第十一話 窮地
激流に飲まれたルシフェルは、流れが緩やかになっている下流の岸辺にうつ伏せになって倒れていた。
上部に差し伸べるように伸びる指先が、微かに反応を見せる。
ルシフェルは生きていた。が、腹部に大きく開いている深い傷、そして体の至る所に付けられた浅い傷さえも再生を始めていない。
何とか体を動かそうとするが、先程動いた指一本も動かない。
それどころか瞼を開ける事さえ出来ない。
回復を待つしかなかった。しかし、そうはいかなかった。
その耳に、遠方から複数の羽を羽ばたかせる音が聞こえて来る。
また体を動かそうと試みるが、やはり指一本動かない。
そうこうしている内に、上空から大きな羽音と共に黒い影が次々と舞い降りて来た。
「やっと見つけたぞ」
ルシフェルを囲む六つの影、それはサタナエルが遣わせたガーゴイル達であった。
一匹のガーゴイルが、足で蹴ってルシフェルを仰向けにする。
その時、運悪く腹部に開いた穴から覗いている内臓が僅かながら蠢き始めた。
「おい、こいつ生きているぞ」
「確か河に落ちたのはかなり上流だったはずだ。途中には滝もあったのに、よくこの体で生きてられるもんだ」
「だからこそサタナエル様は俺達に探して来いと言われたんだろう」
「それにしてもどうしてアスタロトは確認を怠ったんだ?」
「ああ、そのせいで拷問牢獄に入ったとも訊くしな」
「そんな話は後だ。今はこいつを始末するのが先だ」
「そうだ。早く片付けて城に帰ろうぜ」
ガーゴイル達は手にしている三叉の槍を穂先を下にして振り上げる。が、
「ちょっと待て」
「どうした?」
「何か聞こえないか?」
「……空耳だろう」
「いや、少しずつ近付いて来る…………上だ!」
上空の遠方に複数の黒い点が浮んでいるのが見える。
徐々に近付いて来るその点が、何やら大きな鳥のような姿と確認できた時、ガーゴイル達の顔が恐怖に染まる。
「まずいぞ。ハルピュイアだ」
「それじゃあここは!」
「そうさ。もうここはお前達の国ではないのだよ」
ガーゴイル達のとは違う声が川の方から聞こえて来た。視線が集まる先の河の中から、美しい女性の頭が六つ、水面に浮かぶように出ている。
「何だ、貴様等は?」
「それはこっちが訊きたい事ぞ。勝手に我等の国に入り、勝手な真似をされては困るわえ」
ガーゴイルの問い掛けに答えて水面の頭の一つが言う。
「ちょっと待ってくれ。俺達はただここに居る悪魔を━━」
「黙りおれ! どんな理由があろうと、我らが国に勝手に入って来た者を生かして帰す訳には行かぬ」
「どの道、今ハルピュイア達は腹を空かしておる。我等が止めたとて無駄であろうがな」
ガーゴイル達は直ぐに視線を上空に戻した。




