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(十六)試験飛行

 ウチーチリ飛行隊(スコードロン)壊滅(デストラクション)超弩級魔竜(サタン)超弩級雷竜(カムナカムイ)監査部隊(グレイ・ゴースト)密偵(スパイ)上位竜種(エルダー)との知性的接触インテレクチャル・コンタクト、そして、自分自身の属性顕現アライメント・バーストも含め、18年前の多くの事実(ファクト)を、イオキベはスズ・オラシオンに語った。

 何より、300年の歴史を持つはずのベネトナシュ空域基地(ベース)が、わずか18年前に引き揚げられた(サルベージされた)ことに混乱するスズ。イオキベに対する自分の気持ち、その自分へのイオキベの答えを確認した彼女は、イオキベの知ること、やろうとしていることの全てを、聞く覚悟を決めるのだった。

 ――13歳のノリトが寝息を立てている間に、絶床世界は朝を迎えようとしていた。

予備機(サブ)再塗装(リペイント)はどう?」


 紅茶杯(ティーカップ)を置きながら、スズ・オラシオン大尉がノリト・オロスコフに尋ねた。海鮮醍醐焼飯(シーフード・ドリア)を口に掻き込んでいた少年は、慌ててスプーンを置くと、答える。


「さきほど確認してきました、仕上がってます」

「そう。しっかりした仕事振りね、上出来です(ウェルダン)


 白い騎兵服(スーツ)を着込んだノリトは、正面から褒められて、顔を赤らめた。蛋白由来塗料(プロテナペイント)の定着具合が気になって、起床してすぐに、昨日整備を終えたばかりの機体を、第一格納庫(ハンガー)まで確認しに行っていたのだ。


どうだい(ろうらい)、うちの丁稚(れっち)も、(らい)したもんだろう」

「あなたはせめて、騎兵服を着用してから言ってください」


 もりもりとサラダ菜を頬張るイオキベに対して、スズが嘆息をついた。ぎりぎりまで朝寝をしていた彼は、白い肌着に黒いハーフパンツのままだ。そのやりとりに、隊員たち(メンバー)はくすくす笑ったり、苦笑している。


 食堂室(ダイニング)の一角、円卓(テーブル)の一つを囲み、オラシオン小隊(プラトーン)は揃って、朝食を摂っていた。席次シーティングは、初めてオラシオン小隊を紹介された時と同じ並びだ。


一同(オール・ハンズ)、食べながら聞いてちょうだい」


 大尉(キャプテン)の言葉に、オラシオン小隊の面々は居住まいを正す。――毎朝、いつもの席次(シーティング)で行う朝食時の意識合わせ(ブリーフィング)は、この小隊ならではの習慣のようだ。他の小隊(プラトーン)は個々に朝食を済ませた後、会議室(ミーティング・ルーム)意識合わせ(ブリーフィング)を行っている。その違いが、他にはないオラシオン小隊の結束を示すようで、少年には好ましく感じられた。


「現段階を以って、予備機(サブ)を当小隊(プラトーン)の1番機とします」

試験飛行(テスト・フライト)はしないんですか?」


 レーニスの問い掛けに、スズは頷く。


予備機(サブ)分解整備(オーバーホール)が前倒しできたので、試験飛行(テスト・フライト)も予定を早め、本日から行います。それに合わせ、今後の訓練予定(スケジュール)を多少変更します」


 オラシオン大尉の回答に、一同が頷く。


「まずは本日の予定から……1番機の試験飛行(テスト・フライト)操縦手(ライダー)は私がやります。後部座席(うしろ)には、ノリト君、あなたが乗ってちょうだい。イオキベさん、よろしいですね?」


