5、存在の肯定として、君を欲す
とても気持ちの良い眠りだった。
夢も見る間もないほど、どっぷりと暗闇の中で眠っていた。
時々、優しく触れる手の感触はわかっていたけど、だたそれだけ。
永遠に、このまま。
私は独りで眠り続ける。
それが、無意味で不要な私にできることだと、
そう思っていた、のに。
「お き ろ 」
絶対服従の声が私に呼びかける。
瞼は私の意思を無視して、ぱちりと開く。
開ける視界。明るい世界。見知らぬ色。
「お呼びでしょうか、マスター 」
「…そのしゃべり方やめろ 」
そう言われても、私には何も分からない。
全てはマスターの思うままに。
「人間だったころの人格としゃべり方、思い出せ 」
「…少々、お待ちください 」
マスターに言われて初めて自分が前は「人間」だったと思い出す。
そう、私は人だった。
動く腕に、視界は良好。
躰の全てが揃っており、何一つ欠けてないことがわかる。
代償として失ったものがすべてそろった躰。
そして、隣にはあの人が、いる。
どうして、目から何かが落ちるのだろう。
どうして、マスターを見て胸が苦しくなるのだろう。
どうして、たまらなく幸せな気持ちになるのだろう。
わからない、わからない、わからない。
でも、
「私は、何になったのでしょうか 」
「俺のものだ。俺のために生きて、俺のために尽くす。そういう生き物になった 」
私の言葉に、その人は心底嬉しそうに笑いながら答えた。
その笑みを見て、私も笑おうとした。
だけど、起きたばかりの私は「笑う」という表情を作ることができない。
難しい顔になってしまった私を見て、その人は笑みを曇らせた。
「嫌だったら…設定を変えてやれないことも、ないぞ 」
「いいえ、このままが良いです 」
手を伸ばせば、恐る恐るといった感じで握られた。
それは、長いようで短かった10年で人だった私がひたすらに求めたもの。
「躰は、どうしたんですか 」
呼び出した悪魔たちへの代償とした躰の一部はすべて揃っている。
「取り戻した 」
誇らしげに答える言葉に、私は思わず首をかしげた。
「それにしても、あんたものすごい数の悪魔を呼びだしてたんだな。見つけて奪うのに時間かかったぞ。1000年もかかっちまうなんてな 」
思わぬ時間の流れに驚きそうになるが、一度死んだはずの私がこうして目覚めたことを思えば長い時間ではないのだろう。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまいました 」
「いや、いいんだ。こうして、また会えた 」
ぎゅっと握られる手は、隠しきれぬ感情が感じられる。
その感情は、きっと、私の中にもあるものだ。
「これからは、俺のために在ればいいんだ 」
たまらなく幸せな言葉に頷きそうになってとどまった。
だけど、私は本当にそれを受け入れてしまっても良いのだろうか。
「でも、また迷惑をかけてしまうかも… 」
「あんたを起こしたのは、俺だから気にするな 」
「お役に立てないかもしれません 」
「あんたは、生きているだけでいい 」
「いつまで… 」
いつまで、私は傍にいることができますか?
「俺が死ぬその時まで、だ 」
ニヤリと笑ったその人が、たまらなく愛おしくて、私は思わず抱きついてしまった。
「返事は、どうした 」
「…はい 」
それは、10年と1000年をかけて、ようやく交わされた本当の契約。
願いを叶えるために、何を差し出してもかまわなかった。
ただ一つを叶えることができるのならば
あってはならない何かも、赦されざる願いも
世界には必要とだと肯定される。
道理も理も無意味にして不要にして
ようやく、二人は微笑み合うのだ。




