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2)先触れ

 傷を負ったロバートの代わりに、エリックとヴィクターがアレキサンダーに付き従うようになった。ロバートの傷が癒え、熱も下がり、動けるようになり、執務を補佐出来るようになったところで、警護が出来るわけではない。


 ロバートは、執務室での書類仕事に専念していた。ロバートの隣には、ローズが座った。ローズが幼い頃からの光景だ。少しずつだが、王太子宮には日常が戻り始めていた。


「後継を育てるいい機会だろう」

アレキサンダーの言葉に、ロバートは苦笑しただけだった。


 アレキサンダーの警護を、ヴィクターとエリックが担うようになっても、アレキサンダーとロバートの関係は変わらない。

「私の第一の役目は、アレキサンダー様にお仕えし、御身をお守りすることです。後継はそのために育てるのであって、私の立場を譲るためでは有りません」


 早朝の鍛錬は、幼い頃からの二人の習慣だ。

「バーナードは、私が成人するまでの代理のはずでした。あの男は、王宮侍従長としての職務はかろうじて果たしています。分家ですが、一族の一員です。しかし、一族が本来果たすべき役割を、あの男は放棄しました。それだけではありません。口利きや袖の下に(まみ)れ、愛人に溺れ、高潔の一族として生きてきた我々の誇りまであの男は汚した。あの男が、全く使い物にならなかったのが、一族の誤算の一つです」


 ロバートは、バーナードを毛嫌いし、憎み恨んでいる。母親であるアリアの敵だからだと、アレキサンダーは考えていた。


 バーナードは、それ以上に、破壊的な存在だったのだ。

「あの男は、我々一族の誇りを穢し、存在を危うくしています。我々が先祖代々お守りしてきたライティーザ王家をも、危険に晒しているのです」


 ロバートは、手にした木剣を構えた。

「後継を育てることも必要です。ですが、私も早期に復帰する必要があるのです」

「なるほどな」

木剣を構え、もう一度、向かい合う位置に立ったアレキサンダーにロバートが笑った。

「お手合わせを。よろしくお願いいたします」

「無論だ。言っておくが、手加減なしだ」

「望むところです」


 ロバートの素早い一撃を、アレキサンダーがかわした。

「そろそろ刃を潰した剣に戻せそうだな」

ロバートが、元の動きを取り戻しつつ有ることに、アレキサンダーは安堵した。


 早朝の鍛錬のあと、来客の先触れにアレキサンダーは顔をしかめた。アレキサンダーの手元にある書状の、封蝋を見た近習達も同様の表情をうかべていた。

「お断りすることは出来ません」

一番冷静なのは、ロバートだった。


「グレース様にも、お伝えすべきでしょう」

「それはそうだが」

アレキサンダーの返事は、歯切れ悪いものとなった。

「アスティングス侯爵様とご子息達がどのようなお話し合いをされたかは存じ上げません。ただ、ご子息達が私の見舞いと称して王太子宮にいらっしゃる以上、妹君であるグレース様に、お会いしたいのではないでしょうか」

ロバートの言葉に、アレキサンダーは、若干の棘を感じた。


「ロバート、お前の見舞いだが、お前はいいのか」

「私には、断る権利などございません」

ロバートの声は常より低かった。断りたいという意思を隠そうともしていない。


「グレース様は、兄君達に、お会いしたくは無いのではありませんか」

ヴィクターが、アレキサンダーの懸念を口にした。


 ロバートが、ウィルフレッドとウィリアムに怪我を負わされた日、グレースは、父であるアスティングス侯爵に抗議する書状を送りつけた。


 グレースの素早い行動にアレキサンダーは驚いた。その後もグレースは、アレキサンダーを驚かす行動に出た。


父アスティングス侯爵と、二人の兄、ウィルフレッドとウィリアムを徹底的に無視したのだ。極めつけは、アスティングス家の使者の目の前で、グレース自ら、父アスティングス侯爵からの書状を引き裂いたことだろう。


「御父様にも困ったものね。一度屋敷にくるようにとおっしゃるなんて。あの一件から、何ヶ月も経ったというのに警備隊の訓練や予算の強化も行っていらっしゃらないのでしょう。また、私や私の大切な者たちを、危険な目に遭わせるおつもりなのかしら」

グレースは、穏やかな声で語り、微笑んでいたが、使者は蒼白になった。使者が、主であるアスティングス侯爵に何と伝えたのかは、わからない。だが、それ以来、アスティングス侯爵家からは使者は来ていない。


 御前会議で王都の警備隊の見直しが決定してから一月以上が経つ。その間、何度も話し合いが持たれた。その都度、使者を送ったが、アスティングス家からは誰も参加していない。


 グレースが静かに怒りを溜めていることを、王太子宮にいる多くのものが気づいていた。


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