(十七)都市島・1
ノリトとイオキベがベネトナシュ空域基地に到着してから二回目の朝。再塗装を終えた予備機を新たな1番機に迎え、スズと共にその試験飛行に臨むノリトは、整備担当として乗り込んだにも関わらず、まるで新兵向け訓練ような扱いで、スズから様々な航空術を叩き込まれていた。
試験飛行の試験項目、2千8百項目中の半分も済んでいない……スズの言葉に内心絶叫しつつ、航空基地での少年の日々は続いていく。
『♪竜のパンツはどんなパンツー?
どんな色ー?
どんな柄ー?』
「あの人、ホント、頑強ですよね……」
風呂場から脱衣所に響いてくる呑気な歌声を聞きながら、ソブリオは溜息をついた。
「お前が軟弱なんだ」
「勘弁してくださいよ……」
隆々とした筋肉を誇示するかのように、アウダースは紅い騎兵服を脱ぎ捨てる。
その隣では、疲れ切った銀髪の彼が、ようやく首元の保護機能を解除状態にした。機能高分子繊維で構成された航空騎兵服が緩み、汗ばんだ背中が露わになる。
日暮れ、勤務終了時間間際まで、ベネトナシュ空域付近の大きめの浮島を対象に、2番機を駆るアウダースとソブリオは、3番機に乗るイオキベとトゥシェと分隊を組み、ひたすら対弩級竜種想定戦を繰り返していた。
生真面目なアウダースは、昼食時も航空術に関する質疑応答をイオキベと繰り広げていた為、ソブリオにとっては、まったく気の休まる余裕も無い一日だった。
「おう、アウダース、遅かったじゃん」
「あんたが早いんだよ、パーセウス」
「お前さん、いい体してんなぁ」
「止めろ、気持ち悪い」
風呂場の扉を開いた黒肌の彼と、湯船につかった金髪の彼が、早くも軽口を交わす。
元来気難しい気質のアウダースが、今やイオキベを名前で呼んでいた。僅か2日目にして、この溶け込み様に、ソブリオは内心で舌を巻く。
「あれ、他の連中はどうしたんですかね」
アウダースに遅れて風呂場に足を踏み入れたソブリオが、辺りを見まわして言った。
「ノリトは部屋で伸びてるよ。飛行試験で相当、やられたらしい」
けけけ、と笑うイオキベ。
うわぁ、と悲鳴を漏らしながら、ソブリオは少年の無事を祈った。
「体力訓練組はまだ工程が終わってないらしいぜ。ラソンにしごかれてるとよ」
可哀そうになぁ、とまったく可哀そうに思っていない顔で、イオキベは付け足した。
うひゃあ、と嘆息を漏らしながら、ソブリオは洗い場に足を運ぶ。
アンテット、レーニスとラソンは同じ階級だが、ソブリオと並び、次の中尉候補として見込まれる立場にいた。経歴も実力も、ラソンとソブリオは伯仲している。
「おまえもラソンを見習って、もう少しがつがつ行ったらどうなんだ。昇進試験だって近いだろう。早く中尉に成れよ」
わしゃわしゃと洗髪しながら、アウダースが隣に座ったソブリオに、横顔で言った。
「そういうの、向いてないんですよね……ラソンが中尉昇進でいいじゃないですか」
「おまえなぁ……」
盛大に散湯器具で髪をすすぎつつ、アウダースはぎょろりと、濃茶色の瞳を銀髪の青年に向ける。お説教体勢に入った中尉の様子に、藪をつついて蛇を出してしまったソブリオは、思わず天井を仰いだ。
「個々に実力ある隊員が確実に昇進して次代の組織を作る。その大切さを理解しろよ。オラシオン大尉もいずれ少佐に昇進されて、オラシオン飛行隊が結成されるだろう。その時にお前、どこに居るつもりだ? このまま変わらず、ガイツハルスに顎で使われ続けるつもりか?……俺は次期、大尉を目指す。オラシオン飛行隊で、ゼール小隊を任せられるようにな」
「すいません、軽率な事を言いました」
眉を八の字にした銀髪の彼は、素直に返答しながら頭を掻いた。次々と戦死者の出る竜種との最前線において、速やかな人材育成と組織力の保持、向上は、常に求められる。――青年も理解はしているつもりだ。
「♪履いーてみたいな竜のパンツ~
どんな色~
どんな柄~」
二人のやりとりを全く意に介さず、イオキベは再び歌いだした。湯船の中で両足を投げ出し、いかにも寛いでいる。
「……あれ、何の歌なんですか?」
「知らんのか、竜のパンツの歌」
世代差を感じて、アウダースは少しがっかりした。
「お、アウダース、知ってんの?」
「そりゃあ知ってるさ。空軍士官学校で流行ってたからな」
「続き知ってる?」
「もちろん!……こうだろ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『♪風ぇに はためく竜のパンツ~