 えっ、と声を上げたノリトの脇で、茹で未成熟玉蜀黍ボイルド・ベビーコーンを貪っていたイオキベが頷く。


勿論(もひろん)予備機(よひひ)整備(せいひ)したのは、こいつ()からな」

「い、いいんですか? 僕で?」

「勿論よ。どうして?」


 大尉の疑問に、躊躇いながら、少年は口にした。


「――オンラード、さん、の代わりが、僕でいいんですか?」


 オラシオン小隊の囲む円卓(テーブル)が、静まり返った。


 左隣に座るイオキベから怒気が上がるのを感じ、ノリトは身震いしたが、彼は何も言わなかった。そういえば昨晩から、言葉を交わしていない。


「ノリト。代わりなんて、いないんだよ」


 噛み締めるように、アウダースが言った。


 中尉に名前を呼ばれたのは、初めてのような気がする。その濃茶色の瞳が、優しく、そして諌めるようにノリトを見つめている。


オンラード(あいつ)の、代わりなんて、いないんだよ」


 再び、噛み締めるように、アウダースが言った。

 ノリトは円卓を見まわした。


 目を伏せるソブリオ、涙ぐむレーニス、固い横顔のアンテット、悲しげに微笑むスズ、項垂れたラソン、そして、唇を噛むトゥシェ。――この時、少年は初めて、オンラードを見送ったオラシオン小隊の、深い哀しみを知った。


「すいま、せんでした……」


 ノリトは円卓に目を落とし、そのまま、顔を上げられなかった。


「……ありがとう、ノリト君。ずっと、気にしてくれてたのね」


 スズの優しい言葉が、かえって痛かった。


 経験の足りない少年は、イオキベの言ったように、ずっと外野のままだったのだ。いつになったら、そんな気持ちが分かるようになるんだろう。ノリトはそう思った――けれど、そんな時は決して来て欲しくない。少年はそうも思った。


「オンラードは取り戻せない。でも、1番機の後部座席(リア・シート)には誰かが必要なの。そして、試験飛行(テスト・フライト)においては、整備(チューン)をしてくれたあなたが適任者(スータブル)なの。分かってくれるわね?」


「はい」


 顔を上げ、ノリトはオラシオン大尉の眼差しをまっすぐに受け止めた。


「ありがとう」


 スズの言葉に、円卓の雰囲気が、すっと和む。


 左隣の怒気が引き下がるのも感じたが、それでもノリトは、イオキベの方を向くことが出来なかった。


「では、意識合わせ(ブリーフィング)を続けます。2番機はアウダースとソブリオ、3番機はイオキベさんとトゥシェ、本日いっぱい、対弩級竜種戦(vsドレッドノート)を想定した分隊飛行訓練(スカッド・フライト)

了解(ラジャー)!」

「うぃーす」

「……ちょ、ちょっと待ってください」


 ラソンが口を挟んだ。


一個中隊(三個小隊)でも不足する弩級竜種(ドレッドノート)に対して、たった2機、一個分隊(スカッド)で対応することを想定するんですか?」

「そうよ」


 スズはあっさりと頷いた。


「先日の事例から考えても、今後は超弩級竜種(スーパードレッド)との接近遭遇(エンカウント)すら想定されます。今の討竜部隊(レッド・ハウンド)はよほどの計画(ミッション)が無い限り、一個小隊(プラトーン)で動くことが多いでしょう? 不意の遭遇ランダム・エンカウントにおいて、いかなる竜種(ドラゴン)とも向き合える小隊となる――今回の訓練期間(トレイニング)は、そこに注力したい。そのための航空術(マニューバ)を、経験豊富なイオキベ氏から教授(レクチャー)していただきたいの」


「なるほど……司令官(コマンダー)は何と?」

「好きにしろ、との仰せだ」


 アウダースが苦笑しながら付け足した。


「勿論、犬死するための訓練じゃないわ。いざとなれば……」

「うまく逃げる方法も、レクチャーしてやるさ」


 胡瓜を齧りながら、素っ気なくイオキベが言う。


 スズ、アウダース、イオキベの三人は、いつの間にか結託して、ガイツハルス少佐の承認を得るところまで進めていたらしい。そこまで理解して、ラソンは肩をすくめ、同意を示した。


「あの、あたしとラソン、レーニスは?」

体力訓練(フィジカル)

「うげぇー……」


 にこやかに告げるスズと、渋面をつくるアンテット。そんな二人をよそに、ノリトの脇腹をつんつん、とトゥシェがつつき、小声で言った。


(ねぇねぇ、大尉と飛ぶの、初めてだよね?)

