第二十一話【上級生】
図書室でのやり取りから半年が経過した。
アビスとカルマはもうすっかり仲良くなり、よく会話をするようになっている。
主に読んだ本の感想を言い合ったり、授業で難しかったところを教えてもらったり。
もちろんフェイトやシグマと遊ぶ日もあり、アビスは一年生の男子全員と仲良くしているようだ。
一方でアリアとの関係性に変化はない。
そんなある日。
食堂にて。
「きゃっ!?」
アビス、シグマ、フェイトの三人がいつも通り楽しく食事をしていると、少し離れた位置からアリアの悲鳴が聞こえてきた。
普段そもそも喋らない彼女が大きな声を出す。
その異常さに、アビスを含めた一年生の全員が視線を向ける。
アリアのそばには四年生男子の姿。
彼はボルグ=ハーディ、十五歳。
長身で筋骨隆々な身体。
黒髪のオールバックで、鋭い目つきをしている。
彼はアリアを睨みながら舌打ちをし、歩き出した。
アリアは地面にしゃがみ、落ちた皿と料理を手づかみで拾い始める。
華奢で綺麗な手が汚れることも躊躇わず、ただひたすら申し訳なさそうに。
彼女の対面に座っていたノエルも手伝うために立ち上がった。
とそこでガラガラッと、椅子の擦れる音が響く。
アビスだ。
彼は自分でも気づかないうちにすごい形相で立ち上がっていた。
「おい、アビス。やめろ! 相手は上級生だぞ」
普段は一番活発なはずのフェイトが悔しそうに拳を握りしめながら言った。
「うるさい。謝らずに……それどころか舌打ちして立ち去るなんて、同じクラスメイトとして許せない」
「それはおれも同じだ! けど相手が悪すぎる。あの人はこの施設内で最強と言われている学生だぞ」とシグマ。
だがアビスはその助言を無視して走り出す。
それからすぐに口を開き、
「おい、待てよ!」
「…………あぁ?」と眉を顰めながら振り向くボルグ。
すさまじい圧力だ。
しかし彼は怯むことなく勢いに任せて、
「アリアに謝れよ!」
「はぁ? なんで俺様が弱者に詫びを入れなきゃいけねぇんだ?」
「悪いことをしたら謝るのは当然だろ! そんな自分勝手なやつ、俺は許さない」
「黙れ、ゴミが」
その瞬間、ボルグの両目に真っ赤な紋章が浮かび上がる。
「──っ!?」
気づくとアビスは床に伏していた。
何かの力によって倒されたらしい。
それだけではなく、体全身が全く動かないようで、その場でじっとしている。
ボルグはそんな彼の頭を踏みつけ、
「二度と俺様に生意気な口を聞けないように、殺してやるよ」
「うっ…………」
誰も触っていないにもかかわらず、なぜかアビスの首が締まり始めた。
息ができず、顔が真っ赤に染まっていく。
二十秒ほど経った辺りで、近くにやってきた茶髪のイケメンが微笑みながら話しかける。
「ボルグ、そろそろやめときなよ。本当に殺しちゃったら先生たちに怒られちゃうよ?」
「チッ……仕方ねぇ。俺に絡んできたこと、いずれ後悔させてやるからな」
ボルグはそう言い残して、茶髪イケメンと共に食堂をあとにする。




