ウェルド・オル・ステラ
感想がうれしかったので書かせていただきます。
私は、ウェルド・オル・ステラ、この国の唯一の公爵になる人間だ。私の生まれはとても特殊だ。まだ赤子の時一度誘拐され、捨てられ、ある女性に育てられたそうだ。しかし、その人がなくなりちょうどその人がひそかに探していた私の本当の両親が、私に気づき私は本来あるべき場所へ戻った。両親は仲が良く私をとても大切にしてくれた。そして、それがずっと続くものだと思っていた。あの時まで。
公爵家たるもの、王家とは協力しこの国を支えなければならない。それが上に生まれたものの定め。それはまだ3歳であった私にも当てはまる。たとえ、誘拐され平民として暮らしたとしてもその作法を磨き、政治、外交あらゆるすべてをこなさなければならない。そこに例外はない。ただ、それは言い換えれば、この国唯一の公爵家は、血を絶やしてはならないということだ。私の両親は、子を生んだが、誘拐された。それは、もう一人生まなければならにということを意味していた。けれど、母は、もう子供が埋める体ではなかったのだ。だから、ほかの女性を受け入れる必要があった。仲の良い私の両親は、それを拒んだ。そうした事実を知っていくたびに私は、幼いながら心を病んだ。ただ、それを周りに悟られまいと必死になっていた。その事実に気づいていないと気づかれまいと。けれどそうするほど、私がここにいる理由がわからなくなっていった。すべてが嘘のように思えた。
ちょうどそのころ私は、王家との親睦会という名の婚約相手を探すパーティへ行った。公爵家の子である私は、王子の遊び相手として紹介された。その二人の王子は、王族の証である金色の髪をもつ王族たる王族だった。対して公爵家の子である私は、公爵家の証である銀の髪とは言え、それは、公爵家の傍系であった母の薄い紫のような色に似ていた。王子たちを見ているとすべてが嫌になるようだった。私のような不安に駆られることはない、私とはまったく世界が違った。子供同士のあからさまな貴族の真似事は、醜くそっと会場を離れた時だった。会場の周りを囲む庭園の中に入ると垣根の向こう側からすすり泣くような音が聞こえた。といっても垣根を超えるのは不敬。けれど、気になって垣根をくぐるとそこには、きれいな茶色の髪に埋もれ震える少女がいた。迷子になったのか。おそらくこの髪色はヴィーン家の一人娘だろう。夫人が最近亡くなられたと聞いた。それで泣いているのか。とりあえず慰めなくては。そう思ってどうするべきか少し悩み、たじろいで近づくと、その子はびっくりしたようで顔を勢いよく上げちょうどその子を見下ろしていた私と目が合った。泣いてると思ったその顔は、まだ泣いていなくて目をいっぱいに広げてこらえているようだった。それが、ずっと我慢していた私に似ていて、ついその子の頭をなでてしまった。自分を慰めるかのように。そうしたら、なぜかその子は急に眼を大きく広げて苦しそうに泣き出した。それは、子供の涙だった。自分がしたことに驚き、戸惑い、どうするべきか本当にあの時は困った。でも、そしたらあの子は、笑った。小さくそれでもはっきりと笑っていた。それから鳴き声がなくなって静かに泣きながら一瞬微笑んだ。その顔は、とてもかわいらしく自分でもおかしな行動をした。ハンカチを差し出したのだ。あの子が、ハンカチを手に持っているのに。けれど、あの子は、とてもうれしそうに大切そうにそのハンカチを受け取ってくれた。それからのことはあんまり覚えていない。家に帰り、母にどうだったか聞かれてやっと話したことは、あの子、ヴィーン家の娘の名前は何ですか。だった。
最悪の時が来た。王子となんやかんや仲良くなったころだった。それは偶然だった。お忍びで王子とその護衛と街を歩いてなぜか懐かしい場所があり、空き家だったからそこに入った時だった。今覚えば、そんな偶然はないだろうと思うが、あったのだから運命というのは恐ろしい。私を3歳まで育てた人が、この屋敷で働いていたと知った。そこは、小さな家で平民にはふつうの、私にとってはとても小さい寝床に机が一個、椅子が一個、棚が一個の質素な家だった。私物と思えるのは、寝床においてある少し煤の付く布切れだけだった。その布切れをふとひろうとそこには、擦れてはいるが公爵家の紋様が刺繍された使用人が着る服の布切れだった。ふと嫌な予感がした。足を自然と引いた。後ろの机にぶつかり転ぶと寝床の下に隠されるように置いてあった何度も読んだであろう黄ばんだ手紙があった。見て見ぬふりはできなかった。恐る恐る手にしてところどころこすれているその字を読むとそこには、私が自分の出自を疑う強固な証拠があった。