(は、はい、そうです)

(ふふふ、あの人、空では性格変わるから)

(えっ)

(気をつけてね~)


 嬉しそうに含み笑いするトゥシェに対し、少年は曖昧に笑うことしか出来なかった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


射出角度補正(アングル・リビジョン)良し(グリーン)離陸を許可するアブループ・トゥ・テイクオフ

オラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)出ます(フライ・ルー)!」


 管制官(コントロール)からの許可(アプルーバル)に呼応して、ノリトは引金(トリガー)を引いた。


 索引装置(ブライドル)が走り出し、それに曳かれた1番機を、一気に加速させる。電磁射出機(リニア・カタパルト)によって、わずか200メートルの間に、亜音速(サブソニック)まで到達する航空騎兵(エアランサー)


 今朝がた再塗装(リペイント)が終わったばかりの、紅色(バーミリオン)も鮮やかな討竜部隊(レッド・ハウンド)機は、夏期間(サマー)も真っ只中のベネトナシュ空域、どこまでも澄んだ絶床世界の青に、飛行形態(フライト・モード)でまっしぐらに吸い込まれていく。


「……ど、どうですか?」


 慎重に機体を安定制御(スタビライズ)しながら、少年は前部座席(フロント・シート)に恐る恐る声を掛けた。今、オラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)全制御(フル・コントロール)は、虚像把握制御(IF・コン)を除き、ノリトが握っている。


悪くない(ノット・バッド)。だが、射出角度補正(アングル・リビジョン)がまだ遅い。現状では全機緊急発進(フル・スクランブル)時、僚機(フェロー)に遅れを取るぞ。――もう一回(アゲイン)


 ひぇっ、と息を呑みつつ、少年は了解を返した。


 前部座席(フロント・シート)では、鮮やかな紅色(バーミリオン)騎兵服(スーツ)に身を包んだスズ・オラシオン大尉が、腕組みをしながら、その涼しげな水色の瞳で、計器(ゲージ)を睨んでいる。


 電磁射出機(リニア・カタパルト)を使っての離陸行為(テイクオフ)を、ノリトはもう、10回も繰り返していた。


 その都度、オラシオン大尉からは、索引装置(ブライドル)固定(フィックス)の遅れや、射出角度補正(アングル・リビジョン)の甘さ、離陸(テイクオフ)後の機体制御(スタビライズ)の不手際などを指摘され、改善を指示されている。


(――お、おかしいな、整備担当(メカニック)として試験飛行(テスト・フライト)に参加したはずなんだけど)


 10回目の「もう一回(アゲイン)」をもらって、ノリトは内心、独りごちた――とはいえ、(おか)に居る時からは想像もつかない、極めて冷静な、極めて断定的なスズの言葉に、異論を挟めるほどの度胸も、少年には無かった。


管制(コントロール)、こちらオラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)、再度離陸試験(テイクオフ・テスト)を行います」

了解(ラジャー)。引き続き3番射出機(カタパルト)を使用されたし』


 短波無線(SWレディオ)越しに聞こえてくる管制官(コントロール)の声に、苦笑が混じっているのは考え違いではないだろう。「やれやれ、新兵(リクルート)鬼大尉(ハードハーテッド)にしごかれてるぞ」……管制官(コントロール)たちの、そんな雑談(チャット)すら聞こえてきそうだ。


 大きく旋回して機首をベネトナシュ空域基地(ベース)に向けながら、ノリトは前部座席(フロント・シート)のスズに聞こえないように、そっと嘆息した。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 亜音速(サブソニック)離陸(テイクオフ)した航空騎兵(エアランサー)は、あっという間に基地浮島(ベース・ランド)から1キロメートルほども離れた。その距離からは、ベネトナシュ空域基地(ベース)の全体が見渡せる。


 ――直径約5キロメートル、周囲約15キロメートルにも及ぶ大型浮島(ビッグ・ランド)。そのほぼ中央に建つ六角形(ヘキサゴン)の巨大建築物(ストラクチャ)が、ベネトナシュ空域基地(ベース)だ。


 6つの辺のうち、4つが格納庫(ハンガー)に当てられ、その前にはそれぞれ4基の電磁射出機(リニア・カタパルト)が備えられている。残りの1つの辺が兵舎(バラック)、もう1つの辺が会議室(ミーティング・ルーム)食堂(ダイニング)肉体訓練室(トレイニング・ルーム)や電算室など多目的(マルチプル)に使われている。