どんな色~
どんな柄~』
イオキベとアウダースが朗々と歌う「竜のパンツの歌」は、壁一枚を隔てた女湯にも響いていた。アウダースの歌声が、やたらと男らしい。
「……何の歌なんですかねぇ、あれ」
のんびりと湯船につかりながら、栗色の髪を短く双房髪にまとめたトゥシェが尋ねた。今日の対弩級竜種想定戦では、3番機、イオキベの後部座席で相当に揺られたはずだが、ソブリオに比べて、彼女はまったく疲れの色を見せていない。むしろ、それを楽しんだ様子だった。
「さあ……彼らの時代に流行った戯れ歌みたいだけど」
流れるような黒髪を頭上に結い上げ、同じくのんびりとお湯を楽しんでいるスズが答える。ノリトには悪いと思いつつ、たっぷり飛べた今日の一日に、彼女は心から満足していた。
「今日の想定戦はどうだったの?」
詳細は夕食時の意識合わせで聞くけど、と付け足しつつ、スズが尋ねる。
「もう、無茶苦茶でしたよ~」
トゥシェは笑った。
「200メートルぐらいの浮島を仮想標的にしたんですけど、飛行形態時は電磁砲、人型形態時は撃槍で、ずーーーっと照準固定しながら、ずーーーっと分隊飛行するんです。色んな航空術で、一回も止まらずに、ぐるぐる~、ぐるぐる~」
航空騎兵乗りにしては小さめの両手を広げ、その様子を描いて見せながら、トゥシェは楽しそうに説明した。
「それは楽しそうねぇ」
心から感嘆するスズ。
上官に褒められて、トゥシェの笑顔が輝く。
もしその様子をソブリオが見ていたら、心からげんなりしていたことだろう。
「一番すごかったのが、拘束繊維束を使った航空術でした!」
「どんなの?」
「普通、拘束繊維は竜を拘束するために使うじゃないですか?」
「そうね……他の用途は考えにくいわね」
「それを、僚機に打ちこんじゃうんです!」
「えっ!」
流石のスズ・オラシオンも、驚きの声を上げた。
どういうつもりなのか、考えもつかない。
「拘束線維束でつながって、こんな感じにですね、分隊飛行します」
トゥシェは両手を湯船から上げると、掌を下に向け、航空騎兵を模す。左手を先行機に見立て、その斜め後ろ、左手より高い位置に、後続機に見立てた右手を上げた。
「この状態で、後続機は垂直急降下します。先行機は、伸びきった拘束線維束を通して発生する推力偏向に耐えます! そうすると、先行機は『支点』の役目を果たして……」
「ああ、なるほど……!」
スズは理解した。
拘束線維束でつながっているため、垂直急降下した後続機は猛スピードで、振り子のように先行機の下を通過することになるだろう。さらにそのまま推力を高めれば、垂直急降下時よりも遥かに高速で、先行機の前方を通過する形で、後続機は上昇する。――確かにこの方法を使えば、急降下急旋回急上昇よりも格段に短い距離で、後続機は速度と高度を稼ぐことができるはずだ。
「でも、まかり間違えば……?」
「はい、拘束線維束を切るタイミングを間違えば、ぐるぐる~のどかーん!です。最初に試行した時は、危うく衝突するところでしたぁ」
にこにこと恐ろしい事を言うトゥシェを見つめながら、少佐に提出する訓練報告書にはどう書こうかしら、とスズは頭を痛めた。
「何でも、連携推力偏向って言うらしいです。ウチーチリ飛行隊ってとこでは、良く使われた航空術みたいですよ」
「そう、なの……」
その飛行隊の名を聞いて、スズの心に氷が差す。彼女の脳裏に、昨晩、イオキベから聞いた話が去来した。
『♪一度ぉは 見たいな竜のパンツ~
どんな色~
どんな柄~』
男湯からは、相変わらず呑気な歌声が響いている。
その歌詞を聞いて、スズはもう一つ、思い出した。慌てて胸元を隠すと、壁の向こうに叫ぶ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『――イオキベ教官、見ないで下さいよ!?』
突然、女湯からスズの声が飛んできて、男共はぴたりと、歌うのを止めた。
「み、見ねぇよ! バカ!」
明らかに狼狽したイオキベが、壁の向こうに怒鳴り返す。
「……どういうことだ?」
アウダースがイオキベを睨んだ。
「し、知らねぇよ!……あ~、俺、のぼせちった。もう上がろう~」
ざばざばと湯面を波立たせ、慌てて脱衣所に向かう金髪の男の背中を、残された二人は、疑いの眼差しで見つめていた。
(つづく)