その知らせは突然だった。父に呼び出され執務室に行くと、母もいて嬉しそうに二人で顔を見合わせると婚約が決まったと伝えてきた。驚くことはなかった。公爵家に連なるものとして当然だ。ついにその時が来たのかと淡々と思うだけだった。だからかその時のことはそんなに記憶にない。
婚約のことを忘れつつあったある日、父からかお見合わせがあるといわれた。そういえばそうだったと思うぐらいに婚約というものはどうでもよかった。所詮貴族の婚約、父と母のようになるのはほんの一握り、私の事情もある。万が一を考え無難な婚約者であればいい。これからのことはわからないが、せめて貴族としてそれなりの義務はするつもりだった。相手を知るまでは。顔見合わせは、私の家で行われた。両親と待っていると案内されてその貴族は部屋に入ってきた。礼儀正しそうに挨拶する貴族の声が聞こえてきた。顔を上げて相手を見るとひとりの貴族の後ろに隠れるように子供がいた。人見知りなようで父親が促すとその顔が一瞬こちらを見た。あの子だった。忘れるはずもない。すぐにその子は、うつむいてしまったけれど見間違いではない。また、あの時のようにどうすればいいのかわからず戸惑ってしまう。でも、彼女が私の婚約者になるのならこれほどうれしいことはなかった。
それから彼女のことを考えることが多くなった。前までの不安が嘘のように押し流されていくようだった。そのころには、自分の出自がどうであれ、彼女のために立派に公爵として貴族として頑張ろうとさえ思っていた。それから父に彼女と定期的に会えるよう頼み、それは、一か月に一回のお茶会として実現した。彼女は、よくうつむいてはいたけれど、私が話をすれば彼女はよくうなずき、私の話を理解していた。少しずつ彼女が心を開いてくれているのを感じうれしくなった。ある日、私は王子とけんかしてしまったことがあった、公爵家として彼を止められたことに悔いはないが、その重圧は、初めてのことで私は、混乱していた。ちょうど彼女に会う時期でもあり、柄にもなくそのことを話してしまった。自分のイメージが変わってしまっただろうか。けれど、彼女はその時初めてこう言ってくれた。私も頑張ります。と。いつもうつむいてばかりの彼女が精一杯話してくれたその一言で私はまだ頑張れる。君のためなら。そう思った。
学園に入るころには、彼女は社交界でも指折りの美しい女性に育った。自分だけに向けられていたその言葉が、ほかのひとにも話されると思うとなんだかもやもやとした。でも、私たちの関係は、これからも変わらないものだと思っていた。けれど、学園に入ってから彼女と会う機会は減っていった。あっても、うつむいていて、その顔はわからなかった。最初のころに戻ってしまったようでとても悲しかった。さすがにすれ違ったときに会釈しかされなかった時には堪えた。
それからは、時がたつのが早かった。毎日彼女に会えないまま仕事に学業に追われる日々。生徒会に裏仕事、表仕事。大きな事件に些細な事件まですべてが耳に入ってくる。解決に追われ手段を問わないことも幾度かした。だから彼女に何があったのか知る由もなかった。そうして6年。すでに私の心の中には彼女はいなかった。彼女の本当の姿が何かわからなかった。
卒業パーティの少し前、私は衝撃の事実を知った。実は前からあてもなく本当の公爵家の血筋を調べていた。それで見つけてしまったのだ。自分の本当の出自。前々から不安になっていたこと。真相は、とても残酷なものだった。私は、母の弟だった。母の父親が手をかけた公爵家のメイドが生んだ子供。同時期に母にも子供が生まれそれは、予期せぬ形で取り違えられ取り違えられここに至った。メイドであった母は、母を恨み自分の子供つまり私と本当の子供を入れ替えた。そして、本当の公爵家の子とともに屋敷を去ったのだ。そして残った私は、公爵家で育てられていたけれど、誘拐された。本当の子供だけその生存が確認された。きっと実母はとても苦しみもがいたに違いない。昔入った空き家にいたのは、私の実母と本当の公爵家の子。でもそれならなぜ私があそこで3歳の時点で実母と住んでいたのか。答えは難解だった。私を誘拐したのは、母だったのだ。母は、私を守るため皮肉にも実母に預けたのだ。本当の自分の子供は実母がとっくに誘拐したのに。実母はそれはそれは喜んだのか、私を育て本当の公爵家の子供を捨てたのだ。そこには、複雑な心理操作があった。私の実の父親は公爵家を憎んでいた。だからこっそり自分の子が本当に公爵になれるよう、母が本当に私を自分の子と思うよう、綿密に策を練ったのだ。まさか母が私を守ろうと実母に預けるのは想定外だっただろうが公爵家の子供を始末するのにとてもいい機会だった。あの黄ばんだ手紙は、実の父親が、実母を操っていたその証拠の一枚だった。そうして始末された跡があの煤の付いた布切れ。ただ一つの間違いは始末されたそう思われていたことだ。実際は生きていたのだ。体のあちこちにまだやけどが残る状態で。その子は、偶然ある一家に拾われ無事に生きていた。
