昭和幽霊と、お母さん
令和の陰陽師もどきのタケルは、朝の祈祷をしていた。
よく晴れた今日は、外がやけに輝いていた。
タケルは無言で、窓を開けると、雲ひとつない空を見上げた。
とても静かで澄んだ風が吹き込む。
『タケル……』
「あぁ……分かっている」
家のインターフォンが鳴る。
「ナオちゃーん」
ユー子の声が聞こえてきた。
タケルは、玄関に向かうと扉をあけた。
「ナオちゃん、来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ誘って頂きありがとうございました」
「ナオちゃん、入って!入って!」
ぴょんぴょんと跳ねながらユー子は手招きをした。
「お前の家かよっ!」
タケルの突っ込みを無視して、ユー子は既にリビングに向かっている。
「タケルさん、お邪魔します。……ユー子、やっぱり、ちょっと元気ないですか?」
ナオは、靴を揃えるとタケルを見上げた。
「……流石だね。レムが居なくなって、元気がないんだ」
「えっ!!レムさん、居なくなっちゃったですか?」
ナオは、紙袋の中の猫じゃらしとちゅちゅーるんを覗き込む。
「あぁ、ごめんね。言ってなかったね。あいつ、地元に帰ったみたいなんだ。それで、ユー子が寂しがっててね」
「……そうだったんですね。これ、どうしよう」
タケルに、猫じゃらしと、ちゅちゅーるんを見せる。
「いつか、帰ってくるかもしれないから、預かっててもいいかな?ありがとね」
ナオは、タケルに紙袋ごと渡すと、リビングに入った。
「ユー子、行きたいところ決まったか?」
タケルは、ナオにお茶を出しながらユー子を見据えた。
「うん!行きたいところあるよ!」
柔らかく微笑んだユー子は、どこか儚げだった。
「あのね、私とタケルが初めて会ったところ!」
「……あの廃屋か?もう取り壊されて更地になってるけど……」
「うん!そこに行きたい!」
「……そうか、分かった。ナオちゃん、悪いけど付き合ってくれる?遊ぶような場所じゃ無いんだけど……」
「はい。大丈夫ですよ!ユー子の行きたい所に行きましょう」
しばらく、ユー子とナオはおしゃべりをしてから、タケルの車に乗り込んだ。
ユー子は、変わらずよく喋る。
ずっと廃屋にいたこと。
平成では、心霊スポットとして雑誌に載ったこと。
どれだけ、人を驚かせてきたか、最近は誰も怖がってくれなかったかを、ナオに愚痴っていた。
「ユー子、幽霊でも雑誌に載ってたの?」
「うん!スクショあるよ!」
ナオに見せたスクショには、白黒の写真に薄らぼんやりと映る、髪の長いワンピース姿のユー子が写り込んでいた。
「おぉ……これは雰囲気があるね」
「でしょ!でしょ!心霊ブームって何回かくるんだけど、今はね〜昔ほどじゃないんだよね〜」
「そうなんだ」
「うん!ほとんどヤラセだけどさ、私の廃屋は本物だー!って言われてたの!」
「へぇ〜。ユー子すごいね」
ナオの素直な言葉に、ユー子は、えへへっと照れたように笑った。
「ところで、ユー子はなんで廃屋に行きたいんだ?」
タケルは前を向いたまま、ユー子に尋ねた。
「ん〜なんとなく!なんか、行かなきゃいけない気がするの」
「……そうか」
途中、コンビニに寄ると、タケルはコーラを、ナオはルイボスティーを購入する。
タケルがコーラを飲む様子を、ユー子は恨めしそうに覗き込む。
「ユー子、その視線やめろ。怖い」
「えっ!タケルが怖い?やった!」
ユー子は、さらに身を乗り出してタケルにしがみつく。
「ふ、ふふふふ」
そんなやりとりをナオは、笑いながら見つめた。
「さあ、着いたぞ」
ギィっとサイドブレーキを引く音を立てる。
「ここから、少し歩こう」
廃屋の近くのコインパーキングに、赤いスポーツカーを止めた。
辺りをきょろきょろしながら、ユー子を先頭に進む。
「……ここね、私が生まれ育った町なんだ」
後ろ手を組みながら、静かにユー子は振り返る。
「じゃあ、その廃屋って……」
ナオの質問にユー子は、にっこりと笑う。
「うん!私の実家だよ」
ユー子がぴたりと歩みを止めると、そこは更地になっていた。
草木が伸び、家があった形跡は一つもなかった。
ぼーっと見つめるユー子の目には、一軒家が朧げに建っているのが視える。
「ここに、帰ってきたかったんだ」
ユー子の目から涙が溢れる。
「ユー子……」
ナオがユー子の傍に駆けよろうとしたその時、突風が吹いた。
「優子ちゃん」
優しい声が、風に乗って聞こえてくる。
ユー子は、目を見開いて辺りを見渡す。
玄関があったはずのその場所に、50代くらいの真希が立っていた。
「……お母さん……?」
震える手をユー子は、伸ばした。
「おかえりなさい。そして、お迎えが遅くなってごめんね…。ずっとここで、待ってたんでしょ?」
「……うぅ……おかあさ〜ん」
真希はゆっくりとユー子の傍によると、ぎゅっと抱きしめた。
「優子ちゃん、ごめんね。お迎えが遅くなって。ごめんね、長生きしちゃって」
「うわぁ〜ん!!なんで!!おかあさんが謝るの〜!優子が、お母さんより先に死んじゃったからだもん!優子が悪いんだもん!」
ナオはその光景を見て、胸が締め付けられるくらい苦しくなった。
涙が止まらない。
(どちらも悪くないのに……なんでこんなに苦しいの)
タケルは、そっとナオに肩を寄せた。
「……一緒に見送ろう」
ナオは、ハンドタオルに顔を埋めると静かに頷いた。
「お母さん、なんで私がまだこの世にいるって分かったの?」
優子は、顔を上げると真希を見つめた。
「あら?だって優子ちゃん、心霊スポット特集に載ってたじゃない」
「へっ?」
「それに、ここを通りかかった時にも、ずっとここに立ってたし……」
「は?お母さん、視えてたの?」
「えぇ、でも優子ちゃん、私に気付いてくれなかったから……」
「……えぇ〜……」
優子の涙が、急に引っ込んだ。
(お母さん、天然?)
