謹慎生活
斎藤一は、投降後捕虜となった会津藩士と共に、最初は旧会津領の塩川、後の越後高田で謹慎生活を送った。新選組はこれにより、実質副長土方歳三と行動を共にした数名だけが戦力として残ってはいたが、会津藩の投降により、新選組は事実上解散となった。そして残っていた蝦夷の部隊も1869年(明治2年)5月11日に土方歳三が戦死した事により解散した。謹慎生活は、新選組にいた頃に比べればずっと楽だった。愛刀の鬼神丸国重は常備しなくて良いし、味は別としても3食出るし、
日中はとにかく暇だ。処刑される事も覚悟したが、一緒に同行してくれた会津藩の捕虜らが守ってくれたおかげで、ほとぼりがさめるまでは謹慎生活で斎藤一は明治維新後も生き延びた。新選組の幹部で戊辰戦争を生き残ったのは、斎藤一と永倉新八の2名だけであった。
「そうか…。土方さんも逝ってしまったか。」
「最後は無理矢理戦場に出たらしい。」
「土方さんらしいな。」
「蝦夷に残った新選組の部隊は、そのまま屯田兵として蝦夷に残ったらしい。」
「まぁ、もう解散しちまったんだから、何をどうしようと自由だがな。」
「斎藤?お主もいつまでもそんな生活をしていてはしゃくにさわるだろう?」
「しゃくと言うかうずくと言うか。」
「お主は新選組で最も人を斬ったスペシャリストだからな。戦いに身を委ねておくのが、性に合っているのかもな。」
「永倉さんはこれからどうするんですか?」
「ワシはもう戦は懲り懲りだからな。田舎の寺で語り部でもしたい。」
「左之助も平助も総司も近藤さんも土方さんも、皆若いのに死んでしまったからな。」
「嫌な世界ですね。」
「あぁ、でも生き残ったならばその責任を果たさねばな?」
「責任?」
「後世の人間に新選組と言う部隊がどう戦ったかを、正確に伝える義務と言うか責任がある。」
「義務ですか?」
「それがあの凄惨な時代を生き抜いた者の義務だとは思わないか?」
「激動の時代でしたからね。」
「いーや、問題はこれからだ。薩長は天皇陛下に政治を任せ国を開いた。これが何を意味するのか斎藤なら分かるだろう?」
「ええ…。自分なりに新時代の身の処し方を探って行ければ良いなと思っています。」
「身の処し方ねぇ…?」
「まぁ、まだまだ若いんだ。やりたいように生きて構わないんだ。斎藤を縛るものは何も無い。」
と言って、斎藤と永倉は別れた。今生の別れにはならないと思って、サヨナラは言わず「またな!」
とだけ伝えて新しい時代の荒波に船を乗り込んで行った。