 六角形(ヘキサゴン)中央(センター)にそびえたつのが、その名の通り、中央管制塔(センター・タワー)だ。


 基地全体の管理や航空騎兵(エアランサー)の発着管制だけでなく、電離流域を超えることが可能な大出力超短波無線(VHFレディオ)による、本隊ベースにならびに他の基地浮島(ベース・ランド)との通信も、ここから行えるようになっていた。


 基地建物(ストラクチャ)から離れた浮島の縁には、白く輝く石造円蓋建築(ストーン・ドーム)が見える――ノリトにとっては、訳もわからずオンラードを見送った、あの葬祭場(テンプルドーム)だ。


 葬祭場(テンプルドーム)へ続く歩道を除けば、基地浮島全体はほぼ、機能高分子繊維(スパイバー)製の対熱甲板で覆われている。午前の陽光を呑み込んで、灰色に浮かぶベネトナシュ空域基地(ベース)は、それ自体がひとつの、「絶床世界への抵抗の意志(レジスタンス)」のようにも感じられた。


 その葬祭場(テンプルドーム)にほど近い、浮島壁面から伸びるのが、ベネトナシュ空域基地から唯一伸びる太さ30メートルほどの桂管路(パイプライン)だ。この桂管路(パイプライン)は、20キロメートルほど先の超大型浮島(グラウンド)、ベネトナシュ空域でただひとつの都市島「アルカイド」につながっている。


 16番射出機(カタパルト)から離陸(テイクオフ)した外部大型格納庫エクスターナル・コンテナ付きの兵站部隊(グリーン・バード)4機が、討竜部隊(レッド・ハウンド)の1個小隊に守られながら、ゆっくりとアルカイド方面に向かう様子が観察できた。あの外部大型格納庫エクスターナル・コンテナには客室(キャビン)も備えられていて、少人数ではあるが、人員を輸送することもできる。


(――ホントなら僕ら、工房(うち)に向かってるところなんだけどなぁ)


 隣の都市島「アルカイド」に行けば、他の都市島へ渡る定期便が出ている。それを乗り継げば、三日ほどでイオキベ工房には帰れるだろう。


 不意にノリトは、ピュラーの簡素な手料理が懐かしくなった。彼女は今、どうしてるだろうか。


(いやいや、彼女じゃない、()だった)


 思わずノリトは頭を振った。

 そんな少年に、冷静な声が飛ぶ。


「ノリト君」

「は、はいっ!」


諸経費(オーバーヘッド)含め、電磁射出機(リニア・カタパルト)の使用は一回につき、およそ10万リーベを要する。航空騎兵(エアランサー)の飛行には1時間につき約100万リーベ。これらの費用(コスト)は、あの兵站部隊機(グリーン・バード)が向かった先の都市島、アルカイドも含めた各都市(シティ)からの徴収(レヴィ)で賄われている。本日現時点で、我々はすでに約200万リーベを消費している。これを適切な消費(コンシューム)とするか、無駄な浪費(ウェイスト)とするかは、我々次第だ。集中しなさい(コンセントレート)

「は、はいっ!」


 徐々に冷徹に近づいていく彼女の声に、怖気をふるいつつも少年は答えた。辛うじて「君」付けで呼ばれていなければ、心が凍っていたかもしれない。


「――では、離陸試験(テイクオフ・テスト)もう一度(アゲイン)

「は、はいっ!」


 スズ・オラシオン大尉から「上出来(ウェルダン)」がもらえたのは、それから1時間後だった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何かいつもより激しくね? あれ。とても試験飛行(テスト・フライト)には見えないんだけど」


 ベネトナシュ空域基地(ベース)の広い滑走路(ランウェイ)の片隅に体育座りをして、遥か前方の上空を眺めながら、アンテットが言った。褐色の肌に玉の汗を浮かべている。


「あ、あれ、非揚力横回転(ジェリド・ターン)だ……そのまま頂点後方宙返り(フライ・ハイ・バック)


 金髪を真っ赤な布製髪飾り(シュシュ)総髪(ポニーテール)にした彼女の隣で、同じく体育座りをしながら、レーニスが薄茶色の瞳を凝らし、航空術(マニューバ)の解説をしている。


 ようやく離陸試験(テイクオフ・テスト)を終えたらしいオラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)は、そのまま人型形態試験(ジュブナイル・テスト)に入っているようだった。先ほどから人型形態(ジュブナイル・モード)のまま、様々な人型形態航空術ジュブナイル・マニューバを繰り広げている。


