終ノ不思議:黄昏郵便
休み明け。紅葉組閉籠蒼乃、梅組舞薗美羽、松組醍醐祐介の三名が、退部届を持って職員室を訪ねていた。便宜上存在していただけの顧問はなにも言わずに受け取り、一応校則だからと「落ち着いたら所属を決めなさい」とだけ告げた。
「あの……閉籠先輩」
職員室からの帰り、美羽が蒼乃を呼び止めた。呼ばれてはいないが、何となく祐介も足を止めて美羽を見下ろす。
「先輩は、黄昏郵便ってご存知ですか?」
「前に希枝が話していたような気はするけど……内容は知らない」
「黄昏郵便は、七不思議みたいな妙な事件を解決してくれる存在へ手紙を届けてくれる郵便屋さんなんです。いつでも誰にでも会えるわけじゃないけど、もし会えたら……」
泣きそうな顔で話す美羽の肩をそっと撫で、蒼乃は「そうだね」と呟いた。
もう蒼乃も以前のように、超常的なもの全てを頭ごなしに否定する気はない。けれど同時に、立て続けに起きる異常事態に心底うんざりしていた。黄昏郵便なるものが噂の通り人助けをしてくれるものだとしても、縋る気にはなれなかった。
もう、人も怪異も自分を放っておいてほしい。
それだけが蒼乃の願いだった。
――――なのにいま、蒼乃は後輩二人と奇妙な郵便局にいる。
「ほ、本当に、あったんですね……」
「……誰もいないみたいですけど、どうすればいいんですか?」
辺りを見回しても、カウンターを覗いても、従業員らしき人影はない。こんな場所に人がいられてもまともではなさそうなので、いないほうがありがたくはあるのだが。
無人であることと時代錯誤な風情であることを除けば、郵便局として異様というほど異様ではない。文字が右から始まるレトロなポスターや、古い風景画の絵葉書、いつのものかわからない記念切手などを見ると、歴史博物館を見学している気分になる。
「ねえ、此処に小さい賽銭箱があるから、此処で葉書代とか払えばいいんじゃない?」
蒼乃がカウンターに置かれた小さな賽銭箱型貯金箱を指して言うと、後輩二人も横に並んで覗き込んだ。親切にも『お代は此方』とポップまで添えてある。
「賽銭箱ってことは、宛先は神様なんでしょうか?」
「うーん……でも神様が本当にいるならこんなこと起きてないと思うなあ」
祐介の疑問に、美羽が思うことを返す。
すると蒼乃が「それはどうかな」と零した。
「神様は別に全人類を守護する万能の存在じゃないでしょ。お参りに来た人にちょっと加護を与えたり、おみくじで助言したりするだけ。自分のことは自分でやらないと」
「そういうものなんですか?」
「少なくとも、日本の神様は西洋の唯一神ほどデカい面してないからね。全知全能とか名乗ってないし、上から試練を与えるタイプの存在でもないから」
なるほど、と美羽が納得している横で、祐介は便箋を手に取っていた。
「それじゃあ、お参り済ませて戻りませんか?」
「そうだね。長居してもしょうがないし」
便箋を手にペンが添えられた物書き台に集まり、なにをどう書こうか話し合う。いま一番自分たちを悩ませているのは、七不思議にまつわる異変である。しかし七不思議を学校から消すことは恐らく難しいだろう。仮にいまあるものがなくなったとして、この手の都市伝説は舞台と人が其処にある限り湧き続けるものだ。
ならば、どうするべきか。
「七不思議絡みの異変にこれ以上煩わされないように、とか」
「うーん……確かに、それくらいしか書けそうにないですね……」
代表して蒼乃が便箋に内容を書き、封筒の差出人欄にはそれぞれが自分で記名する。そして賽銭箱に代金とお賽銭としての気持ちを上乗せして入れると、表にあるポストに手紙を投函した。
―――確かニ、お預かり致しマシタ。
直後、どこからともなく声がして、気付けば三人は黄昏に染まる教室にいた。何故か三人とも、蒼乃のクラスである紅葉組にいる。
一つだけ欠けた席を見て、蒼乃が眉を寄せる。蒼乃をふざけて突き飛ばし、そのあと内臓を吐き出して死亡した、男子生徒の席だ。血痕は業者が入って拭き取ったものの、木製の床に染みこんだ分はどうにもならず、微かに黒いシミが残っている。
「部活もないし、帰ろっか」
「はい」
鞄を肩にかけ、揃って教室を出る。と、隣からも生徒が出てくるところだった。
青龍伊月。無口で物静かで誰かとつるんでいるところを見たことがない。蒼乃も人のことが言えた立場ではないが、友人の存在を全く感じなかったのだが。
「伊月、今日はお手紙来たから部活あるよー」
「……わかっている」
一年後輩の赤猫桐斗が、伊月の手を引いている。
桐斗は確か、同学年の黒烏柳雨と噂になっていなかっただろうか。
「あれ? 元新聞部の三人じゃん。丁度良かった」
廊下に出てきた桐斗が、蒼乃たちに気付いて声をかけてきた。
いったい、丁度良かったとはどういうことなのだろうか。三人が三人ともそう思っていると、桐斗は猫目をにんまり細めた。
「七不思議の件だけど、これ以上関わらないようにすればいいよ。部活をやめたいま、君たちは新聞部じゃなくなった。でも例えば新しくオカ研なんかを立ち上げて、怪異の調査をしようなんてことはしないほうがいい。君たちに出来ることは、怪異から離れて忘れることだけ。関わろうとしなければ向こうも追ってこないから。今回の件に関して言えばだけどね」
「どうして、赤猫くんがそんなこと……」
夕日に染まる廊下で向かい合う、三人とふたり。
桐斗はポケットから手紙を取り出すと、ひらりと揺らして見せた。
「お手紙くれたでしょ? だから、助言」
「それ……私たちがさっき出したやつですか……?」
美羽の問いに、桐斗は「そうだよ」と笑う。
「今回のは確かに怪異が原因だけど、化物をぶっ飛ばして解決するもんじゃないから。逆に言うと、ただ縁切りして放置すればホントになにも起きなくなるんだよね」
「そう、なんですか……? これ以上調べたり、記事にしたりしなければ、本当にもう変なことは起きないんですか……?」
「変なことって言うか、七不思議の事件は起きないよ」
桐斗が頑なに「異変は起きない」ではなく「七不思議絡みの異変は起きない」と言うことに、三人は嫌でも気付いていた。これまで鬼灯高校では奇妙な出来事が幾度となく起きてきた。そういった出来事までは今回の『参拝』の範疇外ということなのだろう。
「わかりました。元々、これ以上首を突っ込む気はありませんでしたから……」
「そうだね。寧ろ、しっかり記事にして発表することで区切りがつくとか言われなくて良かった。私は、二度と関わりたくなかったから」
美羽と蒼乃に同意するように、祐介も無言で頷く。
三者三様の反応を見て桐斗は満足げに頷くと、最後に「じゃ、気をつけて帰って」と言い残し、伊月と共に階下へと降りていった。
「……帰ろう」
「はい」
薄暗い廊下を進み、階段を降りる。
昇降口を抜けて、校庭を横目に門を目指す。
新聞部員という繋がりがなくなった三人は、其処で別れてそれぞれの帰路についた。欠けてしまった日常を、二度と戻らない部室に置き去りにして。




