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12)乳兄弟の息子

 ハロルドは、ロバートの傷の手当を終えると部屋を退出していった。ローズは、そっと気遣うようにロバートの手を握っていた。


 ロバートの顔色は悪い。傷がまだ、相当に痛むのだろう。

「アルフレッド様、お気遣いいただきありがとうございました。御前会議も終了し、随分と日も経ちました。明日には王太子宮に戻ります」

ロバートは、あと数日は、王宮で過ごす予定だった。予定を切り上げるのは、バーナードが来たことが、きっかけだろう。


「もう少し、こちらでゆっくりしていけば良いものを」

アルフレッドは、無駄と知りながら引き止めてみた。

「これ以上、ご厚意に甘えるわけにはまいりません」

そう言われてしまうと、アルフレッドも引き止めにくい。


 ロバートとローズの傍らには、アレクサンドラの他、数名の侍女が控えている。全員、ロバートが選んだ者達だ。

「少し、ロバートと二人で話がしたい」

アルフレッドの一言で、全員が一礼して立ち去った。ローズにはアレクサンドラが付き添っている。今、アレキサンダーには、ヴィクターが付き従っている。ロバートの次世代は、順調に育っている。


 アルフレッドが、王太子宮でヴィクターとアレクサンドラを見た時、ロバートに似ていることに気づいた。アルフレッドは二人の父母が誰かを知った時、驚いた。ロバートが、次世代の養育を、人目に触れる王太子宮で始めたことに、アルフレッドの背筋に冷たいものが走った。


 あの日、アルフレッドは、思わず感情のままに、言葉を口にしていた。

「ロバート、お前は自分が死んだ場合の用意でもしているのか」

そんなアルフレッドに、ロバートは笑ってみせた。


「いいえ。まさか。本来は、もっと早くにあの子達は王太子宮や王宮で、お仕えする予定でした。アレキサンダー様のご家族も増えました。これからも増えるでしょう。お守りする側の私達も人数が必要です」

ロバートの言葉に、アルフレッド自身がなんと答えたのか、覚えてはいない。本当にそれだけなのかと思いながらも、一応は納得したはずだ。


 ローズに付き従っているアレクサンドラを見ていると、アルフレッドの胸に、あの日の不安が蘇ってくる。たとえロバートが死んでも、アレクサンドラがローズを守り、ヴィクターがアレキサンダーを支えるのであれば、ロバートの心残りはなくなってしまう。


「アルフレッド様」

ロバートの声に、アルフレッドは現実に引き戻された。寝台に腰をかけたままで、顔色が悪い。

「少し、身体を休めなさい。ロバート。今は、私達しか居ないのだろう」

アルフレッドの言葉と同時に、ロバートが寝台に倒れ伏した。


「移動は辛いのではないか」

アルフレッドの言葉に、ロバートは寝台に伏したまま答えない。

「ロバート、ハロルドがいいというまで、こちらでゆっくりしていったらどうだ」

アルフレッドは、白くなったロバートの髪を手櫛でゆっくりと梳いた。警戒心の強いロバートだが、アルフレッドを拒絶することはない。


 アリアの髪の毛よりも硬く、あまり指に纏わりつくこともなかったロバートの髪は、白くなりさらに硬くなった。ゆっくりとなでてやっていると、ロバートの身体から少しずつ力が抜けていくのがわかる。甘えることが下手なロバートなりの甘えだ。


 アルフレッドにとって、ロバートは、妹にも等しいアリアの一人息子だ。妻の忘れ形見であるアレキサンダーの乳兄弟でもある。ロバートのことは、生まれた時から知っている。甥のように思い可愛がってきた。ロバートは、人目がない時は、控えめではあるが、アルフレッドには素直に甘える。