「うわ、頂点前方宙返りフライ・ハイ・サマーソルトから連続非揚力横回転ジェリド・ホイール・ターンだよ……もうあれ、機体試験(テスト)じゃないね。完全に新兵向け訓練リクルート・トレイニングだね」


 時々、航空騎兵(エアランサー)の飛行軌道がへろへろ(・・・・)になるのは、操縦手(ライダー)をノリトに切り替えているためのようだ。オラシオン大尉がまず模範操縦(モデル・ライド)を行い、次に操縦(コントロール)を交代した少年がそれを真似る。――典型的な新兵向け訓練リクルート・トレイニングの様子が、夏期間(サマー)の蒼空に描かれていた。


「ノリト君、見込まれてるんだなぁ……僕も負けてられないよ」

「お、さすがゲロ仲間(メイト)

「それを言わないでよ……」


 呑気に空を眺める二人に上に、ラソンの影が差した。


「お二人さん、体力訓練(フィジカル)の途中なんですけど」

「勘弁してよ~……あたし、昨日の午後もずっと体力訓練(フィジカル)だったんだからさ」

「あの、オラシオン大尉の航空術(マニューバ)、もうちょっと見てたいんだけど……」


「――早くしないと、オラシオン大尉に密告し(チクリ)ますよ?」


 絶床世界を猛烈に切り裂くオラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)の軌道を見つめた後、二人は慌てて腰を上げ、体力訓練(フィジカル)に戻った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「――次は捻り込み体軸旋回バック・ハンド・ロール・ブレイクを行う。推進方向を変えずに機体の向きだけを急激に変化させることで、特に乱戦(メレー)において、電磁砲(レールガン)をより効果的に用いることを可能とする航空術(マニューバ)だ。他の人型形態航空術ジュブナイル・マニューバと同じく重力制御(グラヴィ・コン)とプラズマ推進(クラフト)を同調させることが前提だが、この場合、揚力(リフト)もうまく使ってやる必要がある。揚力(リフト)の掴み方によっては、操縦席(コクピット)により大きな負担をかけることがあるので注意が必要だ。『バック・ハンド』の名がついているように、腕部(グリーヴ)腰部骨格(ウエスト)をこのように使う」


 スズ・オラシオン大尉は、淀みなく解説(レクチャー)しつつ、誤りなく機体を操作した。


 十二時方向に向かって亜音速(サブソニック)で進みながら、オラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)はいきなり、後ろを振り向きつつ上下を入れ替えた。――ちょうど、後ろ向きに進みながら中空で逆立ちするような格好だ。


「――これを上手くこなせれば、『攻撃手(アタッカー)の望む方向』にいつでも機体を向けられる。360度、こんな風にだ」


 引き続き十二時方向に推進しながら、オラシオン大尉が操作する都度、航空騎兵(エアランサー)は中空でぐるぐると回転する。そのたびに操縦席(コクピット)負荷()が襲い、ノリトは一言も声を発することが出来ずにいた。


「――次、ノリト君、やってみたまえ」


 ちょっと待ってください……と言おうとして、ノリト・オロスコフ少年は盛大に吐いた。保護機能(セーフティ)が働き、吐瀉物、涙、鼻水が速やかに排出されるが、声が出てこない。


(あら、私としたことが、やり過ぎちゃった)


 後部座席(リア・シート)の呻き声に、スズは防護兜(ヘルメット)の中で、小さな赤い舌をぺろりと出した。前部座席(フロント・シート)にも色々と漂ってくるが、気にするような彼女では無い。


 ノリトの様子が落ち着くのを待って、スズは後部座席(リア・シート)に告げた。


「次の航空術(マニューバ)で最後にしよう。加圧感知器(グラヴィセンス)高負荷(ストレス)を掛けるから、あまり何度もできる航空術(マニューバ)では無い。良く、見ていなさい」


