20 いざ、王都へ(中編)
「『じゃあ、結局ガイ君の両親は来れなかったんだ?』」
お姉ちゃんと僕がユーリとガイの座る丸テーブルに腰を下ろすと、ほどなく料理が運ばれてきた。テーブルの真ん中に野菜炒めと炒飯がドンと置かれ、1人1人にスープが配られる。鼻をツンと刺す香辛料の香りが漂い、どこか辛みのある印象を与える品々だ。
「…」
ちらりと周りの様子を窺うが、みな気にした様子もなく自分の分を小皿によそい始めている。料理の種類に店の雰囲気とのギャップはあったが、それは今更のものだ。豪邸にいた頃には和食を食べていたし、引っ越してからも野菜中心とはいえ、和洋中と全く特色の異なる料理を何度も食べてきていた。
僕も気にしないようにして、自分の小皿に料理をよそう。
『ああ、父さんも母さんも予定が空けられなくてな。今回は兄ちゃんが同行出来るから、無理に付いて来るつもりはなかったみたいだけど』
ユーリたちの両親は、僕たちの自宅含めた周辺の土地を管理している領主だ。具体的にどういった仕事をしているのかは分からないが、業務に追われ多忙な生活を送ることになるものということは容易に想像出来る。
僕は以前1度だけ彼らに会ったことがある。その時は優しそうな母親と厳しそうな父親といった印象で、特に常時しかめっ面を浮かべていた父親の方には戦々恐々としていたものだ。しかし、彼らがユーリとガイに対してきちんと家族としての愛情を持っていることは会話の随所から推測出来た。ガイはこう言っているが、彼らも何とか予定を空けようとして、それでも無理だったのだろう。
『リリーが王都へ行った際にはお世話になりましたので。今回は俺たちが、責任を持ってご両親の下まで無事に送り届けますよ』
隣のテーブルから、シリウスさんが丁寧な口調でユーリたちに話しかける。
僕が寝ていた間に、お互いの両親の話し合いが行われたそうだ。といっても難しい内容ではない。ユーリたちの両親が子どもの監督を僕たちの両親にお願いし、こちらがそれを快諾したというもの。お姉ちゃんが10歳の頃には彼らのお世話になったという話だったし、断る理由は何もないだろう。
『ありがとうございます、シリウスさん。それと、僕たちにはもっと砕けた言葉で仰っていただいて構いません。こちらはお世話になる身ですし、なにより、まだ成人にも達しない若輩の身なのですから』
ユーリの落ち着いた雰囲気は、前世で高校生だった僕よりも大人びているように見える。それに悔しさというか、敗北感のようなものを感じてしまうことも多々あった。
シリウスさんは彼の言葉で先程より話しやすくなったようだ。これならすぐに打ち解けられるだろう。ただ、時折窺うようにお姉ちゃんとユーリを交互に見ている。最近娘が頻繁に訪ねる家の同い年の息子、か…。父親としては気が気ではないのだろう。僕も似た感情を持っているから気持ちは分かる。
そんな風に周りを眺めながら、野菜炒めの辛さに1人悶絶して昼食を食べ終えた。
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その後少しの食休みを挟み、僕たちはすぐに町を発った。食休みの間に少しでも町を見て回りたかったのだが、そんな考えはすぐに失せてしまった。というのも、町には観光するような場所が1つもなかったのだ。
『まあ、こんな田舎の町なんて食って寝る場所さえあればいいみたいな感じだからな。飯が上手かっただけで満足だわ』
『もっと王都に近い町なら、観光する場所もいくつか見つかるんだろうけどね』
町を出る際にブラウン家の馬車に乗せてもらい、今僕は揺れる荷台の中ユーリとガイから説明を受けている。ここには3人だけで、お姉ちゃんの姿はない。ガイから一緒に馬車に乗ろうと誘われた時に彼女にも声を掛けたのだが、『お昼食べたら眠くなっちゃった。ほら、今日朝早かったから』と言って断られてしまったのだ。午前中馬車の中でぐっすり寝ていた身としては何も言えまい。なので、彼女は現在シリウスさんたちの方の馬車で眠っている。
『ていうかシシー、おまえ制服はどうなったんだよ?』
「『あー、うん、なんとか前借りして送ってもらえたよ』」
唐突な質問だったが、すぐに何のことか思い当たる。
前回お姉ちゃんと一緒にブラウン家を訪れた際、春祭りに使用するため持っていく物についての話になったのだ。その中で特に必要になる物として挙げられたのが、祭りの最中に着る正装と、ダンスパーティー用のドレスだった。
通常なら、正装には初等科学校で着ている制服を使い、ドレスは貸し出される物を使うそうだ。僕もドレスについてはそれを使えば問題ないのだが、正装は別だ。
今現在、僕は初等科学校には通っていない。豪邸から引っ越した目的には学校へ通うためというものも含まれていたのだが、未だ出来ていないのは単純に言葉の問題があったからだ。当時の僕は『おはよう』、『ごめんなさい』、その他数種類の言葉しか話すことが出来なかった。
