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21 いざ、王都へ(後編)

『わぁ、すご~い!』


 宿の1室に、お姉ちゃんの感嘆の声が響き渡る。彼女と僕がいるのは、自分たちに割り当てられた2人部屋の中。入り口の扉をくぐると煉瓦の壁と2つ横並びになったベッドが目に入った。

 お姉ちゃんは荷物を放り出すと、楽しそうに部屋の物色を始める。その様子は、まるで小さな子どもが外泊にはしゃいでいるように見えてとても新鮮だ。普段の彼女ははつらつとしながらも、どこか落ち着いた大人びた雰囲気を纏っている。時たま昼間のようないたずらをしてくることはあったが、ここまで年相応な姿は見たことがない。

 思わず見入ってしまいそうになるが、慌てて首を振って我に返る。シリウスさんたちとは、荷物だけ置いてもう1度集合しようという約束だ。合流してから一緒に夕食を食べる予定だから、みんなもうお腹を空かして待っているかもしれない。


「『お姉ちゃん、荷物置いたら受付に戻らないと。みんなもう集まってるかも』」

『は~い』


 僕が呼び掛けると彼女はあっさり言うことを聞いてくれた。そうして一緒に部屋を出たのだが、何故か彼女は僕の後ろばかり付いて来る。いつもなら僕が後ろを歩いているのでなんとかして前後を逆転しようと奮闘したものの、のらりくらりと躱されてしまい結局こちらの方が先に折れてしまった。

 お姉ちゃんの前を先導するなんて多分初めてのことだ。いつもと違う立ち位置でなんだか落ち着かない。そう、いつもなら彼女が僕の手を引っ張って…。


「…」


 思わず手を意識してしまって、身体に妙な力が入る。お姉ちゃんから見てぎこちない歩き方になっていないか心配だ。

 1度意識してしまえば後はもうそのことばかり気になってしまって、考えが堂々巡りしてしまう。つまり、いつも彼女にされているように僕も手を引っ張るべきか、そうじゃないのか…。


 よし、手を伸ばそう!

 いや、でも…。

 いつもしてもらってるんだから!

 でもやっぱり…。


 なんて考えている間に、気付けば受付に辿り着いていた。みんなの姿が見えた途端お姉ちゃんは前を歩き出したので、僕も脱力してしまった。何だったんだ、一体…。


 その後は全員で夕食を取った。昼に立ち寄った店よりも落ち着いた雰囲気の所で、パンと野菜を盛った皿が各人に配られる。目の前の料理は僕にとっては適量だが、男性陣には少ないんじゃないかとも思ったが、おかわりは自由みたいだ。彼らは自分の分をすぐに平らげると、新しく運ばれてきた皿にかじりついていた。


『なんか…味薄くないか?』


 ガイがこっそりこちらに呟いてくる。確かにこの店の料理はどれも薄味のようだ。しかし、僕はあまり気にならなかった。


「『辛くないならいいよ』」

『そんなに辛いの駄目なのかよ』


 辛くない料理を何事もなく食べ終え、僕たちは部屋に戻った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『「お兄ちゃ~ん♪」』


 夕食を終えた僕とお姉ちゃんは、部屋に戻ってから各々寝る支度を整える。そこまではよかったのだが、何故かその後彼女に催促され僕は膝枕をしている。僕がベッドに座り、お姉ちゃんが同じベッドに横になり頭を僕の膝の上に乗せている状態だ。僕はもう、普段の彼女と違い過ぎてされるがままだった。

 僕たちは云わば小学生と中学生なので、相応の体格差も存在する。身体の小さな僕がお姉ちゃんを膝枕しているので、傍目には奇妙に見えるかもしれない。


『「今日は長旅で疲れたよ~。ずっと荷台で座ってるからお尻も痛いしさ~」』


 甘えるように話しかけてくるのは、気分が高揚しているからなのか。きっと、旅先で外泊しているからなのだろう。深夜テンションというやつに近い。

 というか、高揚しているとはいえ日本語で話しかけてくるのはやめて欲しい。普段からかう時にしか言わないので、「お兄ちゃん」呼びに反射的に顔が熱くなってくる。

 いつの間にか、しっかりと刷り込みされてしまっていた。


『「前に王都に行った時は全然大丈夫だったんだけど、やっぱりユーリたちの馬車に乗ってたからなのかな?」』

「あ、あのさ、お姉ちゃん」

『「お兄ちゃんは日本語使っちゃダ~メ」』


 やんわりと諭される。

 しかし、普段見せることのない姿は、確かに姉というよりも妹を連想させる。今の僕の体格では彼女を見上げることの方が多いが、精神では僕の方が年上なのだ。


『「ねぇ、お兄ちゃん。あのね…?」』


 後頭部を僕のお腹に付け、下から横目で見上げてくる彼女にドキリとする。普段よりも心拍数が高い。きっと今の僕が彼女を高校生の、年上の男の目線で見ているからだ。姉でも妹でもなく、1人の異性として見てしまっている。