 少年は何とか、了解(ラジャー)、と声を絞り出す。これで最後なら、何とか耐えきってみせる――男の意地の見せ所だ。


「行くぞ」


 スズはそう言うと、制御基盤(コンソール)に素早く指を走らせ、重力制御桿(レバー)を操作した。


 その瞬間、オラシオン小隊1番機(オラシオン・ワン)は、何の挙動も発生させず(・・・・・・・・・・)に、推進方向はそのまま(・・・・・・・・・)に、右側に100メートル、水平移動(ディスプレイス)していた。続いて下方向、上方向、左方向、斜め右方向――航空騎兵(エアランサー)はまったく動いていないように見えて、一瞬で位置(ポジション)を変えている。


 がくん、と操縦席(コクピット)が揺れるのに合わせて、ノリトにも聞き覚えのある警告音(アラート)が鳴った。機体に搭載している第四世代加圧感知器(グラヴィセンス)内の加圧探知毛(クプラ)が破損し、その機能に異常をきたし始めたのだ。


「ここまでか――」


 そう呟くと、スズは航空騎兵(エアランサー)を速やかに減速(レデュース)させ、中空に停止させた。ようやく負荷()から解き放たれて、少年は前部座席フロント・シートに疑問を投げる。


「た、大尉、今のは?」

逸水機動(ミラージュ・シフト)――重力偏向型内部骨格グラヴィアブル・スケルトンのみを使った、純粋な重力偏向による位置移動(ディスプレイス)内部骨格(スケルトン)が生む仮想質量(イマジナリ・マス)とそれに伴う重力偏向(バイアス)の程度を理解しておかないと、場合によってはいきなり完全失速墜落(ディープ・ストール)しかねない。……これね、私の、とっておきの航空術(マニューバ)なの」


 急に(おか)にいる時の口調になって、悪戯っぽくスズ・オラシオン大尉は言った。その口調に、少年は心からほっとした。


「ノリト君、君には教えてあげる。特にね、イオキベさんみたいに、目の良い相手には効果的なの。ああいうタイプの人には、残像だって見えるかも。……私だったら、彼との追従訓練(おいかけっこ)にも勝ててたわ、きっと」

「あ、ありがとうございます!」


 イオキベに勝てる――その言葉は少年の耳に、何よりの言祝(ことほ)ぎのように響いた。


「さあ、帰投しましょう、ノリト君。加圧感知器(グラヴィセンス)も換装してもらわなくちゃだし」

「はいっ!」


 急に元気になって、ノリトは返答した。

 その様子に、スズはくすくすと笑う。


「午前中はこれでおしまい。お昼御飯を食べたら、午後も頑張りましょうね」

「えっ?」

「えっ?」


 急に真顔になって、ノリトは声を詰まらせた。

 その様子に、スズは心底、怪訝そうに言葉を返す。


「だって、試験飛行(テスト・フライト)試験項目(リクワイヤメント)、2千8百項目(ケース)中、まだ半分も済んでないわよ? まだまだ飛ばなくちゃ、ね?」


(えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?)


 少年の男の意地は、あっさりと砕け散った。


 内心で絶叫するノリトをよそに、スズは軽やかな操作(コントロール)で機体を飛行形態(フライト・モード)に戻すと、機首をベネトナシュ空域基地(ベース)へと向けた。




(つづく)




 ぼんじゅーる!

 ぼんそわーる!

 うらぼーん!……季節柄です、すいませんでした。(←なんのこっちゃ)


▼ご連絡・その一

 えー、非常に細かなことなんですが、「(六)オラシオン小隊」の回、隊員たちの自己紹介の回り順が間違ってました……。

  誤)反時計回り(レボローテーション)

  正)時計回り(クロックワイズ)

 アウダースはイオキベの左隣に座ったのに、反時計回りで自己紹介始めたらおかしなことになっちゃう!……まあ、細かなことなんですけど、いやどーもあははは。


▼ご連絡・その二

 これまでは8千字程度を一話の目安として進めていたのですが、これからは4千字程度のまとまりで、更新スパンを確保したいと考えています。その方が皆さまのお目にも止まりやすいかと思いまして、前向きに!

 つまりより大らかな気持ちで書き散らしちゃおう、そんな気持ちで、前向きに!

 全中後編とかじゃなくて、(1)、(2)とかのナンバリングにします。

 どこまで続いても良いように、これまた前向きに!

 その為、より散文的というか惨文的になってしまう可能性大です……。

 引き続きご愛読いただければ幸いです、どうぞ前向きに!


 それでは、次回「都市島」。

 さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(前向きに!)

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