「……これ、どうすんの?」
タケルはため息混じりに、天然親子を見つめた。
「あら?あなた、施設の……」
そこに、由希子が歩いてきた。
「あ、伊藤さんの……。えっとぉ……」
優子が振り返ると、由希子を見つめた。
「えっ?由希ちゃん?あの小さかった?」
「由希子……」
由希子は、なぜここにナオがいるのかと、首を傾げていた。
ナオは、タケルを見上げた。
タケルは、ゆっくりと頷く。
「あの……変な事を言ってしまって、気分を害されたらすいません。そこに、真希さんと、ユー子さんがいるんです」
ナオは、更地を指差す。
その様子を、真希と優子は見つめていた。
「……え?そこに?お母さんとお姉ちゃんが?」
「はい……」
「……そうですか……。母も姉もよく分からないことを言っていたから……きっとそんな世界があるんですかね……」
ぽーっと更地を眺めながら、由希子はぽそっと呟いた。
「あー!!!!」
突然、優子が叫び出し、ナオもタケルもびくりと肩を跳ね上げた。
「えっ!何?ユー子、何?」
ナオが突然、しゃべりだしたことに、今度は由希子が驚く。
「お母さん、私のドレッサーの引き出しに入ってる箱、どうした?」
「ドレッサーならそのままにしてたけど……何かあったの?」
「プレゼント!由希ちゃんの高校入学祝いのプレゼント!!そこに仕舞ってたの!」
優子は、わたわたと手を忙しく動かしながら真希に詰め寄る。
「……あの、ナオさん……ですよね?何かあったんですか?」
由希子は、怪訝そうな顔をして、ナオに問いかけた。
「……ユー子……さんの、遺品のドレッサーって知ってますか?」
「ドレッサー?……母が大事にしていたので、そのまま私が使おうかと思ってとってありますが……」
「そのドレッサーの引き出しに箱がありませんでしたか?」
「……ありました。母のかと思って、そのままにしてますけど……。本当にそこに、母と姉がいるんですか?」
「はい……ユー子は、由希子さんの前で、ぴょこぴょこと跳ねてます。それで、その箱は、高校入学祝いに、ユー子が由希子さんに用意したものと、本人が言ってます。渡しそびれてごめんねと……」
「……お姉ちゃんが?……本当に?」
「由希ちゃん、最期に会えて良かった……。プレゼント、今の由希ちゃんには子どもっぽいかも知れないけど……渡せて良かった」
優子は、そっと由希子を包み込むように抱きしめた。
少しだけ、冷やりとした空気に、由希子は目を見開く。
「……今、なんか……」
「えぇ、ユー子が抱きしめていますよ」
由希子は、涙を浮かべながら、腕を体に巻きつけた。
「もう、未練はないかな。レムにもありがとう言いたかったけど、きっと何処かで会えるよね……」
優子は、よく晴れた空を見つめて、穏やかに微笑んだ。
「……ナオちゃん、ありがとう。タケル、ありがとう」
優子は、真希の傍に寄る。
「お母さん、迎えに来てくれてありがとう。私、本当は、ずっと待ってたのかも」
「そうね、待たせちゃったね……もう行こうか?」
「うん!……タケル!お願いしていい?タケルの祈りで前に進みたい!」
「あぁ……もちろんだよ」
タケルは静かに答えると、歌うように祝詞をあげた。
ナオは、手を合わせてユー子を見送る。
「……もう、行くんですね」
由希子も空気の流れを感じて、手を合わせた。
真希と優子に光が注ぐ。
更地に、筑前煮の匂いが漂う。
「優子ちゃん、行こうか。お父さんも待ってるよ」
「筑前煮〜!!食べた〜い!」
「うん、いっぱい食べようね」
きゃっきゃ言いながら、光に向かって昇っていく優子は、最後まで騒がしかった。
”きっとまた、いつか会えるよ”
姿が見えなくなる、刹那、ナオは優子の声が聞こえた気がした。
電信柱の影で「にゃおーん」と、黒猫が小さく鳴いた。