 そして、そんな風に僕が妙な雰囲気を感じる中彼女の口から出た言葉は…。


『「明日さ、ママとあの人にデートさせてあげない?」』


 期待していたものとは違ったわけだが。いや、自分でも何を期待していたのか分からないのだけども。

 肩透かし感のある中、お姉ちゃんから話を聞いていく。


「『えっと…、でーと?それって、お母さんとお父さんを2人きりにしてあげるってこと?』」

『「うん、そう!明日は自由に王都を周る時間があるから、みんなで観光しようって話だったでしょ?だから、昼間の間になんとか2人におしゃれさせて、夜になったら2人きりにしてあげるの!」』

「『わぁ、ロマンチック…』」


 お姉ちゃんは、両親のためにそんな計画を考えていたのか。僕には、王都で彼らの喜ぶことをしようなんて考えつきもしなかった。ただ、どうやって何事もなく王都での滞在を終えるかということばかり。


『「ママ、絶対おしゃれに興味あると思うのよね。いっつも誘ってもあしらわれてるけど。なのに、いつも着てるのはカートルばっかり!おしゃれな服をプレゼントしたら、絶対喜ぶはずよ!」』

「『…お父さんは?』」

『「あの人は…。その、ついでよ!一緒だとママが喜ぶだろうから、その…」』


 口ごもりながら立ち上がるお姉ちゃん。頬を赤く染めている所を見れば、それが照れ隠しだということはよく分かる。彼女も、シリウスさんを心から嫌悪しているわけではないのだ。


「『分かった。じゃあ明日は2人に合う服を探すってことだよね?ユーリさんたちはこのこと知ってるの?』」

『「ううん。ユーリはガイ君のこと心配だろうし、これは私のわがままだから。だから、話を聞いてくれてありがとう、お兄ちゃん」』

「『う、うん…。と、とりあえず!明日も早いしもう寝ようか!』」

『「あ、待って!もう1つ!」』


 なんだか恥ずかしくなって布団を被るが、すぐにひっぺがされる。上から覗き込んでくるお姉ちゃんと目が合った。


『「お兄ちゃん、今だけでいいから。私のこと…リリーって呼んでみて?」』

「『な、なんで?』」

『「いいから」』


 一体、彼女の真意は何なのだろう。部屋に入った途端甘えてきて、名前で呼んでほしいと言っている。

 既に緊張で、僕の心臓は限界だった。でも、嫌なわけじゃない。うるさいくらい速い心臓の鼓動が、こそばゆくて心地よい。場の雰囲気に充てられたように、僕は彼女の名前を口にする。


「『リ…』」

『「リ?」』

「『リ、リリー…………………お姉ちゃん』」

『………』

「わぷっ」


 お姉ちゃんが持っていた布団を手放したので、重力に従ったそれが僕の顔目掛けて振って来た。暗闇の中、隣のベッドに彼女が潜り込む音が聞こえてくる。

 や、やってしまった…。名前を呼ぶのが想像以上に恥ずかしくて、最後の最後に臆してしまった。彼女が何を思ったのかは分からない。でも、なんとなく、何か重大なミスを犯してしまったような気がする。何か、彼女と僕の関係が望まぬ方に決まったような…。


『おやすみ、シ(・)シ(・)ー(・)。また明日ね』

「『う、うん。おやすみなさい…』」


 お姉ちゃんの穏やかな声音で落ち着きを取り戻す。1人で熱くなり過ぎていた。お姉ちゃんはお姉ちゃんのままで、この先も何も変わらない。それで何の問題もない筈だ。

 1日の疲れもあったのだろう。緊張が消えた途端、僕の意識は急速に沈んでいった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 瓦礫の山の間を、縫うように走っていく。ほんの少し走っただけで息があがる。目的地はすぐ近くのはずなのに、いつまで経ってもたどり着けない。

 不意に足に何かが引っ掛かり、勢いよく転んでしまう。腕が擦れて焼けるような痛みが広がる。痛む腕を押さえ、足下にあった何かを確認しようと振り返る。いや、振り返ってしまった。


 足下にあったのは、いたのは、人間だった。下半身を瓦礫の下にいれ、ピクリとも動かない人間。それが目に入った瞬間、まるで世界が色を取り戻したように周りの景色が鮮明に見え始めた。

 僕が走ってきた瓦礫の山には人の腕や足が張り付いていた。辺りを埋め尽くすおびただしい赤色はなんの色だ?転んだ時に付いた血は、本当に僕だけのものか?