「なぜ、バーナードを連れていらっしゃったのですか」

ロバートは、髪を梳くアルフレッドを咎めることもない。

「お前の父親だろうに」

「大変不本意ですが、おっしゃるとおりです」

ロバートの声は不機嫌そのものだ。


「一度くらい、見舞うべきだ」

「見舞われても、迷惑です」

王宮侍従長のバーナードと、王太子アレキサンダーの乳兄弟ロバートの不仲は有名だ。


「それでも、親子だと、私は思ってしまうのだよ」

アルフレッドにとって妹のようなアリアの、たった一人の忘れ形見がロバートだ。ロバートはアレキサンダーと共に、アリアに王都を遠く離れた王領で育てられた。


 アルフレッドは、王領の視察としてアレキサンダーに会うことができた。王宮侍従長のバーナードが、王宮を離れることは容易ではない。会いに行ってはどうかと促したこともあるが、バーナードは王宮を離れなかった。


 ロバートが、バーナードに会ったのは、アレキサンダーが立太子のため王宮に戻ってきた時だ。ロバートは一族本家の当主となっていた。


 生前のアリアが知っていたバーナードの不貞行為を、ロバートもいつの間にか知っていた。一族の誰かが教えたのだろう。そのためか、アリアが存命だった頃から、ロバートはバーナードを嫌っていた。


 ロバートがバーナードを徹底的に嫌うように、憎むようになったのは、アリアの死の前日に届いたバーナードからの贈り物がきっかけだ。正確には、贈り物のストールに、しかけられていた毒針だ。


「裏切り者です」

ロバートは鋭く言い放った。アルフレッドの知る限り、ロバートの一族は、始祖の頃から、夫婦は、互いを深く愛し合い、添い遂げているはずだ。一族の結束が強く、仮に誰かが不幸に見舞われても、遺された家族を一族が支える。


 一族本家の当主であるロバートにとり、実の父親の不貞は、許せないものだろう。


 アルフレッドは、毒針が仕掛けられていたストールが、バーナードからの贈り物だとは思っていない。毒殺をするならば、自らの名を記すことなど無いだろう。ロバートには伝えていないが、バーナードはアリアに贈り物をするような男ではなかった。バーナードは、愛人へ向ける気遣いの欠片すら、妻のアリアに向けることはなかった。


「だが、アリアと離れさせてしまったのは、私の責任だ」

「アルフレッド様のせいではありません。母がアレキサンダー様を、王都から離れたあの屋敷で育てなければならなかったのは、故王妃様の御実家が、愚かなことをなさったからです。バーナードの不貞は、あの男個人の節操の問題です」

ロバートの口調が強くなった。寛ぎ、力が抜けていたはずの身体からは、元の緊張感が漂っている。


「すまないね。ロバート。バーナードを見舞いにつれてきたのは私だ。もう、私がバーナードをお前に会わせようとしないことを誓おう。ただ、バーナードが仕事の都合で、お前に会うというならば、それは別だ。それでいいかい」

ロバートが頷いた。


「申し訳ありません」

「別に、お前が謝ることではない」

あの頃、王都から離れた王領にいた幼いロバートに、何が出来ただろうか。なにか出来たはずで、何とかしようとしたアルフレッドの言葉にも、バーナードは耳を傾けようとはせず、愛人を(はべ)らせ続けた。


「見舞いなどいりません。会いたくもない」

ロバートの片手は枕の下にあった。

「裏切り者を目の前にしていたのです。(かたき)をとるなとおっしゃるなら、私の視界にあの男を入れないでいただきたい」

枕の下には、抜身の剣がある。護身用だ。怪我をしていても、ロバートの腕ならば、鍛錬していないバーナードを仕留めるくらいは容易だろう。


「わかった」

ロバートの要求は、単なる我儘だ。職務上、二人は顔を合わさなければいけない。


「今日はすまなかった」

ロバートとバーナードの(こじ)れた関係を、なんとか改善したいというのは、アルフレッドの我儘だ。自己満足でもあるだろう。ロバートも、バーナードも、蛇蝎のごとく啀み合い、関係改善など望んでいない。


 アルフレッドの手の下で、ロバートが首を振った。

「申し訳ありません。お気遣いをいただいて、でも、無理です」

ロバートの肩が震えた。


「会いたくない」

小さな、囁くような声だった。

ロバートの(ささ)やかな、決して叶えられない我儘だ。互いに責任ある立場である以上、会わねばならない。


 アルフレッドは、ただ黙ってロバートの頭を撫でていた。



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