そんな状態で学校へ行き始めても、友人を作るどころか心の傷を深めるだけになりかねない。そう考えた家族のみんなは、僕に言葉を覚えるための猶予期間を与えてくれた。そのおかげで、ようやく僕は日常会話が出来るくらいには話せるようになった。とはいえ、1か月程で日本語を習得したお姉ちゃんに比べれば、3年かかった僕なんて遅すぎるくらいなんだけど。
『前借り…。てことは、ついにどっかに通い始めるのか?』
「『うん!春祭りが終わって戻って来たら、ビアー初等科学校へ編入するつもり』」
『あ、それ俺の通ってるとこだ』
服装のこともあり、僕の初等科編入の話も急遽進められることとなった。春祭りは、どのくらい言葉を話せるようになってから編入の準備を始めようかという悩みを解消するきっかけにもなったのだ。
家族のみんなが心配そうに僕を見ているのは分かっている。僕自身、不安を抱いてもいる。でも、心配をかけないためにはそれを表に出すわけにはいかない。幸い、学校にはガイもいる。全てが0からスタートするわけではないんだ。
「『また学校でもよろしくね!』」
『…おう、こっちこそ…な』
少し恥ずかしそうに頬をかくガイ。それを眺めながら、馬車の旅はゆっくりと続いていった。
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空が赤みを帯び始めた頃、数時間揺れ続けた荷台がようやく動きを止める。今度はずっとガイたちと話していたので、町に着いたことにも最初に気付くことが出来た。2人と共に荷台から降りると、もう1つの馬車のお姉ちゃんたちと合流する。
町に着く前から見えてはいたが、この町は昼に立ち寄った町に比べて活気がある。おそらく王都に近いからだろう。周りの建物も煉瓦で造られており、何より物を売る店が多い。昼の町にはなかった出店や雑貨店が目に映る範囲でも数軒あった。
しかし、それ以上に目を引いたのが道行く人々の服装だ。ジャケットやジーパン、ワンピース等、若者たちはみな日本にいた頃見ていたものと似た装いをしていた。コンクリートで固められた地面や道を行き交う自動車があったなら、元の世界に戻ったのではと錯覚してしまうところだった。シリウスさんは納得しないだろうが、お姉ちゃんの服装は流行の最先端だったということか。
みんなと一緒に歩いて行くと、宿と酒場が一体となった建物へ入っていく。受付で聞いた話だと、どうやら宿泊費に夕食と翌日の朝食の代金も含むタイプの宿のようだ。
『ふむ、6人部屋も4人部屋もない…か。とはいえ子どもがいるから1人部屋にするわけにもいかんしな。すいません、3人部屋2つ空いてますか?』
『待ってください、シリウスさん。2人部屋3つの方が値段が安いですよ。僕は弟と同じ部屋で1部屋分お支払いするので、残りの部屋をご家族で割り当ててください』
『いやいや、ユーリ君はお金の心配なんてしなくていいんだよ。それに、ここの宿代は俺が払うと言っただろう?』
と、受付でのひと悶着はあったが最終的に2人部屋を3つ借りることとなった。僕としては、3人部屋になった場合男女で分かれていたであろうことを考えれば、ユーリの提案は渡りに船であった。家族とはいえ2人の女性と同じ部屋で寝るというのはなんというか、心臓に悪い。
その後部屋の割り振りを行い、シリウスさんとリーシャさん、ユーリとガイ、そしてお姉ちゃんと僕が相部屋となった。
あれ、お姉ちゃんと一緒の部屋なら結局同じことなのでは?とも思うが、これにはやんごとなき事情があるのだ。まず僕は、相部屋となる相手の候補として男性を考えていた。この時点で3人に絞り込めるが、ユーリとの相部屋は望ましくない。彼は優しく話しやすい相手ではあるが、歳が離れていることからどうしても距離感を感じてしまう。相部屋になれば気を使い、リラックスすることも出来ないだろう。なら自然体で接することの出来る友人ならどうだろうか。
「『ねえガイ君、もしよかったらわたしと相部屋にしない?』」
『ぶっ!馬鹿かおまえ!』
何故かガイには怒られた。
…いや、確かに男女で相部屋と考えれば軽率な発言だったかもしれない。しかし僕たちはまだ10歳、日本なら小学校5年生の子どもだ。もう覚えていないが、僕が前世で10歳の頃に性差についてそこまで意識していただろうか。どちらにせよ、これでは僕が望む望まないに関わらずユーリについても駄目だったということになる。
なら、残るはシリウスさんだ。全く気を使わない相手ではないが、女性との相部屋よりは随分気も楽だろう。そう思い、彼に声を掛けようとしたのだが。
『ママ、あの人に私とシシーで相部屋にするって言っといて』
『もう、リリー。あの人じゃなくてお父さんでしょ?まあ、分かったわ、後で伝えとくわね』
「え」
結果、僕はお姉ちゃんと相部屋をすることになった。