「ああ、ああああ!!」

 ーーーシ…-?…シー?だいじ……ぶ?ーーー


 振り返らなければよかった。あのまま脇目も振らずがむしゃらに走っていれば、こんな現実目にしなくても済んだのに。

 でも、本当は気付いていたんだ。だって僕がここまで来れたのは、ここまで足場の悪い道を走ってこれたのは、この惨状を認識して、避けてきたからなのだから。


 空を仰げば、また光の塊がいくつも漂っている。幻想的な光景。でも、それは戦慄の瞬間だ。だってこの惨状はあれらが起こしたもの。


 重たい足を動かして再び走り始める。今ここであの光に呑まれるわけにはいかない。僕には行かなくちゃいけない所があるんだ。


「こわい、いたい、あつい、さむい、つらい、くるしい…」

 ーーーだ…じょ…ぶ、シ…-のそば…は私…いる…らーーー

「いやだ、しにたく…ない…」

 ーーー安心…て?お姉……んがず…と側…いるか…---

「もう……………スー、スー」

『…ほんと、手のかかる妹なんだから』


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「んっ…」


 微睡みの中、身体を包む温もりを感じる。同時に、布団とは違う柔らかな感触も。寝ぼけた頭ではそれが何なのか検討もつかない。ただ、まるで守られているような安心感にその柔らかな何かへ身体を寄せる。


『ん、おはよ~、シシ~』


 瞬間、先程までの心地よい微睡みはどこかへ吹き飛んでいった。今の声はお姉ちゃんのそれだ。なら、なんで僕の頭のすぐ上から聞こえてきた?


「う、うわぁ!お、おね…!『なんでお姉ちゃんがわたしのベッドに!?』」

『え~?んっと…なんか、シシーと一緒に寝たいな~って?』


 慌ててベッドから飛び上がる僕に対して、彼女はまだ気だるげだ。ぼ、僕は今お姉ちゃんの何を、どこを!?いや、考えちゃ駄目だ。


「『お、お姉ちゃん。流石にベッドに潜り込むのは…。いや、お風呂とかも出来れば止めてほしいけど、寝ぼけてる時にあんな密着されたら、と、突拍子もないことをするかもしれないわけで…』」

『シシー』


 なんとか説得を試みる僕を、名前を呼んで一喝する。それで黙ってしまうのだから、僕の意思も弱い。


『おはよ!今日はママたちの為に頑張ろうね!』

「『お、おはよう。うん、頑張るよ』」


 そうして、王都を訪れる日がやって来た。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝食を軽く済ませ、支度を整えてすぐ馬車に乗り込む。今回は家族と一緒だ。ユーリとガイの乗る馬車は、僕たちの少し前を走っている。


『シシー。おまえにこれを渡しておきたいんだ』


 町を出てしばらくすると、シリウスさんがバッグから何かを手渡してくる。差し出した両手に載せられたそれは、小さな巾着袋だった。花びら柄の生地ときつく結ばれた結び目は、収納用というよりもお守りを連想させる。


『材料を揃えるのに手間取ってな。昨日の昼から急いで作ったんだ。ママとリリーが、だけどな』


 驚いてお姉ちゃんの方を向くと、照れたように目を逸らしていた。昨日の午後、僕がガイたちと話している間にそんなことをしていたなんて。『眠いから』なんて嘘までついて。


『遅くなって悪いが、なんとか間に合ったな。シシー、それはお守りだ。不安な時は握り締めるといい。俺たちは祭りの間は側にいてやれないが、それがおまえを守ってくれる』

「…!」


 身体の奥から暖かいものが溢れてくるようだ。いくつもの感情が混ざって言葉が出てこない。家族のみんなが、僕のために作ってくれたんだ。


「『あ、ありがとう…。ありがとう…!』」


 感極まってお守りを強く握り締める。中に入った、何か固い感触を手の平で感じながら強く決意する。

 リーシャさん、シリウスさん。待ってて。お姉ちゃんと2人で、今日は絶対に楽しいデートにしてみせるから。そしてお姉ちゃんにも、いつか…。


 プーーーーー!!!

 瞬間、遠(・)く(・)で(・)け(・)た(・)た(・)ま(・)し(・)い(・)ク(・)ラ(・)ク(・)シ(・)ョ(・)ン(・)が(・)鳴(・)り(・)響(・)く(・)。久々に聞く音に思わず耳を塞ぎそうになるが、寸前で止まる。あれ?なんで今…。


『まったく、王都の観光名物とはいえ迷惑な客はいるもんだな』


 眉を顰めたシリウスさんからは、不快感はあっても未知の物に遭遇したような驚きは見られない。お姉ちゃんもリーシャさんも同じだ。この現象に驚いているのは僕だけだ。

 慌てて荷台の前から顔を出す。御者の男がぎょっとしていたが、気にしていられない。

 馬車はちょうど、小高い丘に差し掛かったところだった。丘の向こうに巨大な壁が見える。横にずっと伸びたそれを見て、以前家族から聞いた話を思い出す。確か、王都へ入るためには周りを囲む壁を越えなければならなくて、入り口には毎日検問待ちの行列が出来ていると。なら、今見えている壁が王都を囲む外壁なのだろう。

 そして馬車が丘を越えた時、外壁から周囲に広がる草原が見えた。そこを走る、いくつかの影とともに。


「どうして…」


 思わず呟いていた。こんな光景は予想外だ。どうやっても予想出来る筈がない。


 草原では、たくさんの自動車がエンジンを唸らせ縦横無尽に走り回っていた。

お読みいただきありがとうございます。

今後も、投稿ペースには気を付けます。

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