限界だった。もうどうでもいいと思えた。自分が生きることが母を裏切るようで、もはや死ぬことがせめてもの贖罪、育ててくれた親への孝行、実の父への復讐なのではないかそう思う。当てつけのつもりだった。そんな時にあの冷たい婚約者が本当の子供が拾われた家の娘をいじめているなどのうわさを聞いた。あの一家には返せないほどの申し訳なさがあるのに。自分のせいで起きた状況にすでに苦しいのにまた、私関係のことで迷惑をかけることになる。調べるうち、あの一家の娘が私と近づいたことで私の婚約者がいじめをしたということも知った。せめてどうするべきか一人きりの冷たい大きな監獄のような部屋で考え続けた。
追われるような日々の中の卒業パーティ。私の決意は決まっていなかった。けれど、パーティで実際にあの家の娘を見ると申し訳なさが大きく、思案していたことが、悩んでいたことをするべきかどうか、婚約破棄という選択をとるべきなのか。これ以上考えることは無理だった。逃げ出したかった。どうして生きてきたのかがわからなくなった。なぜ我慢などしているのだろう。そうささやかれている気分だった。周りから音がなくなっていった。
「婚約破棄しましょう」
やっとそれは耳に届いた。私を取り巻いていたものから解放するように。静かに小さいか細い声でけれどはっきりと。その時やっと彼女が目に入った。けれども彼女は身をひるがえし行ってしまった。その長い人生とも思える瞬間は、一瞬のことだった。
それからまたどうなったのか私は覚えていなかった。気づけば家にいて両親に挟まれて大きい椅子に座っていた。ずっと意識が飛んでいた私を抑え、呼びかけていたらしい。あのパーティからもう二日たったのだという。それまでずっと意識がないまま食事をし、仕事をし、鍛錬をし、学校に行こうとしていたらしい。身についた習慣だけで動いていた糸の切れた人形だった。自分でもどうしてそうなったのかわからなかった。主治医によると私の精神状態に慢性的負荷と急な大きな負荷がかかり一時的に意識がなかったということだった。負荷。それが何なのかもうわかっていた。両親は、それから私をとても心配したため、18歳という年だというのに私は、幼いころのようにのんびり過ごしていた。そうやって屋敷を久しぶりに歩くと、いろいろなことが思い浮かんだ。苦しいことも。昔は、苦しい時は、必ず乗り越えられて前向きにいたのに、今は、乗り越えられなかった。なぜだろうか。
気づくと温室に来ていた。よくここでお茶を飲んでいた。誰とだっただろうか。とても穏やかな時間だった。
屋敷に帰ると皆仕事の手を止めて何とも言えない顔をしていた。いったい何があったのか近くにいたメイドに問うと、執事がやってきてそれは、私たちからいうべきことではありません。とだけ言われた。ふと穏やかになった心にさざ波が立った。不安が波のように押し寄せいてもたってもいられなくなった。執務室にいるはずの父のもとへ走った。
ふと婚約者の姿が目に浮かぶ。後ろ姿でゆっくりと消えていく彼女の姿が。なぜ彼女は、去っていたのだろうか。
執務室に父の姿はなく、客間にいるといわれた。急いで向かうと、そこには、父とちょうど思い出していた彼女の父親がいた。二人とも渋い顔をしていた。ただ、彼女の父親は、青白い肌に苦しみに耐え切れないといった顔をして、父は驚愕と後悔、知らない顔をしていた。
「ウェル。お前の婚約者だろう。いったい何をしていたんだ。」
父が、重く苦い声で言った。
彼女の父親は、それに耐えられないといったようにうつむき震えた。
「どういうことですか。」
父はそれには答えなかった。ただ机の上に置かれた一通の手紙を見た。
それは、私宛の手紙だった。"敬愛そして我らが"他人行儀に始まる手紙は、私宛だった。
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敬愛そして我らが
ウェルド・オル・ステラ小公爵様へ
ぜひ短編も読んでみてください。
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