1話 祝勝会
戦争に勝利した夜ほど、人間はよく笑う。
帝都郊外の軍施設。その大広間では、勝利を祝う宴が開かれていた。
磨き上げられた床。高価な酒。整然と並ぶ軍服姿の将校達。
誰もが、この戦いの終わりを信じていた。
ただ一人だけ、終わりを運ぶために来た男を除いて。
黒い礼装。白い手袋。金色の髪。
青い瞳は、目の前の祝宴を見ているようで、何も見ていなかった。
男の名を知る者はいない。
ただ、彼を見た者は後にこう語った。
――あれは人間ではなく、死神だったと。
男は静かに歩く。
誰も彼を止めない。
いや、止められない。
彼の動きには無駄がなかった。
酔った兵士の間を抜け、談笑する将校の横を通り、目的の人物へ近づいていく。
標的は、この戦争を裏から操っていた将官。
男は懐から一丁の拳銃を取り出した。
古い型の拳銃。
しかし、それはただの銃ではない。
刻まれた彫刻。 改造された機構。 持ち主だけが知る意味。
男は銃を見る。
そして小さく呟く。
「……SOLO」
一発。
それだけだった。
銃声は祝宴の音楽に紛れた。
数秒後。
将官のグラスが床に落ちる。
赤い液体が、白い床へ広がった。
悲鳴が上がる。
だが、その時にはもう男は背を向けていた。
逃げるためではない。
終わったからだ。
「……おい」
出口へ向かう途中。
低い声が響いた。
男は足を止める。
そこにいたのは、一人の大柄な軍人だった。
身長は190センチ近い。
鍛え抜かれた体格。
正規軍の礼装では隠しきれない、戦場の匂いを纏っている。
男はその人物を見る。
「何者だ」
問いに、軍人は笑った。
「それを聞く前に、普通は自分から名乗るもんじゃねぇか?」
荒っぽい口調。
だが、その目は笑っていなかった。
この男は、戦場を知っている。
銃声の前に敵を感じる人間だ。
「……名乗る必要はない」
「そうかよ」
軍人は肩をすくめる。
「でもよ」
彼は倒れた将官を見る。
そして、楽しそうに笑った。
「今の一発。綺麗すぎる」
男は反応しない。
「普通なら殺したって感じが残る。怒りとか、憎しみとかよ」
軍人は一歩近づく。
「お前のは違う」
静かな青い瞳を見る。
「ただ終わらせただけだ」
沈黙。
やがて男は歩き出す。
「興味はない」
「俺はあるぜ」
軍人は笑った。
「そんな面白ぇ奴、久しぶりに見た」
その夜。
死神と鬼は、まだ互いの名を知らなかった。
一人は、完璧な終わりを求め。
一人は、終わらない戦場を求めていた。
後に世界を揺るがす二人の物語は、
祝勝会という名の、最も静かな戦場から始まった。
第1話 終




