスープにパンの朝食をとる。この屋敷の主に出すものもまとめて作っているからか、スープの具は少なめながら味は上等なものだった。俺がゆっくりと食べているうちに主人の朝食の食器を下げてきたジゼルも自分の分を用意して自分の向かいの席について食べ始めた。
「こちらのお屋敷はお二人だけで?」
洗い場に置かれた食器の方を見ながら聞いてみる。冒険者ギルドの女子職員たちとお茶しながら聞いてはいるが会話の取っ掛かりが欲しかったのだ。食器の数を見れば貴族が一人という想像ができてもおかしくはないだろう。しかし相手が貴族関係者となると普段の口調では失礼になるだろうと丁寧な口調を心がけているがどうにも落ち着かない。
「主人のほかに住み込みは私だけですが、通いで何人か来ていただいています。庭仕事や建物の修理などは私一人では手が回りませんので」
「ああ、女性一人では大変ですよね」
事前情報は間違いないようだ。まあ美人とはいえキツめなジゼルと黙って差し向かいというのが落ち着かなくてたわいない話をしたかっただけなので別に話の内容は問題ではないのだが。
「伝令人さんはお一人なのですか。これまでの人は何人かでいらしてましたが」
今度はジゼルの方から話を振ってきた。俺が一人できたのが気になるようだ。
「ええ。自分はもともとは探索や護衛もやっていた冒険者でして、一人でも自分の身を守るぐらいのことはできるんです」
「そうでしたか。それがどうして伝令人になられたんですか」
「一緒にやっていたパーティーはいろいろあって解散して一人になったんですが、そのときにたまたま引き受けた伝令人の仕事が思ったよりも性に合ったので本格的に仕事にしたんです」
「なるほど、では腕前にもそこそこ自信がおありなんですね」
「まあ狼の一頭ぐらいなら相手にできる程度には。もともと前衛ではなかったので援護向きなんですが、牽制しておいて逃げてもいいんですから一人でもなんとかやっていけます」
「そうなんですね。では帰りの便もお任せして心配ないですね」
ジゼルはそう言ったあとでちょっとなにか考えているようだ。そうこうしているうちに食後のお茶まで飲み終わった。
「では返信をご用意いたしますのでお荷物をまとめてお待ち下さい」
「はい、お待ちしていますのでよろしくお願いします」
ジゼルは再び俺を案内して部屋まで送ってから出ていった。さすがに自由にうろついたりはさせてもらえない。俺の荷物はほとんどまとめてあったので忘れ物を確認するぐらいで準備は終わる。冒険者として常に動き出せるようにしておくのは身についた習慣だ。確認してからそれほど時間も経たずに扉がノックされる。
「返信をお持ちしました。準備はもうよろしいですか」
「はい、いつでも出られます」
扉を開けて返信を受け取り背負袋にしまい込む。
「では出口までお送りします」
ジゼルはそう言って俺を先導して勝手口から屋敷の外へ出た。すると庭の方からジゼルに向かって声をかけた人物がいた。
「ああ、こんなところにいたんだ。ねえ……」
「御主人様、人前ではこの屋敷の主人らしい振る舞いをお願い致します」
声をかけてきた少年をさえぎるようにジゼルが言う。人懐っこく見えるこの人物がこの屋敷の主人らしい。
「ああ、ごめん……じゃない。すまなかった。そちらはご客人かな」
「本家からの手紙を持ってきた伝令人です。これから返信を持っていってもらうところです」
「返信……ああ、今朝サインをしたあれだね」
「ちゃんと中身を確認してサインをしてくださるようお願いしているはずでしょう。しっかりしてください」
「いや、ちゃんと見ているとも。ちょっと思い出せなかっただけで」
どうやらまだ年若いこの主人はジゼルに頭が上がらないようである。ジゼルも主人として立てようとしているようではあるが無意識であるのか結構手厳しい。少年は誤魔化すようにこちらに声をかけてきた。
「あー、僕がこの屋敷の主人、カルム・カールトンだ。えっと、君は……」
「チャックといいます」
「ではチャック君、本家への手紙をよろしく頼んだよ」
そういうカルムにジゼルも続ける。
「くれぐれもよろしくお願いします。たぶんまたすぐに手紙があると思いますが」
「担当が自分になるかはわかりませんけどね。では失礼します」
そう言って見送る二人に挨拶をして帰路についた。あの二人は主従と言うにはちょっと距離が近かったなと思いながら。




